第38話 特攻作戦
リンガ泊地には第十二戦隊の他にも第二艦隊の艦艇の多くが配備され、日々訓練を行っていた。
ちなみに、隆が開戦以来所属し続けて来た第二艦隊はラバウル撤退後に第三艦隊と統合され、現在は第一機動艦隊の呼称に変わっている。
第一機動艦隊 第十二戦隊所属。
それが今の隆の所属している艦隊だ。
もっとも、第二艦隊と第三艦隊が共に行動していたわけではない。第三艦隊は航空兵力が主力の為内地にて訓練を行い、艦艇主力の第二艦隊はリンガ泊地にて訓練を行っていた。
リンガ泊地に移動して半年が過ぎ、蒲生の多景を中心とした戦隊行動も様になってきた頃、隆は蒲生と共にルソン島のマニラへと向かった。第二艦隊参謀長の小柳少将と同作戦参謀の大谷中佐も一緒だ。
ルソン島に上陸すると、隆は強烈な日差しに目を細めた。
八月の日差しは強かったが、日本の夏に比べると蒸し暑さは幾分かマシな気がする。むしろ、司令部の建物の中のほうが蒸し暑さを強く意識した。
司令部の広い会議室に入ると、既に司令長官以下はそれぞれの席に座っていた。第二艦隊の四人は、遅参を詫びつつそれぞれの席に座った。隆の席は蒲生の後ろだ。
ざっと室内を見回すと、フィリピンを根拠地とする南西方面艦隊の司令長官らの姿も見えた。
そして、会議室の向かいに座っているのは、新たに連合艦隊司令部参謀に着任した神重徳大佐と軍令部参謀の榎尾義男大佐の二人だ。
隆からは蒲生の後頭部しか見えないが、その背中は警戒感を強く滲ませている。
「さて、揃われたようなので早速始めさせていただく。今日ここに来て頂いたのは他でもありません。新たに発令される『
捷号作戦の事は隆も聞いていたが、まだ策定されて一週間ほどであり、その内容はおろか概要すらも把握できていない。
詳しい情報が何もないのだから、当然と言えば当然だ。
一座から何も声が上がらないことを確認した神は、説明を続けた。
大まかに言うと、今まで別個の指揮系統を持っていた連合艦隊、支那方面艦隊、各鎮守府や警備府などを統合し、連合艦隊司令長官による統一指揮を行うということだ。
加えて、今まではそれぞれの部隊に所属していた基地航空隊も航空機とその他支援部隊に分け、航空機隊は連合艦隊司令部の指揮下に置く。
つまりは、日本の全海軍を連合艦隊司令部が一元的に指揮するという内容だった。
「以上について、ご質問はありませんか?」
殊更に丁寧な態度で神が一座を見回す。
質問と言われてもそういきなり出てくる物では無い。が、神はその沈黙を半ば強引に『無言の肯定』と受け取った。
「では続いて、先日内地にて開かれた連合艦隊作戦会議の結果をご報告いたします」
神は事も無げに言い放ったが、一座は動揺を隠せなかった。とりわけ、第二艦隊の面々は今にも掴みかかりそうなほどの怒りを浮かべている。
ここに居る将校はそもそもが連合艦隊の所属であり、特に第二艦隊は内地の燃料を節約するためにという司令部の命令でリンガ泊地に来て訓練を重ねているのだ。それら外地の部隊を完全に無視して内地だけで作戦会議を行ったと聞けば、これは怒らない方がどうかしている。
当然ながら、隆も神の言葉には驚くと共に怒りの感情を持った。
「作戦会議があったとは初耳ですな。我らは連合艦隊とは別個の組織である、と参謀殿は言いたいわけですか?」
「サイパン奪回が絶望的になったことを受け、次はこのフィリピンにアメリカが上陸して来る恐れがあります。恐らくレイテ湾が上陸地点となるでしょう。
事は急を要したため、皆様方を呼び戻している猶予がありませんでした。どうかご理解いただきたい」
険悪な口調で小柳が牽制するが、神の方はどこ吹く風といった顔だ。
明らかに苛立っているはずなのに、何も言おうとしない蒲生がいっそ不気味に感じた。
「さて、まずはリンガ泊地に配備されている旧第二艦隊は、捷号作戦発令以後は第一機動艦隊第一遊撃部隊として作戦に参加して頂きます。
第一遊撃部隊の任務は、敵の上陸意図が判明次第出撃し、敵の上陸時に上陸地点に到達することです。しかる後、敵輸送船団及び敵上陸軍を撃滅して頂きたい」
再び一座にざわめきが起こる。神の方はと言えば、澄ました顔で端座していた。
その時、今まで一言も発さなかった蒲生が口を開いた。
「参謀殿にお聞きしたいのだが、敵輸送船団には当然ながら敵の水上部隊、並びに敵の航空機部隊が護衛についていることが想定される。
この点について、どのようにお考えか?」
神の頬が一瞬ピクリと動いたが、すぐに能面のような表情に戻った。
「敵航空機部隊は、友軍航空隊の総攻撃によって対処する。敵水上部隊については、こちらから積極的に発見、撃滅することは極力控えて頂く。あくまでも敵上陸軍を叩くのが第一遊撃部隊の任務です」
「つまり、航空機の支援なしに敵艦の停泊するレイテ湾に突入せよ、と言う訳だな」
蒲生の指摘に神が初めて苛立ちを見せた。
色々と回りくどいことを言っているが、実態としては蒲生の言う通りだ。
航空隊の総攻撃というが、そもそも今の日本にアメリカに対抗できるだけの機数は無い。水上部隊は無視しろというが、こちらが無視しても相手が無視してくれなければ一方的にやられるだけだ。
敵も馬鹿ではない。日本の艦艇が輸送船団目掛けて突撃すれば、当然に迎撃してくるはずだ。
つまりは、全滅覚悟でレイテ湾に突っ込めと言われているに等しい。
隆にとっても、まるで死にに行けと言わんばかりの作戦は腹立たしい物に聞こえた。
神に対してさらに突っ込みを入れようとした蒲生だったが、参謀長の小柳に制止されて口を噤んだ。
蒲生に変わって小柳が神を見据える。
「司令部の作戦は承知した。
我々は敵主力の撃滅こそ第一目標とすべきと考え、その為の訓練を繰り返して来た。が、敵の港湾に突入してまで輸送船団を叩けというのなら、それもやりましょう。
だが、一点だけお伺いしたい。
連合艦隊司令部は、この突入作戦で
小柳の気迫の籠った質問に一瞬たじろいだ神だったが、大きく息を吸い込むと腹を決めたかのように頷いた。
「フィリピンを取られてしまったら、南方は遮断され、日本は完全に干上がる。そうなっては
フィリピンを確保できるのなら、この一戦で連合艦隊をすり潰してしまっても悔いはない」
勇ましい言葉に聞こえるが、隆にとっては暴論にしか聞こえなかった。
神は明確に『船を残してもしようが無い』と言ったのだ。船に乗る将兵のことは一切考慮していない。
将兵の命など、神にとっては替えの効く駒に過ぎないと言っているも同然だ。
怒りの余り立ち上がろうとした隆だったが、小柳が再び制止した。
「長官がそこまでの覚悟をしておられるのなら、是非も無い。
ただし、突入作戦は簡単に出来るものではない。敵艦隊はその全力を挙げてこれを阻止するであろう。したがって、好むと好まざるとに拘わらず敵主力との決戦なくして突入作戦を実現するなどということは不可能である。
よって、遊撃艦隊はご命令どおり輸送船団を目指して敵港湾に突進するが、途中敵主力部隊と対立し、二者いずれかを選ばねばならぬという場合には、輸送船団を捨てて敵主力の撃滅に専念するが、それで差支えないか?」
小柳には、気合というよりも殺気と表現すべき迫力が全身から滲んでいた。
返答次第ではこの場で神を切り捨ててしまいかねない様子だ。それほど、この作戦に怒っている。
「……差支えありません」
「このことは重要なことだ。貴官からよくよく長官に申し上げてくれ」
「承知しました」
小柳の迫力に押され、神も最後には艦隊決戦を承知した。
これにより、名目上は輸送船団への攻撃だが、実際には艦隊決戦に勝利した暁には輸送船団を撃滅する、という作戦へと変質した。
敵艦隊の砲撃を受けつつ輸送船団と刺し違えるという当初の作戦から比べれば、将兵の生還率は多少マシにはなるだろう。
その後、遊撃部隊の戦力拡充を中心とした議論を何日か重ねたが、遊撃部隊そのものに航空戦力を回すという要望はついに叶わなかった。
隆には、死にゆく部隊に貴重な航空機を回すことはできないという思惑が透けて見える気がした。
そして昭和十九年十月二十日にアメリカ軍がレイテ島に上陸したことを受けて連合艦隊は『
第一遊撃部隊は、ブルネイを出撃してフィリピンを目指した。
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