第9話

 ヴォルゴの家は合衆国との国境の反対側、戦線の遥か後方、侵攻を受けるより前に連邦が降伏するような場所に位置していた。


 だから家族が死ぬということは考えなくてよかった。だが死んだ。軍需工場で働いていたところに空襲を受けたとのことだった。


 内にあった妹の思い出が崩れていくのと共に自身の人間性や、そう言った類のものも崩れていく感覚がした。


 崩れた理性の内から現れたのか、はたまた理性の代わりをすべく生まれたのか、どちらかは定かではないし、どちらかもしれない。ヴォルゴの心を強力な憎悪が満たした。


 ヴォルゴは駐機場まで駆け、爆装状態のIL/2に飛び乗った。何としても合衆国兵共を殺さねばならない。


 整備兵が驚いて静止するがそんなのを気にするはずもなく、異変を嗅ぎつけた憲兵が駆けつけた時にはすでにヴォルゴは機を離陸させていた。


 無線から今すぐ戻るように、命令だと司令が大声で言う。ヴォルゴは煩わしいその無線を切ると敵飛行場へ機首を向けた。


 出撃を待っていたからか機の燃料は満タンだった。


 低空飛行で接近する。遠目に哨戒機が見えるがこちらに気付いている様子はない。戦略爆撃機をやるつもりだった。


 いよいよ敵航空基地へ飛び込んだ。対空砲に座っていた敵の呆然とする顔が見えた。


 目標の戦略爆撃機はすぐ見つかった。何せ四発機だ。


 綺麗に駐機されているそちらへ機首を向けるとロケット弾を放ち、さらに爆弾を投下した。たちまちに10機以上が鉄屑と化した。


 残酷な満足心と共に笑みを浮かべると離脱にかかる。旋回していると戦闘機が駐機してあるのが見えた。やはり綺麗に整列している。エンジン部分に狙いを定め機銃掃射で薙ぎ払う。


 遅まきながら撃ち上げられる対空砲を無視してヴォルゴは基地上空から低空飛行で離脱した。


 やはり来た。哨戒機が向かってきていた。4機。


 やってやるさ。やってやるとも。戦闘機4機に狙われて帰れる訳がない。となればやることは一つ。1機でも多くの敵機を道連れにする。


 そう言えばこれは以前自分がカラコフに叱った内容じゃないか。激情に任せて自殺的な攻撃をするなんて。どうしようもない奴だと自嘲する。


 機首を敵機の内の1機へ向けた。ヘッドオンだ。強固な装甲と強力な武装を備えるこいつは容易に敵機を粉砕できる。飛行場空襲で助けられた通りだ。


 避けるかと思った敵機はヘッドオンにのってきた。照準に敵機を捉えて引き金を引く。その後すぐに機体を捻らせ敵機の射線から逃げる。


 翼端を敵弾が叩いたが何も問題はない。逆に敵機はまともに喰らい撃墜された。


 反転し、単純旋回でさらに1機墜とした。


 だがここまでだ。IL/2は単純旋回ならそれなりだがロール性能はまるでダメなのだ。あっさり後ろを取られた。


 こうなると何とかまた格闘戦に移行できないかと粘るがそうはさせてくれない。なかなか連携がとれた敵で、射撃を避けるので精一杯だ。


 衝撃が走った。多数の敵弾が胴体に命中した。だがIL/2は気にすることなく飛び続ける。さすがの防御力だ。


 細かく動いて被弾を避けながら飛行場目指して飛んでいたがまた衝撃が走る。エルロンやフラップの一部に被弾したらしく機体が安定しない。


 もうダメかな。どれだけ食い下がったところでわずかな延命処置に過ぎない。ヴォルゴはいよいよ死から逃れられなくなった。


 もう死ぬのだと決定付けられると何もやる気が起きない。


 「ははっ……」


 乾いた笑いが漏れた。操縦桿を握る手から力が抜ける。悲しみに満ちた溜め息をついた。一時の激情に身を委ねたばかりにこうなった。死にたくない。そんな思いが頭の中をもたげる。決して死にたがりではない。


 だがもうどうしようもないのだ。敵愾心、悔しさ、後悔、色々な気持ちが心の中でないまぜになる。


 操縦を止めた。後は訪れる死を待つのみ。


 慌ただしいエンジン音が響いて、離れていった。自分をあの世へ誘う衝撃は来ない。不思議に思って敵機の方を見るとなんとYak/3が射撃で1機撃墜した。


 慌てて機の姿勢を立て直しYak/3を見る。なぜこんなところに単機でいるのだ。戦略爆撃機がいる基地は前線から遠く、普通、戦闘機が1機だけで来るような空域ではない。


 そのまま見ているともう1機の敵機を追いかけ、鋭い旋回で追い詰め撃墜した。


 呆気にとられているヴォルゴの近くに近付いてきた。


 「カラコフ!?」


 コックピットの中にいるのはカラコフだった。


 カラコフはジェスチャーで無線をつなげ、と言ってくる。


 そう言えば離陸した時に無線は切っていたのだ。慌てつなぐ。


 「カラコフ、なんでこんなとこに……」


 「何でって?言ったろ?お前の背中は俺が守るって」


 ああ、それは初めての偵察の後に聞いた言葉だったか。まさかこんな形で現実になるとは露ほども思っていなかった。


 「あ、ああ……」


 もう驚きでまともに言葉を発せない。


 「飛行場に戻ったらお前がIL/2で飛び立ったって聞いてな。……その、妹さんのことはとても残念だ。で、まあなんだ、妹さんの敵討ちなら戦略爆撃機がいるところへ行くだろうと思ってエンジン全開で来たわけだ」


 「……そうだったのか。燃料は大丈夫か?」


 「大丈夫じゃないさ。不時着するしかないよ。そっちこそ大丈夫か?」


 「こっちも不時着しかないな」


 「そうか、仲良く不時着か」


 カラコフは豪毅に笑った。ヴォルゴも釣られて笑う。


 「済まなかったな、カラコフ」


 「いや、いいさ。俺たち相棒だしな」


 「ああ。……けど多分終わりだな。俺はきっと、いや絶対軍法会議で有罪さ」


 「何、多分俺もさ。俺もこの機体を強奪して来たんでね。だからまだまだ一緒にいれるぜ」


 「そいつは頼もしいな」


 「ああ。俺もこの性格だからな。相棒がお前じゃないと嫌なんだよ、ヴォルゴ」


 「ふっ……。俺もお前が相棒じゃないと嫌さ、カラコフ」


 「そうか、そいつは嬉しいな!」


 思わぬ形でお互いを確かめ合った2人は腹の底から笑った。



××××××××


これにて完結です。最後までお読み頂きありがとうございました。これにてこの物語は終わりですが、別作で戦争や空戦模様を描いています。もし興味がお有りでしたら以下のリンクからどうぞ。


撤退せよ!第二次世界大戦をモデルにした戦記物です。

https://kakuyomu.jp/works/16816700429134984471


自殺から始まる物語。この作品はミリタリーものではありませんが登場人物達がミリタリーゲームをしています。23話と63話です。


https://kakuyomu.jp/works/16816927859577544240




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オンボロの英雄 @yositomi-seirin

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