08 ミルクの能力

 翌朝、物々しい音に目覚めたリュウが音の出所に向かうと、そこは兵士達の訓練場であった。

 二人で格闘する者や、チームで目的を持って訓練する者、部屋の隅で射撃の練習をする者など、そこに昨夜の陽気さは無く、リュウも皆の真剣さに身が引き締まる思いだった。

 訓練の見学を終え部屋に戻って来たリュウは、やはりここは戦場なのだ、と不安を覚えていた。


 もしここが戦場になったら、戦う術を持たない自分はどうなるのか。

 ゲームのモブキャラの様にあっけなく殺されるなんて嫌だ。

 どうせなら、ゲームで自分が操作するミルクのように華麗に戦いたい。

 だが、リアルの世界では精々ケンカするのが関の山だった自分に何ができるというのか。


 リュウがそんな事をぐるぐると考えていると、頭に声が響いた。


『おはようございます、ご主人様ぁ。あのぅ、戦いたいんですかぁ?』

「っ!? あ、おはようミルク。いや、戦いたい訳じゃないよ」

『でもぉ、何だかそんな風に感じましたけどぉ?』

「みんな戦争してるんだからさ、せめて身を守るくらいはしたいな、と思ってさ……」

『なるほどぉ、こういうのはどうでしょう?』


 尋ねてくるミルクにリュウが説明すると、ミルクは何やら提案を持ちかけてきた。

 直後にリュウは、左腕に違和感を感じた。


「おお!? なんじゃこりゃ! すげえ!」


 リュウの左腕の肘の外側から手までを覆う様に、銀色の盾が付いていた。

 盾は二センチ程の厚みがあり、先端には何やら小さな穴が開いている。

 そしてその盾の内側はリュウの腕と融合している。


『えっとぉ、人工細胞は金属粒子で出来ているって言いましたよね?』

「うん」

『その構造を組み替える事でぇ、最高硬度を持つ盾にしてみましたぁ』

「ほえ~。この先端の穴は?」

『針を飛ばせますぅ。ただぁ、人工細胞で針を作って撃っちゃうとぉ、人工細胞は当然ながら減っちゃいますぅ』

「あー、そらそうだよな」

『そうですねぇ、不要な金属を入手してもらえたら、分解して針にできますけどぉ?』

「マジで?」

『ミルクはご主人様にぃ、嘘なんて吐きませんよぉ』


 ミルクの説明にリュウは、自身に備わった人工細胞の凄さを初めて実感した。

 昨日のミルクの立体映像も凄かったのだが、その時は単純に頭の中でAIと話す以外にもこういう手段がありますよ、と教えられただけで、あくまでもAIと対話しかできないと思い込んでいたからだ。


「なぁ、ミルク。これ、元に戻すにはミルクにお願いすればいいの?」

『今はそうですねぇ』

「今は? どういう事?」

『まだご主人様と各システムのプロトコルを定めていないのでぇ、それさえ出来ればご主人様でも起動できるようになりますよぉ』

「プロトコルって、手順とか取り決めって意味だよな。なんで定めてないの?」

『それはぁ、まだ昨日ご説明を始めたばかりですしぃ、ミルクに言って頂けたなら、対応できますからぁ』

「なあ、ミルク。もっと色々教えてくれ」


 リュウは盾以外にも各システムとやらが自分で扱える様になるという事実を知り、人工細胞の事をできるだけ学ぼうとミルクに頼んだ。


『えっとぉ、色々と言われましてもぉ、スリーサイズとかは困ると言いますかぁ……』

「あほーう。それはボケか? 天然か? どの辺の記憶から持ってきたんだ?」

『す、すみません。これは、そのぅ、アイドルのフーリちゃんから……』

「あー、でもあれは見た目以外は好きじゃないから、好み高くないはずだろ?」

『言い難いんですけどぉ、それだけご主人様がぁ、彼女の体に食いついたんじゃ……』

「俺が悪かったぁぁぁ。削除でお願いしますぅ」


 それからリュウは、食事時以外は自室に籠り、ミルクから色々と学びながら、時に自身のアイデアを出し、ミルクと共に自身の可能性を模索していく事になる。

 それにより、AIであるミルクもリュウという人間をより深く学んでいくのであった。










 サウスレガロのレジスタンス拠点は、町へのトンネルを建設する時に撤去されるはずだった、トンネル横の広い資材置き場が元になっている。

 その資材置き場の真上の地上部分は大部分が小高い丘であり、僅かに町と重なる所には五階建てのビルが二棟建っており、資材置き場とエレベーターで繋がっていた。


 そのビルの一つにレジスタンスの車両が一台、エレベーターで降下していく。

 やがて降下し終えたエレベーターの扉が開くと、車両はゆっくりと拠点内を進み、小さな建物の前で止まった。

 車両から降り立ったのは二名の兵士と一人の老人であった。

 二名の兵士は老人を挟む様に、小さな建物へと入って行く。


 その小さな建物は、サウスレガロ支部の情報局だ。

 建物の質素な外見とは異なり、内部は最新の情報端末機器が多数備わっている。

 片隅にある応接セットでは、セグ大佐と連れて来られた老人が向かい合っている。


「初めまして、ドクターゼム。私はこの情報局を任されているセグです」

「ふむ、こんな失脚した老いぼれに、何用かの?」

「単刀直入に申します。我々レジスタンスに協力頂きたい」

「まぁ、そんなところじゃろうな、とは思うておったよ。しかし、協力と言っても何をさせるつもりじゃ?」

「軍、及び研究施設の情報の提供、また最新情報の入手、そして……兵士のメンテナンスをお願いしたいと考えております」

「ふむ、じゃが、軍の情報はわしよりもお前さん達の方が詳しかろう。何せわしは、研究の事しか頭に無かったからのう……」

「左様ですか。では研究施設の方とメンテナンスだけでも結構です」

「まぁ、助けてもらった借りくらいは返さんとな……しばらく世話になるぞ」

「よろしくお願いします。後で部下に部屋へ案内させましょう」

「分かったわい」


 ドクターゼムはかつて研究施設最高の頭脳と呼ばれ、施設の総責任者でもあった。

 脳神経分野に於いては並ぶ者はなく、人工細胞の生みの親でもある。

 しかしヨルグヘイムの竜力による人工細胞の小型化に反対した事から、その立場を追われた。

 ドクターゼムは、あくまでも人工細胞の小型化は人が成すべきだと考えていたのだ。

 神の如き存在によって小型化されても、それを十全に扱えなければ意味が無いと。

 しかしそんな訴えは、軍は元より科学者達にも受け入れられなかった。

 誰もが皆、技術の停滞を恐れ、結果を急いだ為である。


 ドクターゼムは失脚したことで、研究施設の片隅でひっそりと過ごす事になった。

 堅苦しい立場から解放されたドクターゼムは、そこで開発途中だったAIの作成を再開した。

 そしてプロトタイプを完成させ、更に無駄を省いた汎用型をも完成させていたが、情報の流出を恐れた軍によって命を狙われ、辛くも脱出に成功したのである。


 軍はレジスタンスがドクターゼムと接触を図ろうとしている、という噂を聞きつけていたのだ。

 しかしそれは、ドクターゼムの才能を妬んだパストル博士の策略であり、軍と共にドクターゼムの研究室を強襲したパストル博士は、まんまと彼のAIを奪ったのである。

 ドクターゼムはあまりに突然の脱出劇にAIを残してきた事を悔やんだが、もはや戻る事はできず、偶然出会ったレジスタンスに拾われ、セグ大佐の元へ送り届けられたのである。

 ドクターゼムは戦争や政府の行く末などに興味は無かったが、残してきたAIは何とか回収したいと考えていた。

 その為、ドクターゼムはレジスタンスと行動を共にするしか選択肢が無かったのであった。

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