[7] 合成
水の中に杭が立ち並ぶ。不揃いに。機能的に。
規則があるようにみえて完全な規則には従わない。
すでに意味をなくした何か。それは目に映る景色の一部でしかない。
川の流れをゆるやかに阻害する。少しだけ立ち止まってはまた動く。
いつかそれらは朽ちてなくなってしまうのだろう。それも案外近いうちに。
そうして破片は川の底へとたまりいずれ土へと帰る。その後は?
大きな翼の白い鳥が飛びあがる。騒がしい。少しだけ不快に思う。
強い風が吹いていた。長い黒髪が流されるように揺れた。
「ありがとう」
「何が」
「ここに連れてきてくれて」
橋姫はその景色をじっと眺める。私と目を合わさずに。
きっと彼女は喜んでくれているのだろう。私はそう思うことにした。
網代木を破壊した、私がそう告げると橋姫はそうとだけ短く答えを返した。それで終わり。
世界は何ひとつとして変わらなかった。
あるいは変わったのかもしれないけれど、私にそれはわからなかった。
どこかでだれかが慌てふためているという妄想が思い浮かぶ。それには何の根拠もない。
私は彼女の隣に立ってその視線は同じように川の流れへと向いていた。
けれども感じているものは違う。川を見ていながら感じていたのは彼女のことだけだった。
胸が高まる。
現実と幻想の境はあいまいで区別がつかない。区別をつけるつもりもない。
足元にあった小石を蹴り飛ばしてみた。コンクリートの上を二三度跳ねて川へと落ちた。
波紋が広がる。すぐに消える。
延々と水は流れていく。どこに行きつくわけでもないのに。循環する。
意を決して私は彼女の手を握る。冷たくて細い手だった。
そこに彼女が確かにいることが分かって私は人知れず微笑んでいた。
「私は橋姫。見捨てられたもの。世界から不要とされたもの。網代木から切り離され削除されたデータが他の廃棄されたデータと混じり合って私が形作られた。私は網代木であって網代木ではない。変質を繰り返しすぎた。何ものにもなれない。彼女のことを理解しているけれど完全に理解することはできない。一番近い言葉を探せばこの行動の原理は復讐であると言えるかもしれないけれどそれではあまりにも零れ落ちるものが多すぎる」
私は彼女の言葉を理解してみようとした。
ばらばらに砕いてそのひとつひとつを子細に検討していく。わかるようでわからない。
それはいったい何のせいなのだろうか?
彼女の言葉が不十分なのか、それとも私にそれを受けとるだけの素養がないのか?
そもそも言葉自体がその内容を伝達するのに役割を果たすだけの能力がないのか?
彼女が何を言おうとしているのか何が言いたいのかそのすべてを理解することをひとまず私はあきらめた。
けれどもその言葉を記憶に刻む。決して忘れないように。
今は雰囲気に身をまかせるにことにしよう。それはちょうど流れていく水のように。
おそらくそれでいいのだろう。彼女は静かに笑っていたから。
その笑みはひどく魅力的で、私は私の中で何かが跳ね上がるのを感じた。
踊りだしたいような気分なのに体は硬直して動かない。もどかしい。
私は彼女だけを見ていて、彼女は私だけを見ていた。
幻想が現実を侵す。私は空を飛んでいる。
どこへ行こうというのだろうか。知らない。
電子音が鳴り響いて私に警告した。この場所で飛行することは許されていない。
警告を無視して飛びつづける。再びの警告。再びの無視。
ミサイルは飛来する。私を撃ち落とそうとして。
炎を上げて飛ぶその無骨な姿に見とれる。美しい形。
爆発する。鳥は落ちていく。私はその光景を天井から見下ろす。
有機物と無機物とが混じり合う。どちらがどちらかわからなくなる。
区別する必要のないことだ。海はそれらすべてを飲み込んでくれる。
ずっともっと高く飛び上がった。誰の手も届かない場所へ。
雲の隙間を抜ける。暗闇へと突き進む。
邪魔な脚を切り落とした。誰かの手にひかれて上空へと落ちていく。
もっと遠くの孤独な場所に私は行きたい。暗くて冷たい場所に。
小さな点がまばらに輝いている。そこに私は線を引かない。
『こんにちは』とその機械は言った。『こんにちは』とその人間は返した。
『さようなら』とその機械は言った。『さようなら』とその人間は返した。
交わされた言葉はたったそれだけでそのふたつのものが出会うことは二度となかった。
甘い香り。合成されて模造されたもの。設計図のもとに配分された何か。
柔らかいものが唇にふれる。私の時間がまた解凍されて動き出す――。
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