魔法学院入学までのあれこれ

第1話 令嬢は婚活茶会へ向かう

 ノルン侯爵家の長女エルヴィーラは、父譲りのアッシュグレーの髪にアメジスト色の瞳をした十四歳。

 多くの令嬢と同じ様に肩甲骨くらいまである髪を、今日はうなじが見えるまとめ髪にしている。


 小柄で、その首は手を伸ばせば折れそうなほどに細い。

 それによって自分の儚い雰囲気がより強調されていることに、本人は気が付いていない。


 一般的には美人だが、大嫌いな父に似ていると言われるので自分の顔を好きになれないでいる。

 父の顔は充分に整っているが、性格が顔に滲み出ているのをエルヴィーラは敏感に感じ取っている。


 そんな彼女は現在、うんざりしながら馬車に揺られている。


 四人乗り馬車の斜め前では、三十に差しかかった父の女性使用人が睨みを利かせている。いや、実際にこちらを睨んでいる。

 確か何処かの伯爵家の次女か三女だった。子爵か男爵だったかも知れない。ぶっちゃけエルヴィーラは興味が無いので覚えていない。


 彼女は一時期、特に父と懇意にしていたのでエルヴィーラの世話をする為ではなく、監視をする為に付き添いとして同乗している。

 理由は今向かっている王妃陛下主催のお茶会に、エルヴィーラが参加したくないことを知っているから。


 いくら参加したくないとはいえ、招待を受けた後で逃げだす様な真似はしない。王妃陛下に失礼過ぎる。

 エルヴィーラは彼女を完全に無視して、窓から王都の景色を眺めるフリをしてやり過ごすことにした。


 今日は公式のお茶会ではないので、王族の私的スペースにある庭園でお茶会が開かれる。

 非公式のお茶会ではあるけれど、今日のお茶会は第一王子ベルンハルトの婚約者候補を集めたお茶会でもある。


 だから、エルヴィーラは行きたくない。


 ベルンハルトに既に気に入っている令嬢がいれば良かった。けれど女性が嫌いなのか遠ざけがちで、今までその様な噂は入って来ていない。

 そういう訳で、残念ながら全く選ばれたいと思っていないエルヴィーラにもお茶会への招待状が来てしまった。


 この国は大まかに言うと王家が国全体、王家の血脈である公爵が王都を。

 四つの侯爵が王都付近に領地を構え、辺境伯が国境を任されている。他に伯爵、子爵、男爵領がある。


 エルヴィーラの父は王都から南にあるノルン侯爵領を治めていて、気候は温暖で住みやすく収入も良い。

 無理に王家と縁を結ぶ必要は無いのに、父は必ずベルンハルトの婚約者の座を勝ち取る様にと言ってきた。


 しかし、だ。エルヴィーラはベルンハルトが生理的に受け付けられない。

 何と言うか見ただけで血の気が引くし、後はただただ怖い。そんな人と結婚するなんてありえない。


 父はエルヴィーラの気持ちなどお構いなしに、勝手にこのお茶会への招待を受けた。

 当主が断る事も出来るのに断らないということは、周囲からは本人の同意も得られているという認識になる。


 エルヴィーラの気持ちなどは一切考えない。そういう父。

 エルヴィーラの友人で、ウテシュ伯爵家のデポラも招待されていたが、別の令息と両家公認で恋愛中なので両親が断った。羨ましいったらない。


 相手は第一王子なので、婚約者になればそのまま王妃になる確率が高い。

 国は多少の問題はあるものの安定していて、今は婚約者に特別な才能は求められていない。

 城には補佐をしてくれる優秀な人が大勢いるし、役割は上流貴族の夫人とあまり変わらない状況。


 なので婚約者に求められるのは、一定以上の魔力持ちであること。

 これは子どもの魔力量が両親に影響されることが分かっているからで、魔力量を維持したい王家には必須。


 親から引き継いだ魔力量は色彩に出る。父の色味を受け継いだエルヴィーラは、残念ながら魔力量が多かった。

 後は本人が余程物覚えが悪いとか、性格に問題がなければ大丈夫。


 幼少期に馬鹿な振りをする余裕がなかったので、残念ながらエルヴィーラはどちらの条件もクリアしてしまっている。

 ベルンハルトが美しい王妃陛下に似ていて、それなりに婚約者になりたい令嬢がいることがせめてもの救い。


 馬車がスピードを落とし始めた。間もなく王城へ到着する。この狭い空間で睨まれ続ける時間も後僅か。

 馬車が止まり、御者が扉を開く。


「到着しました」

 御者が悪い訳ではないけれど、かけられた言葉に気分は最悪を突破した何かになった。


 ドレス姿の私が馬車から降りるのを補助する為に素早く降りた使用人が、さっさと降りろとこちらを睨む。

 おかしくない? 気軽に睨み過ぎだと思う。一応私は雇用主の娘ですがとエルヴィーラは思った。


 軽やかな気持ちはどこにも無く、どっこらせよっこいしょと立ち上がり馬車から降りる。

 既に控えていた王城の使用人に案内されて城内を進む。


 美しい庭園の数々を無感動に眺め、ついに今日の会場となる紫陽花が咲き誇る庭園が見えた。

 淡い色彩ではあるが、紫陽花の赤紫から青に至るグラデーションがとても美しく存在感がある。


 庭園を見た父の使用人が舌打ちをした。それに気付いた王城の使用人が視線だけを使用人に移す。

 王妃陛下が特に気に入っている紫陽花の庭園に向かって、舌打ちはあり得ない。きっと驚いているだろう。


 エルヴィーラは招待状で今日の会場を知っていたので、紫陽花に溶け込めるような色のドレスを選んだ。

 エルヴィーラの瞳の色に合わせて作られたこのドレスは、背景になるはずの紫陽花の色味と明度がほぼ同じ。


 一緒に背景になろう作戦。この作戦を成功させる為に、朝からエルヴィーラは使用人の彼女と大いに揉めた。

 彼女は父が勝手に作っていた露出の多い原色のドレスを勧めてきた。露出過多な父の趣味が気持ち悪いとエルヴィーラは心底思っている。


 エルヴィーラがもしも婚約者に選ばれたら、彼女がそれを後押ししたのは自分だと父にアピールしたいのはみえみえ。

 父へのご機嫌取りは他でやってくれと心底思う。そして今までの父の行動から、何をどうしても父が彼女の元に戻ることは無いと思っている。


 無駄な努力にエルヴィーラを巻き込まないで欲しい。


 彼女の意見を無視して今日の装いは全て自分で選んだ。

 このまま揉めていれば遅刻するね? の一言で、エルヴィーラが勝った。

 父は見送りになど来ないので、彼女に勝った瞬間にエルヴィーラの勝ちも確定した。


 褒めてもらったことがあるのは、手入れをしっかりしている肌と髪だけ。皆お世辞でも正直だなと思ったのは一旦置いておく。

 なので肌は露出せず、髪はアップにさせた。隠してしまえばより地味で平凡。完璧に背景になれるはず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る