或る男の話 五日目

"ズルリ"


 彼女の身体は最早ウジの巣窟と化していた。ハエが卵を植え付けてから孵化するまで一日足らず。一度に五十から百五十の卵を産み付け、幼虫のウジは四日から十日で蛹になる。彼女の顔面を埋め尽くすウジ達は踊る様に動き続けていた。最初に目が喰われた。柔らかい眼球は虫にとって食べ易いのだ。

 今年の新年に鯛の塩焼きを食べた事を思い出す。俺も彼女も鯛の目玉が好きで、左右の目玉を一つずつくり抜いて、二人で食べた。美味しかったなぁ……彼女の眼球も同じように美味しいのだろうか、味見してみたい欲に駆られたが、もう手遅れだ。

 浮腫んだ彼女の頬に伝うウジ達は次にどこを目指すのか、下に落ちたウジは腐った死体から流れ出た体液の中を泳ぎながら、それを啜っている。

 よく考えてみればこのウジ達の成分は、そのまま彼女の成分だ。つまり彼女の身体はハエに姿を変えて飛び立っていくとも言える。「火葬よりも鳥葬の方が良いな」と言っていたっけ。鳥じゃないけど、飛ぶって意味でならハエも有りじゃないか?彼女は絶対に納得しないだろうけど……

 蠢くウジ達が、彼女の身体を新たな生命として有効活用しようと努力しているように見えて、そう考えると俺は穏やかな気分になった。うん、そうだな。ハエは許してやろう。

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