城主の務め


―――


 それから一月後の永禄10年(1567年)12月、信長は浅井・朝倉連合軍を討伐するべく再び出陣した。

 しかし雪に邪魔をされ、近江国の姉川河原で足止めをくらった。


「どういたしますか?一旦退きますか?」

 秀吉が話しかけてくる。信長は腕を組んで一瞬目を瞑った後、首を横に振った。

「いや、横山城を落とそう。そしてそこを占拠して雪が溶けるまで待つ。」

「わかりました。では横山城の方は私にお任せ下さい。」

「頼むぞ、サル。」

「はっ!」

「あぁ、それと猿飛仁助の事だが一度会わせてくれんか。」

「え?」

「会ってみてから決める事にする。自分に自信があるのはいい事だが、人間性というものも大事だからな。ましてや忍者として仕えるなら信頼関係を築ける奴でないといけない。その仁助とやらに伝えておけ。この戦が終わったら会ってやると。」

「は、はい!きっと喜びます。それに信長様のお眼鏡に叶うと思いますよ。」

「ほう……お前が絶賛するとは珍しい。そんなに凄い奴なのか。」

「えぇ。信長様も驚くと思います。サルのようにすばしっこく、木に登る姿も鮮やか。感服しました。」

「サルのように、か。しかしお前程ではないだろう。」

「それは当たり前です。」

 信長が冗談っぽく笑うと、秀吉も苦笑しながら頷いた。



―――


 数日後、秀吉軍の奮闘により横山城は陥落。織田軍はそこへ本陣を置くと雪が溶けるまで待った。しかし今年の近江の冬は雪が多く、完全に溶けるまでは二ヶ月程かかった。


 その間に家康軍も到着しており、織田・徳川連合軍と姉川を挟んで対峙している浅井・朝倉連合軍は雪が溶けるのを今か今かと待つしかなかったのである。


 そして二ヶ月後の永禄11年(1568年)2月、ついに姉川の合戦が始まった。


「信長様。向こうは二手に別れて野村と三田村に陣を布いてそのまま向かってきます。私が西の三田村に行きますので、信長様は東に行って下さい。」

「三日前に『予知』したのだな。わかった。頼んだぞ。」

「はい。」

 信長と家康はお互い頷き合うと、東と西に別れて出発した。



―――


 近江、宇佐山城



「信長様は今頃浅井らと戦っているだろうな。私も共に行きたかったがこの城を守る役目がある。今はそれを果たさないと。」

 宇佐山城の城主となった可成はそう呟いて空を見上げた。


 信長の命でこの城に住み始めて半年以上が経っていた。しかし長年一緒に戦ってきた可成にとって、側に信長がいないという現実は余りにも辛いものがあった。


「可成様!」

「どうした?」

 そこへ家来の一人が庭に駆け込んできた。

「浅井と思われる軍が坂本に向かってきているようです!」

「浅井が坂本に?浅井は今姉川にいるのでは……?」

「別働隊かと。それに僧兵と思われる者も中に混じっているようです。」

「僧兵……」

「いかがいたしますか?今ここは手薄な状態です。取り敢えず岐阜に戻りますか?それとも信長様に援軍を……」

「何を言っている!信長様は私達を信頼してこの城を任せて下さっているのだぞ?それを置いて逃げるなど……言語道断!それに信長様は戦の最中だ。余計な情報は入れるな!」

「は、はい!」

 いつも穏やかで冷静な可成らしからぬ態度に、その家来は飛び上がった。

「……すまない。取り乱してしまった。とにかく逃げもしないし援軍も呼ばない。全員戦の準備をしろ。」

「はっ!」

 走り出した家来を一瞥すると、可成は自分も準備をする為部屋に向かった。



「では我ら本隊は坂本に向かう。お前達別隊は宇佐山城を守れ。絶対に落とすでないぞ。」

「心配いりません。この各務元正が命に代えてでも守り抜いてみせます。」

 可成の家老、各務元正が胸を張る。可成は苦笑すると元正の肩を叩いた。

「お前にはまだまだ生きてもらわないと困る。だから必ず生きて城を守り抜け。わかったな?」

「はい!可成様も必ずここに帰ってきて下さい。」

「わかっている。それでは皆、行くぞ!」

「おーーー!!」


 元正ら城兵が見送る中、可成は軍を率いて坂本へ出陣した。



―――


 近江、横山城



 戦を終えて横山城に帰ってきた信長は、鎧を脱ぐとどっかりとあぐらをかいてため息をついた。


「案外手こずったな……」

「でも家康殿のお陰で数千の首を取る事が出来ました。」

「あぁ。奴が戦の状況を詳しく『予知』してくれたからな。徳川軍はもう撤退してしまったが、後で褒美をやらんとな。」

「そうですね。」

 秀吉は表情を変えずにそう答えると、部屋から出て行こうとした。と、そこへ秀吉の従者が何やら手紙のような物を持って転がり込んできた。秀吉が顔をしかめる。


「何だ、無礼ではないか。いきなり入ってくるなど。」

「も、申し訳ございません!でも信長様にこれを渡しに……」

「何だ、それは?」

「……可成様からのお手紙です」

「可成からの?何でまた……」

「実は浅井の別働隊と僧兵らが坂本に進出してきたそうで、可成様はそれを迎え討ちに行ったのですが……」

「何っ!?それでどうなったのだ!」

「…………」

 その従者が口をきゅっと結ぶ。嫌な予感がして信長は思わず立ち上がった。


「何だ!早く言え!どうせ可成の事だ。圧勝して帰ってきたのだろう?」

「…………可成様含め、結構な人数が討死した模様です。」

「……可成が、やられた……?」

「誰に!誰にやられた?」

 体から力が抜けて座り込んだ信長の代わりに秀吉が聞く。従者は喉を鳴らすとか細い声でこう言った。


「延暦寺の僧兵です。」

「……延暦寺……」

『延暦寺』という単語にピクリと反応する信長。秀吉は心配そうに顔を覗き込んだ。


「信長様……?」

「サル。」

「はい。」

「今すぐ宇佐山城へ行く。支度をしろ。」

「……わかりました。」

 信長の背後でメラメラと燃える炎を見た気がした秀吉は、慌てて立ち上がると逃げるように部屋を出た。


「延暦寺……許さんぞ……必ず滅ぼしてやる!」

 震える手で拳を握る。その時何かを持っている事に初めて気づき、手を開いてみた。


 そこにはくしゃくしゃになった可成からの手紙があった。



―――


 信長が浅井・朝倉連合軍と対峙していた二ヶ月の間、実は密かに武田信玄と本願寺法主・顕如が密会していた。


 そこで顕如は信玄の『念力』の力ですっかり諜略され、本願寺の僧と門徒宗、更に比叡山延暦寺の僧までもを巻き込んで蜂起した。


 浅井の別働隊にその僧兵らが加わり、実に約3万の兵が坂本に大挙した。

 坂本の町外れで最初の戦が勃発して可成の軍は健闘したのだが敗れ、信長の重臣・森可成らが討死した。



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