第11話知らないところでそれと出会っている
男性に痛い目を見てもらうにはいくつかの方法がある。
例えば、暴力。
例えば、自由を奪う。
例えば、精神的にも肉体的にも苦痛を与える。
ただし、俺は基本的に犯罪行為は行わない。
暴行は誰の目から見ても明らかに犯罪だ。
自由を奪うとは行動に制限をかけるとか監禁するとか…。
それももちろん犯罪だ。
では精神的に苦痛を与えるのは罪に問われるのか?
もしやりすぎると名誉毀損などに該当するかもしれない。
ではでは証拠も残さずに誰にもバレない精神攻撃は犯罪か?
証拠を残さないというのが肝心なのだ。
決して誰にもバレてはいけない。
お前に苦痛を与えているのが俺だということを…。
などと脳内で適当なナレーションを入れながら思考をまとめた。
まず何をすべきかは分かっている。
話は脱線するが高校卒業後、大学に入学した彼は勉強が馬鹿らしくなって自主退学をした変わり者だ。
その後の人生で彼が何をやっていたかと言えば…。
端的に言ってプータローだった。
毎日惰眠を貪り、起きれば昨日儲けたお金でまたハンドルを握るかボタンを押す作業をしに行く。
そして有り金を全てスッてしまうか、倍以上に跳ね上げてから居酒屋にキャバクラにバーにとはしご酒。
明日の軍資金だけを残して有り金の殆どを夜の街に溶かしていった。
そんな彼だからトラブルにはとことん縁があった。
酔ったまま街を歩き、肩がぶつかっただので喧嘩をしては警察の厄介になり、時には悪い人の事務所で袋叩きにされていた。
ただし彼はただのプータローだ。
その筋の方々も堅気には教育をするぐらいで責任を取らせるようなことはしなかった。
それ故に彼はその後も調子に乗り、そんな自堕落な生活を続けていた。
だがこんな人生のハミダシモノの彼でも唯一秀でているものがある。
それは危機察知能力。
俺はわかりやすくセンサーと名付けている。
そのセンサーが人一倍優れているのだ。
ある日の夜から突然、彼は街に顔を出さなくなり日中は真っ当に思える仕事に就いていた。
今回、こんなに脱線したのにも理由があって…。
彼の仕事が役に立つのだ。
連絡を入れることもなくその事務所のあるビルに入るとエレベーターに乗り込んで目的階へ向かう。
到着すると部屋のドアをノックし中からは返事が聞こえてくる。
それに応えて入室すると彼は待ち構えるようにソファに鎮座していた。
「来ると思ったぜ」
室内には中央にテーブルが一つ。
それを対面式に挟むように一人がけのソファが二つ。
部屋の奥に彼専用の仕事机と機能的な椅子が一つ。
対面式のソファに腰掛けた彼はたばこを吹かしていた。
「そんな格好つけないでいいよ。友だちが尋ねてくるぐらいで大げさ」
軽く笑うと肩を竦めて対面に腰掛けた。
「それで。要件は?サイコのことだから白河のことだろうけど…」
高校時代からの友人である彼は呆れるような、うざったい案件が舞い込んできたことに苦笑していた。
俺が口を開く前に彼は自ら吸っているたばこの煙を鬱陶しそうに手で払っていた。
「ったく…煙てぇ煙てぇ…お前の話はいつも陰鬱で仕方がねぇぜ…」
こちらはまだ何も口を開いていないというのに彼は勝手に話を進めると灰皿にすり潰すようにしてたばこの火を消した。
「まだ何も言ってないけど…?」
そんな分かりきったことを口にするが彼は面倒臭そうにきれいにセットされた髪を両手で撫でつけていた。
「何も言わないでも分かっちまうからこんな仕事してるんだろ?働きたくねぇ…楽してぇ…簡単に金を稼ぎてぇ…。そんな事を思って暮らしてもよぉ…大抵の人間は働かなきゃならねぇし思った以上に自由なんてこの世にはねぇんだ…。イイ女もイイ酒もイイ食い物も何もしてねぇヤツのもとには舞い込んじゃ来ねぇ…。皆努力して何かを掴みその限られた自由の中で人生を謳歌するんだ…って教師のお前に人生を諭すようなことを言っても釈迦に説法か…。そんで。そんな若者に道を示す教師のお前が復讐に燃えているのは哀れだぜ?」
彼は全てを悟ったような表情でそこまで長いこと口を開くと最終的に大きくため息を吐いた。
「ただ私は…」
俺が口を開くと彼は静止させるために右掌を前に出した。
「俺は。で良い。友人の前でぐらい仮面をはずせ」
見透かされたような言葉を受けて俺は一つ生唾を飲み込んだ。
「俺は自分の尊厳を取り戻したいんだ。犯罪にならない範囲で手段は問わずに復讐を果たしたい。俺はもう一度自分を好きになりたいだけなんだ…」
そんな事を言っても彼は納得してくれない。
表情は明るくならないし未だに呆れているようだった。
「自分を取り戻すために復讐?もう一度自分を好きになりたい?もう勘弁してくれよ…」
「なっ…」
反論の言葉を口にしようとするが彼は無理矢理に口を挟んだ。
「大人なら誰しも少なからず自分が嫌いなんだ。もう34だぜ?10代の自分を嫌いになって20代の自分の過ちに後悔する。皆そんなもんだ。自分を全肯定する自分大好きな人間なんて嘘つきだ。それか目を背けるのが上手いのか、記憶力に問題があるのか、捏造するのが好きな虚言癖か。とにかくまともな人間は少しは自分が嫌いだ。それの大小は人それぞれだがお前のは異常だ。過去に執着して復讐に燃える…。哀れで滑稽だ。本当に大事にするべきことは他に幾らでもあるだろ…。女子校勤務なら…」
彼はそこまで口を開くと一瞬呆けたような表情を浮かべてから続きの言葉を口にする。
「あぁ。そうだったな…お前がやりたい復讐ってやつに犯罪は必ず付きまとうぞ?自分だけ高みの見物決め込もうなんてお前は神様か何かか?フェアじゃなくスリルもリスクも負わないものに本当の復讐なんて果たせないぜ…。お前にやれることは白河と結婚すること。復讐の先には得るものはなくお前に残るものも何もない。そんな無意味なことをするよりも家庭を持って徐々にその失われていった自信や…」
その長い話の途中で不自然に言葉を区切るとテーブルの上のお茶に手を伸ばした。
そのまま一気に飲み干すと再度話は続く。
「う〜ん。何だっけ?なんて言えば良いんだ?ストレスやトラウマで五感に障害が起きているんだろ。気持ちはわかってやれねぇが次第に治んだろ…幸せの只中に居ればな…それでも治らんようならクリニックに行け。ここは探偵事務所。お前のような平凡な人生を送ってきた人間が来る場所じゃあねぇぜ」
そこまでのあまりにも長い話をすると面倒くさそうにスーツの胸ポケットからシガーケースとライターを取り出す。
中から一本取り出すと口にくわえて火を着ける。
自分で吐いた青白い煙を目で追うように天井を仰ぎ見ると話は続いた。
「何もかも面倒くせぇ!ってなったら俺に言え。闇医者に連絡して身体をバラバラにしてもらって何処かの誰かに売ってもらうからよ。俺は友人を失うが財布が満たされる。お前はこの世から楽に一抜け出来て無になるだけ。何も残せなくてもいいだろ。大抵の人間は墓石に名が残るぐらいだ。あの世に持っていけるのも戒名ぐらいなものだろ。金だって物理的に持っていくのは不可能だし。好きだった女もペットも我が子もあの世には持っていけない。死にたくなったら俺に言え。それ以外でお前の依頼を受ける気はない」
彼はしっかりと拒絶する言葉を口にして最後には俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「俺は…」
まだ食い下がる俺に彼は仕方無さそうにため息を吐く。
「最終警告だ。俺はお前と友だちで居たいぜ?」
その言葉が脳内に響き渡り、ここが境界線だと気付く。
これ以上踏み込めば彼は依頼を受けてくれる。
そして俺の注文以上の成果を果たすだろう。
ただ彼とは絶縁することになる。
友人と復讐を秤にかけるのは悩みようだ。
(友を失ってまでやりたいことなのか…)
短い自問自答の果てに俺はソファから立ち上がる。
「それが懸命な判断だぜ」
彼はそこまで言うと一度灰皿にたばこを置く。
「でもまぁ。友人依頼ってことで手は打っておく。ただし。もう復讐はやめろ。お前のような善人には似合わねぇぜ」
そこまで言うと彼は右手を差し出してくる。
それに軽くタッチをすると感謝の言葉とともに茶封筒を差し出した。
「いらねぇって。お前が復讐よりも俺を選んでくれたことだけで満足なんだ。映画とかドラマでよく観るやつだ。友情出演。友人料金として特別に俺に対しての想いだけで手を打ってやるさ」
終始面倒くさそうな表情を崩さない彼は最後に下手くそな笑みを浮かべて手を払うような仕草を取った。
再度感謝を告げようとすると、
「だからいらねぇって。俺たちの間に感謝の言葉なんていらない。落ち着いたら宅飲みでもしようぜ。未だに夜の街には顔を出せねぇからな」
そう言うと今度こそ手を払う仕草を取る。
それを確認するとそのまま退室して帰路に着くのであった。
そして、後日。
里央が少しだけ憂鬱そうな声で電話をかけてくる。
「もしもし?今良い?」
それに応じると彼女は大きなため息を吐いてから口を開いた。
「ごめんだけど愚痴聞いてもらえる?」
「良いですよ」
「ありがとう。サイコくんにこんな話するのは間違ってるんだけど…」
「どんな話でもいいですよ」
「じゃあ話すけど…。元夫が死んだって警察から連絡を受けてさ…。警察は他殺も疑っているんだけど…。今まで私も取り調べを受けてて…。しかも取調官が何度も退室するから話が長くて…本当に疲れた」
「それは…ご愁傷様です」
「どうでも良いんだけどさ…。色んな所で借金していたみたいだし恨みはたくさんあったはずよ。それでも過去を遡った元夫の足取りは街の防犯カメラにも映ってないし、家に誰かが押し込んだ形跡もないの。ただ自宅のアパートで独りで虚しく自然死したらしくて…。それなのに他殺の疑いって何?直接手にかけず殺すことなんて出来ないでしょ…」
「そうですね…。それは不可能かと…」
「それで少し参っちゃってさ…。警察って独特のオーラあるでしょ?相手を威圧するっていうか不愉快にさせる視線というか。そんなものに半日近くさらされていたから疲れちゃって…少しサイコくんの声が聞きたかったの…」
「そうですか。今日は傍にいましょうか?」
里央はその言葉を待っていたとでも言うように声を明るいものに変えた。
「良いの!?じゃあ迎えに行くから。今何処にいる?」
俺は自分の現在地を告げると彼女は車で迎えに来るらしかった。
依頼を果たしてくれた彼の事務所に電話を掛ける。
「俺は何にもしてないぜ。ただ事前に知っていたってだけの話だ。お前が復讐から足を洗ってくれるように誘導していただけ。警察に厄介になると取り調べとか釈放される時に面倒くせぇ話を受けんだ。あぁ〜…大抵の裁判官もするな。そういうのを
彼はそこまで言うと勝手に電話を切り、それと同時に真っ赤な高級車が俺の前に停まるのであった。
全ての目標を消去 100/100
里央、恵の好感度 10000/10000
三人の関係に終止符を打つ次話へ…。
最終回…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます