第32話 大事な夜

お披露目が終わり、レナンはほっと安心する。


嫉妬と羨望の眼差しは感じたものの、表立った事は何も言われず、無事に王太子妃としての挨拶を終えることが出来た。


堂々としたエリックの隣を歩くプレッシャーは半端なく、このような事がこの先何度もあるのかと思うと少々憂鬱になる。


今まで生きてきた中で、自分がこのような主役になることなど一度もなかった。


自分の誕生日パーティーですら、姉のヘルガが注目を集め、自分はいつも隅の方でじっとしていた。


皆レナンへのお祝いの言葉などそこそこに将来性の高いヘルガへと挨拶をし、ダンスを誘い、贈り物ですらレナン以上に受け取っていた。


「本日はレナンが主役なんですのよ」

などと姉が言ってくれていたものの、受け取りを拒否などすることもなく、レナンをその後庇う事もなかった。


誰からも顧みられず、居た堪れなくなったレナンが部屋に戻っても見向きもされない。


気にかけてくれたのは母と、一人の異母兄だけだ。


「ヘルガ姉様……」

故郷の事を思い出すと、自然と出立前の別れが頭に浮かぶ。


美しく気高く、知性に溢れた姉のヘルガ。


エリックの隣に姉が立つ、そしたらもっとお似合いだったのではないか?


彼女はいつでも自身に溢れ、人々を魅了していた。


レナンも尊敬していたし、こんな自分に自信のない女よりもうまく立ち回ってもっと多くの人を魅了したのではないか?


エリックはヘルガがレナンを陥れたというが、姉は最後まで否定していた。


疑わしいし信じきれないが、心より嫌いになる事も出来ない。


(本当に冤罪であったならば、ヘルガ姉様がエリック様の伴侶になることも……)

レナンは首を振って、その考えを振り払おうとする。


考えるだけ無駄だ。


エリックはこんな自分でも選んでくれたのだ、最後の場面でも姉を選ぶことはなかった。


自信をもっていいはずなのに、どこかでやはり心が引っかかる。


あんな美しい人に選ばれたのに、喜んでいいはずなのに、まだどこかしこりが残る。


「どうしたら自信がもてるのかしら?」

パルス国からついてきてくれた侍女、ラフィアに相談をする。


「自信を持つというより。もはや諦めでよいのでは?今更レナン様が何を言おうと手放さないと宣言されてますし」

レナンの欲しい回答ではないが、ラフィアはそう言うしかなかった。


「だってレナン様。もうお披露目もすみ、皆の前で王太子妃と言われたのですよ? 自信がないといって辞退できるわけではありません」

レナンが責任を放棄したいわけでいっているわけではないと知っているが、どうしようもないものはどうしようもない。


「それはわかっているし、そうなのだけど。エリック様の隣がわたくしでいいのかしら。もっと相応しい女性はいっぱいいるはずなのに」

ラフィアはいまだうじうじと言う主が心配で仕方ない。


「覚悟を決めてください、もうすぐお時間なのですよ」


「何の?」

レナンはキョトンとしている。


「世継ぎについてです」

レナンはピンと来ていないがこれは仕方ない事だ、王族の女性がそのような事を詳しく習う事は少ない。


嫁ぐまで貞淑であることが前提だし、大事な母体だ。


興味を持ち過ぎて間違いがあっては困るため、最低限の知識しかないし、基本男性任せになっている。


「婚姻も済んで、お披露目も終わりました。結婚式は上げてませんが、もう二人は正式な夫婦です」

エリックからもそれとなくレナンに伝えるように頼まれている。


デリケートな話題だからこそ、信頼しているラフィアから簡単にでいいから伝えてほしいと。


「今夜は結婚初夜となります」

レナンは言葉も発せず、目を丸くして、呼吸も忘れてしまった。

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