第13話 馬超の招来

 蜀陣しょくじん指揮所しきじょ待機たいきする姜維きょうい華真かしんの前に王平おうへいが姿を見せ、二人に告げた。

「たった今、馬超ばちょう将軍しょうぐんが戻られました。とらえた夏侯覇かこうは此処ここ連行れんこうして来ております。」

 やがて、入口いりぐち陣幕じんまく両手りょうてでかき分けて姿を見せた馬超は、姜維の姿を眼にすると、まずは破顔一笑はがんいっしょうした。

宰相殿さいしょうどの。お久しぶりで御座るな。俺のような年寄としよりまで引っ張り出すとは、人遣ひとづかいの荒いお方だ。迷宮鉄鎖めいきゅうてっさじんをやれ...と知らされた時は流石さすがに驚いたが...。」

 姜維は、かつて聞き慣れた馬超の大声おおごえを久しぶりに耳にした。

 そして、再開さいかい感激かんげき上擦うわずった声で返事へんじを返した。

「いやいや….流石さすがに亡き孔明丞相こうめいじょうしょうに導かれた経験けいけんのある馬超将軍ならではです。まさに孔明丞相が采配さいはいした動きそのものであったと報告ほうこくを受けています。しばら戦場せんじょうから離れていたとは思えぬ、鬼神きしんのような指揮しきぶりだったそうな…..」

 姜維の賛辞さんじを受けた馬超は、満足まんぞくそうにひげでると、やおらに姜維の周囲しゅうい見渡みわたした。

「ところで姜維殿…..あの迷宮鉄鎖めいきゅうてっさの陣をを俺に対して提案ていあんして来た御仁ごじんは…….? 今どこに居る….?」

 すると姜維が口を開く前に、隣に立っていた華真が馬超に向かって拝礼はいれいした。

「馬超将軍。お目にかかれて光栄こうえいです。飛仙亮華真ひせんりょうかしんと申します。」

 すると馬超は、華真をじっと見つめてから、意外いがいそうな声を発した。

貴方あなたが、華真殿か?...」

 そして華真の全身ぜんしん検分けんぶんするように見回みまわすと、再び破顔はがんした。

「いや失礼しつれいした。こんなにお若い方とは思わなんだ。姜維宰相殿きょういさいしょうどのに代わって...と書簡しょかんしるしてあったので、どんな方かと興味深々きょうみしんしんであった。まるで孔明丞相こうめいじょうしょうからの書簡しょかんを読んでいるような心持こころもちになったのでな...。書簡しょかん迷宮鉄鎖めいきゅうてっさ文字もじを見た時には、久々ひさびさに血がさわいだ。単なる召集しょうしゅう依頼いらいであれば、あのように気持きもちがたかぶる事はなかったろうな。あの書簡しょかんは、人をその気にさせる名文めいぶんですな。」

 そう言われた華真は、改めて馬超に拝礼はいれいした。

「それは、過分かぶんなお言葉です。」

隠遁いんとんしていた身としては、本来ほんらいならばみかどからの直々じきじきのお召しでもなければ、受ける気は無かったのだが...。あの書簡しょかんによって、俺の心はふるい立った。久々ひさびさ実戦じっせんであったが、兵達へいたちがよく動いてくれた。日頃ひごろ鍛錬たんれんを惜しまなかった成果せいかだな。」

 馬超の言葉ことばに対して、今度こんどは姜維が拝礼はいれいした。

「すぐに駆けつけていただいた事、心より感謝かんしゃ申し上げます。あの迷宮鉄鎖めいきゅうてっさの陣、並みの将軍しょうぐんではさばき切れませぬ。引き連れて来られた兵達へいたちも、見事みごと調練ちょうれんされておりました。流石さすがとしか言いようがありません。」

 そこで馬超が笑顔えがおを消して、真剣しんけん表情ひょうじょうになった。

「ところで姜維殿。一つ質問しつもんなのだが...。夏侯覇をおびき出した、あの兵糧ひょうろうを運んで来た荷馬車隊にばしゃたいだが...。今の蜀軍しょくぐんに、あれだけの糧食りょうしょくを買う金があったのか? 最近さいきんでは、この前線ぜんせんへの補給ほきゅう難儀なんぎしていたと聞いていたのだが…」

 馬超への拝礼はいれいいた姜維は、再び隣に立つ華真に眼をった。

「実は、この華真殿の御父上おちちうえ支援しえんして下さったのですよ。華真殿の生家せいかは、中華ちゅうかだけに留まらず、広く外国がいこくともあきないを行なっている大商家だいしょうかなのです。馬超将軍への書簡しょかん同時どうじに、食糧しょくりょう支援しえんを請う書簡しょかん実家じっか御父上おちちうえに送ってくれたのです。」

「そうだったか...。しかし...そのとら兵糧ひょうろう本来ほんらいならば、出来るだけ人目ひとめけて運ぶのが普通ふつうなのに、夏侯覇をおびき出すわなとして使うとは…。華真殿は、孔明丞相こうめいじょうしょう顔負かおまけの策士さくしですな…。」

 そう言った馬超は、再び高笑たかわらいを繰り返した。

 すると華真は、今度こんどは姜維に視線しせんを移した。

「さて私は、さきほど話が出た夏侯覇殿と話をする許可きょかを、姜維宰相殿きょういさいしょうどのから頂いております。夏侯覇殿とお会いする前に確認かくにんしておきたい事が御座いますので、これで失礼しつれい致します。」

 その場を退出たいしゅつする華真の後姿うしろすがたを見送りながら、馬超が姜維に尋ねた。

宰相殿さいしょうどの。あれは、どういった者なのです? どう見ても只者ただものではありませぬな?」

 相変あいかわらずの馬超の洞察力どうさつりょくに、姜維はしたいた。

「いや、それが...。馬超殿には、お話しておかねばなりませぬな...。実はあの方は、亡き孔明先生の.....」

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