第9話 セラフィム国の王女様
ティタンが帰り、ミューズはようやく緊張が解けた。
あのような体格の男性には初めてあったし、そもそも家族以外の男性と話す機会など今まで殆どない。
でも前評判とは全く違い、本当はとても優しく、そして義を重んじる人だと思えた。
やや粗雑な言葉ではあったが、誠実さは感じられる。
話が通じないわけでもわからないわけでもない。
「政略結婚ではあるけれど、むやみやたらと威張り散らすことはなさそうね」
実際にはまだわからないが、あの場で話をした感じではいい人としか思えない。
堂々たる威厳と風格は王族として相応しいものだが、無意味に驕ることも虐げるような言葉も言わなかった。
「でも一番人を殺した人でもある……」
戦というのはそういうものだが、それでもティタンによって家族を、父を、恋人を奪われたものはそう思わないだろう。
捕虜となったセラフィムの者も、実際どれくらいいるのかもわからない。
そしてどのような扱いを受けているのか、そこも心配だ。
捕らえられた兄も酷い目に合っていないといいのだが。
戦いは終わったが、戦はまだ終わってない。
尽きない問題にミューズは毎夜祈りを捧げ、眠りにつく。
細い手首についたブレスレットが、否が応でもティタンの事を思い出させていた。
「ミューズ姉様、大丈夫かしら」
アルマもセーラも自分達を庇って、自らあのオーガのような王子に嫁ぐミューズを心配していた。
いつも自分を犠牲にしてしまい、ミューズは何かを望んだり、執着したこともない。
いつでも国の為、家族の為、自分が辛くとも苦しくとも拒んだことはないのだ。
「それが王家に生まれたものの義務よ」
と柔らかく微笑むばかりだ。
今回もこのような不本意な婚約を結ぶこととなり、ミューズはどう感じているのだろう。
他の兄弟も集め、どうすればミューズを救えるか、話し合った。
「この結婚は政略結婚で、お姉様は人質としてアドガルムに嫁がなけらばならないの」
「戦をしないためなんだろ? 結婚なんて形じゃなくても、王家の誰かが行けばいいのでは?」
そうは言っても志願するほど勇気は出ない。
見知らぬ国、見知らぬ生活、そしてティタンという人を大量に殺した男がいる。
それに行ったら二度とセラフィムに戻ってこれないかもしれないのだ。
「姉様が行くのも嫌だけど、そんなところに行くのも嫌だ……」
ぽつりと誰かがそう呟く。
皆その言葉を否定することは出来なかった。
戦なんて起こらなければ今まで通りに過ごせたのに、と戻らない過去につい執着してしまう。
いい案など浮かばず、時間だけが過ぎる。
「姉様が行くのではなく、そのティタン様に残ってもらえば?」
そんな意見が出る。
「ティタン様に帰りたくないって言わせれば、ミューズ姉様は行かなくて済むし、アドガルムだってここに攻め入れない」
つまりティタンを人質にしようということだ。
「でもどうやって? ばれたら皆殺されちゃうよ?」
「ここには色々な薬があるから、飲み物や食べ物に混ぜればいいんだよ」
どんなに力が強くても、動けなければ意味がない。
「禁忌薬だけど、命令通りに人を動かすことの出来る薬もある。それを使えばセラフィム国は強い戦力を手に入れられるし、これからも困らない」
秘密裏の計画は着々と進められていた。
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