皆のやってみたいこと

 お祭りは人間も妖怪も神様も幽霊も、皆でやらないと意味がない訳で。そう考えたらおばあちゃんの言っていたボランティア活動っていうのが一番わかりやすいんだろうなあとは思うけれど。

 それだとおばあちゃんの真似をそのまんましているだけだから、あんまり意味がない。

 私は家に帰ってから、ちゃぶ台にノートを広げて考えてみる。


「皆がやってみたいことってなんなんだろう……」


 ひとりでやりたいことと、皆でやってみたいことなんて違うだろうし。

 私がやってみたいことなんて、普通に縁日みたいなことぉー……だけれど、それはたくさん大道具が必要で、そう簡単にできないだろうしなあ。とりあえず私は自分でノートに書き留めておいてから、皆に世間話がてら、聞いてみることにした。

 とりあえず話し合いしやすいものってなんだろうなと考えながら、さつまいもを切りはじめた。ごま油と醤油、砂糖を絡めて、最後に黒ゴマをふりかけたら、大学芋が出来上がる。とりあえず配るものを持って、世間話に持ち込もう。


****


「野平さーん、この間はおばあちゃんのお花選んでくれてありがとうございまーす」


 ひとまずや裏で今日も花屋を営んでいる野平さんに声をかけたら、彼女は首を傾げた。

 相変わらず丁寧に化粧をしているため、これがつくられた顔だとはわからない。


「いえいえ。私も花子さんにお世話になっていますから」

「それでなんですけどぉ。ちょっと大学芋つくったんですけど、お話ししてもいいですか?」

「あらあら」


 それに野平さんは口元を手で押さえて笑い出してしまった。


「あ、あの? 野平さん」

「別におかず交換や差し入れがなくっても、それこそ手ぶらでも、お話しは聞きますよ?」

「うーんと。私、おばあちゃんに教えられているんで。人の時間をただで奪うような真似はしちゃ駄目って。昔から手土産を持っていくっていう習慣があったのは、時間をただで奪うっていうのを避けるため。人の時間をいただいている以上礼儀は守らないと駄目って」

「うふふ、花子さんは相変わらずですねえ……大学芋だったら、麦茶が合うかな。ちょっと出しますね」


 そう言いながら、野平さんは大学芋に爪楊枝を差して、私たちには麦茶を汲んだコップを持ってきて座りはじめた。


「それで、相談とは?」

「ええっとですね。お祭りをしたほうがいいんじゃないかって話が出てまして。おばあちゃんにも相談しましたけど、私だとご近所さんがしたいことや喜ぶことって、よくわかんなくって」

「そうですねえ……昔は大雑把だったんですけど、今は主義主張がバラバラになってしまいましたから、皆がやりたいことが一致することってなくなりましたよね。昔だったらテレビだって地上波しかありませんでしたけど、今はケーブルテレビとか動画サイト、ネットテレビとかは普及しましたから、自分の趣味を見つけやすくなった代わりに、万人共通のものってかなり減りました」

「あー……まあ、そうですよね」


 野平さんに当たり前なことを突っ込まれてしまい、思わず落ち込む。

 アウトドア派とインドア派はただでさえ趣味も趣向も違うのに、今や娯楽飽和時代で、皆で共通してやりたいことを探すのって、そもそも難しいんだよなあ……。

 私が落ち込むと、野平さんはくすくすと笑う。


「逆に言ってしまえば、皆三葉さんみたいに誰かを優先させるいい時代になったと思いますよ。だから、三葉さんがやりたいことを決めても、全然大丈夫だと思うんですよ」

「えー……そんな大家の横暴みたいなので、いいんでしょうか……」

「そもそも、私たちが花子さんと一緒にボランティアをしていたのだって、私たちがボランティアが好きなんではなくて、花子さんが好きだからですよ。だから、三葉さんが誘ってくれたら、なんでも楽しめると思います」

「……私が決めないといけないっていうのは、なんだかプレッシャーですね?」

「うふふ、そうかもしれませんね。自分でなんでも決めるのは、意外と不自由かもしれませんけど、実は達成感も格別なんですよ?」


 それは自分で店を切り盛りしている野平さんならではの意見だった。

 相変わらず野平さんは自分が食事させているところは一切見せず、気付けば消えている大学芋を見つつ、「お話しありがとうございまーす」と言ってから、次に行くことにした。

 まずは日吉さん家のチャイムをブーッと鳴らすものの、反応がない。またどこかに動画撮影に行ってしまっているのかもしれない。

 仕方がなく、隣の扇さん家のチャイムを鳴らしたとき。

 珍しく普通に扉が開いて出てきた。


「どうかしたのかい? 最近は君もずいぶんとあちこち行っているみたいだけど」

「そこまであちこち行ってませんよぉ。あ、大学芋ありますけどよろしかったらどうぞ」

「ふむ、いただこうか。ちょうど玄米茶を淹れたところだから」


 今日は原稿がないらしく、大量に図書館で借りたらしき本を文机に積んで、何冊かを開いていた。


「これ全部お仕事の本ですか?」

「いや? ただの趣味だよ」

「仕事だけでなく、趣味でこんなに本を読むんですか……」

「どこぞの文豪は、たった一冊の本を書くために、古書店街の本を根こそぎ買い取って読んだと聞いている。なにも読まないよりも、常になにかを読んでいるほうがいいことってあるよ」

「なるほど……」


 小説はなにもないところから話ができるのか、すごいなあくらいにしか考えていなかったけれど、思っている以上に壮大なことをしているらしい。

 扇さんは「さて」と口を開いた。


「野平さんところでも話していたみたいけど、祭りを開きたいのかい?」

「ああ、やっぱり聞こえてたんですねえ」

「千里眼を得ていたら、大概のことはすぐ目にも耳にも入るよ。それにしてももっと早く私のところに来てくれればよかったのに」

「ええ?」

「誰かを導くのが苦手なんだったら、向いている者に任せたらいいんだよ。私はやってみたいことたくさんあるし」


 意外だなあと思って扇さんを見た。

 小説を書いているときは本当に家から出ないから、てっきり出不精だから、お祭りにもやる気がないのかと思っていた。


「たとえば高野山参りとか、四国八十八箇所巡りとか……」

「やめましょう」

「そんな即答で言うのかい?」


 扇さんがぷくっと頬を膨らませるので、私は思わず抗議する。


「そんな大がかりなことも、予算もありませんし! 私も学校がありますから、夏休みや冬休みでもないのに、そんな長時間留守にはできませんっ! あとどっちも有名な修行場じゃないですか! そんな体力ガリガリ削られるようなこと、近所のお年寄りにさせられないでしょ!?」


 高野山は一度連れて行かれたことがあるけれど、あそこまで登るだけでヘロヘロになり、なにを見たのか覚えておらず、ただただ疲れた記憶しかない。

 高校生の私ですらこうなのに、それより年寄りの人にさせていいものじゃないと思う。

 四国八十八箇所巡りは一度お母さんのほうのおじいちゃんがやりたがったけれど、家族全員で「年のことを考えたほうがいい」と一斉で反対して辞めさせた。

 しかしそう考えたら、あやかしからしてみればこれくらい歩くのは普通なら、やることももっと考えないと駄目なのかもしれない。

 私が頭を抱えていたら、扇さんは大学芋を食べながら「これは美味いね」と言う。


「ふうむ、今時の人間はそこまで体力が落ちていたか。それは考えてなかったね、すまんすまん」

「私、動くの好きじゃないと思っていた扇さんからこんなこと聞くと思ってませんでしたけど……」

「天狗は一応修行の末に天狗道に落ちたんだけどねえ……それはさておいて、現世でやりたいことと幽世でやりたいことはやっぱり差があるから、現世でできることややりたいことで合わせてくれたほうが嬉しいんだけどねえ」

「それ……野平さんに言われたこととあんまり変わらないような……」

「というより、現世であやかしのやりたいことを聞くのなら、私たちみたいなのに聞くよりも、もっと適任がいると思うけどねえ?」

「え……? 誰ですか? 更科さんは今日も休日出勤ですから、いませんよ……?」

「もちろん更科さんも相当人間に感性が近いけどね。鳴神くんに聞いてみたらいいさ。彼は現世にも幽世にも理解があり、どちらにも属してないからね」


 そこに私は「ああ……」と今更気付いた。

 鳴神くんは本人がなにかあったらすぐ雷を落とす以外は、普通に一緒に学校に通っていろいろ手伝ってくれているから、彼が先祖返りだってことはついつい忘れがちだった。

 私は「ありがとうございます」と扇さんに頭を下げてから、カンカンと階段を下りて行った。

 ちょうど鳴神くんがどこかに出ていたらしく、スポーツジャージ姿の彼と鉢合った。


「あれ、小前田? なに?」

「うーんと、相談があるんだけど、いいかな?」


 相変わらずローテンションな鳴神くんと、大学芋を食べながら話をすることとなった次第だ。

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