第6話 This is not the beginning.けれど、この物語の起点

 そんな! これで本当に終わりなの! この少年の言いなりを、今全部受け入れたところで、いつかて石として死刑台に上げられる役目を背負せおわされるのは神先かみさきさんで! あたしはい!! あたしが勝手にこんな所に一人で来ちゃったんだから!! あたしが神先かみさきさんの邪魔をしたんだ!! あたしが本当は出来もしないことをひとりで勝手に先走って、こんな刃物を持ち込んだんだから!!

 お願い、神様がいるのなら!! 本当に二人が言ってるように神様がいるのなら!! ねえ!! どうして助けてくれないの!? どうしてこんなことになるの!? 

 お願い!! 神先かみさきさんを!! 神先かみさきさんを助けてよ!!!   

 けれど、いつくばったままの神先かみさきさんがその体さえ引きりながら。

 それでも必死に、その神先かみさきさんの狂気きょうき宿やどした眼光がんこうと今にもおおくそうと伸びる手とせまおそうそのあらゆる恐怖から、はらばいに震えながら逃げ足掻あがこうとする教祖きょうその狂ったみたいな絶叫ぜっきょうが!

「ひいぃぃぃぃぃぃ!!! ぐ、来るなあ!!!! あぐまめええええ!!! わたしは! わたしはかみの子だああ!! 神のお!!!!! 貴様あくま達からじんるいをすくうためええええええためえええにいいいいい!! く、くるなあああああ!!! かみさまあああああ、わ、わだじをおおおおお救いになあああああああああ」

 諦念ていねんじった荒い息と共に、その断末魔だんまつまの先にあった教祖きょうその右足を神先かみさきさんがとらえた。


――神様!――


 願うすべすら、あたしには分からない。あたしには、世界の真理なんて分からない。

 全てがただ、目の前から消えていくのを見てることしか出来なかった。誰も、誰一人助けられなかった。


 あたしが出来ることは。

 あたしが出来ることは。

 あたしが出来ることは。


――神様!――


 神先かみさきさんが、つかんだその足をゆっくりと引き寄せた。


 あたしに出来ることは。

 あたしに出来ることは。

 あたしに出来ることは。


――神様!――


 恐怖きょうふゆがんだ形相ぎょうそうの男が懸命けんめいに、もう一方の足でりつけようと。


 あたしにしか出来ないことは。

 あたしにしか出来ないことは。

 あたしにしか出来ないことは。


――神様!――


 教祖きょうそのもう片方かたほうの足までおさんだ神先かみさきさんが、ゆっくりとあたしを見た。


「ごめんな」

 

 そんな言葉が聞きたい訳じゃない。

 あたしが勇気を振りしぼらなくちゃいけないんだ。

 あたしがここにいる理由が、きっとあるはずだから。

 あたしにしか出来ないことが、きっとあるはずだから。

 あたしがここにいる理由だって、きっときっとあるはずだから!!!



「さあ!!! もう殺(や)っちゃいなよ!! くだらない偽物にせものの大人なんてどっかに行っちゃえ!!」

 少年が絶叫した。







――ただあきらめに染まった日々だった――



  ――の光なんて届かないその日々が――



    ――もう二度とこの手でつかめないあの日々が――





                  

            


    


           ――そして――



          ――何もかもが――



     ――終わろうとしていたあの日々の中で――







            ――けれど――



おとうさんもおかあさんも……どうしてけんかばかりなの……

ねえどうしておかあさんはいつもみえないかみさまとばっかりおはなししてるの……

ねえ……ねえあたしと……あたしとあそんでよ……どうして……

ねえ、どうして。

……?

あなたはだあれ? 

ねえ? あたしとあそぼ。




    ――光が。まばゆい位にこの目にかがやうつる黄金の光が――




『お前は本当に家族想いだな……お前には“私が与えた力を取り消せる力”をあげよう……遊ぼうって言ってくれたのは、そうだな、お前が初めてだ……』

『そう……なんだ……じゃあ……ねえいっしょにあそぼ』






 そうだ……そうだったんだ……あれは……あれは夢でも、かすみの向こう側にあった白昼夢はくちゅうむでも無くて! ……ずっとずっと!!

「神様が……! そうだ、あの時……あれは……あれが本当に神様だったのなら!!」

 運命は、決して悪戯いたずらなんてしたりしない。あたしは……あたしがここにいる理由がちゃんとあったから!!

「何だ! どうしたんだゆうちゃん!?」

 一際ひときわに叫んだあたしのその声におどろいた様に振り向いた神先かみさきさんの声と、目を閉じたまま震えながらも宙を、無我夢中にデタラメなままり続けてる男と!

「……神様だって? ほうけたままの君が一体何を言ってる、って……待てよ……そもそもこんなに“力”を持った人間が一堂いちどうかいしてることが大体不自然で……? いや、それだって僕が仕組んだ計画の当然の帰結きけつのはずだし……それに何も君には……それに、この状況で君に何か出来ることなんて……」

 少年の明らかな逡巡しゅんじゅんわずかに、あたしの命にあてがった凶器きょうきを持つその手にも、躊躇ためらいのたったほんの少しの迷いが……!

ゆうちゃん!!」

 神先かみさきさんが叫びながら血塗まみれたままのみずからの太腿ふとももの傷口に、勢いのまま躊躇ちゅうちょ無く、思い切り自分の左手の指先をそろえて一気にき入れ悲鳴ひめいげた!!

「ぐあああああっ!!」

「何だ!? 何を!!」

 わけも分からず少年が呼応こおうした声!

「俺にもまだ出来ることが!!」

 左手の先におびただしくらした血まりを、こちら側に目掛めがけて!! 思わず目を閉じたあたしは!

「こ、こんなの反則はんそくだ!!」

 少年が叫んで、――ゴトン!―― 刃物がその手から滑り落ち、絨毯じゅうたんれる音が! 

「め、目がああああっっ!!! ち、ちくしょう!! こんなことって!! こ、こんなのりかよおおお!!」

 その両目に雪崩なだれ飛んだ神先かみさきさんの血まりを、あわてて両のてのひらき消し去ろうとしてる少年から急いで飛び退いたあたしが、そのままの態勢ごと反転はんてんして少年の目の前に!

「こ、こんな! こんなことでこの僕が!!」

 分かってる!! あなただってあたしだって!! 神先かみさきさんだって、そこにいるその男さえも!! 誰が悪くて誰が正しくて誰が間違ってるかなんて!!

「そうよ……神様から見れば、あたし達の世界なんてありの行列よりも、もっともっと小さくてちっぽけなものだって……! 気紛きまぐれに与えた力の影響えいきょうのその先のことなんて! だけど、あたし達人間だって何も考えずにそこらにいる野良猫やカラスやハトやありやら他の色んなものにだって、ほんのちょっとの気紛きまぐれで何か食べるものをあげたり遊んで“あげた”つもりになったり……! その結果、その生き物達が取り返しの付かないほど増えたり、危険な人間との境界線も気にしなくなったりって、その後のことも何も考えないままで……! それと、それと同じことだったんだって!!」

「何だってんだ! 畜生ちくしょうおおお!!」

 焦燥しょうそう憎悪ぞうお侮蔑ぶべつと。少年が慌てて、あたし達の目の前に落ちている包丁をつかもうと懸命けんめいに手を伸ばす。

「神様が『一緒に遊ぼうと思ったんだ、こんなことになって……ごめんね』って言ってたから!」

 無我夢中むがむちゅうであたしは、その凶器きょうきの上からこの体ごとおおかぶさって!   

「そんな馬鹿な!! 違う!! 僕こそ選ばれたんだ!! 上手うまくこの力を使えてた!! これからもそう出来るんだ!! 君が選ばれた!? あるはずもないことだ!! 何も無いじゃないか君には!! これからだってずっとずっと!! ずっと君は!! 僕や神先かみさきさんのように、主役になれるほどうつわを手に入れることだってずっと出来やしないくせに!!」

 そんなこと関係無かったんだ……! たった、あたしは家族と一緒にいられますようにって、家族がずっとこれからも一緒にいられますようにって!! それだけ思ってたから!!! それだけで、そういうことだけでいいんだって!

 なおも少年が、亀の様に必死にうずくまってついにあたしがこの手に取った包丁を取り返そうと!

 その小さな足や手でりつけたりなぐりかかってきたり!

「それを離せ! 離すんだ!! お茶みはもういい!! 君もここで殺す!!!」

 激高げきこうする少年が、無理矢理むりやりあたしがにぎんだ右手をつかみ伸ばし1本また1本と、指と指とを荒々あらあらしくこじけながらそこから得物えものうばい返そうとして!

「駄目だ!! ゆうちゃん!!!」

 神先かみさきさんが必死でこっちに近寄ろうといながら、叫びながら!!

「だめ!!! あなたも、もう元に戻らなくちゃ!! あなただって本当はただの可哀相かわいそうな子供だから!! 大丈夫……これからはずっとあたし達が守るから!!!」

 懸命けんめいうばい合いの綱引つなひきの行く末、ついに取り上げた包丁を神先かみさきさんの方に投げて!

「嫌だ嫌だいやだいやだいやだ!!! ただの被害者ひがいしゃになんてなりたくないだ!!! 僕は!! 僕こそが最大の! 最大のこの力の使い手になれるんだ!! 駄目だ駄目だ!!! 君みたいな何も無い、何も出来なかった人間がりにもってこんなところにしゃばるな!!! 神様はそうじゃない!! 神様は才能がある人間だけを選ぶんだ!! “救世主”として!! 僕こそが、本当に正真正銘しょうしんしょうめいの救世主に!!!」

 どうやったらいいのかなんててんで分からなかったけれど、なおも暴れえながら、ありったけの力で抵抗する少年の両手を同じく両の手で必死につかんでその顔をのぞき込んだ。

 その右目に小さく……けれどはっきりと金色きんいろに輝く“何か”が、今のあたしには分かるから。

「あたしの目を見て」

「何だ……!? い、嫌だ! なにする気だ……!! そんな馬鹿な!! 神様からもらった力だ!!! なににもえられない力だ!! 僕だけの力だ!! お金や地位や名誉や性衝動しょうどうなんかじゃない!! もっとその先にある!! この地球の中心の!! 宇宙の始まりの!! もっともっとその先の! 違う次元にあるいまだ解けないだけの法則の先、見えないだけの“神様の世界”を僕は!! 僕は見たんだ!! あの黄金に輝くあの神様を!!! 畜生ちくしょう!!! だから、子供だけじゃ何も出来やしないから!!!  大人達からの否応いやおうの無い腕力や暴力や! 大人にだけ! 汚い大人達にだけ都合のいルールに何もかもうばわれる!!! 子供なんて、子供なんて……!! ちくしょう……これで終わらな…………め……目……が……閉じることも……出来な……目が……この目……この目から……いや……だ……おねが……い……いかないで……」

「安心していよ、もう……目がめれば、もう大丈夫、大丈夫だから……」

 さっきまでの両手足の抵抗は次第しだいに、そしてついに消えていって、ゆっくりと目を閉じながらあたしの腕の中にもたれかかってきた少年が、そのままかすかな寝息を立てながら、やがて、あどけない天使の寝顔がそこにはあったから。

ゆうちゃん! 大丈夫か!」

 流れる血に汚れた足を引きりながら、けれどよろめきながらも立ち上がった神先かみさきさんが! その足!! ねえ大丈夫なの!?

「何とかな……そいつが言った様に、深刻しんこくにまでいたる様な劇薬げきやくじゃなかったようだな」

 そうなんだ……本当に良かった……本当に、本当に神先かみさきさんが死んじゃうかもって……あたしの、あたしの所為せいで……あたしが教祖きょうそを刺し殺そうとしてたこの場所で……。

「これ位の傷で死んでるたまるかよ。プー〇ンやラスプーチ〇とも戦ったことがあるってのに」

 こんな状況やあんな状況なのにそのネタは×××!! はい終わりもう終わり全部終わり!! このИдиот(ロシア語)!! じゃああんたがアレとかアレとか止めなさいよおおおお!!!!


 轟音どおおおおおおおおおおおおんんんんん爆音!!!!!!

   ずどおおおおおおん

      爆音ごおおおおおおおおおおおおおお轟音


「何だ!?」

 轟音ごうおんと共に天地てんちれて、四方しほうらめく護摩ごまに入っていた火さえも、器の中でくずれ散り落ちた。

 何の音!? あたしは必死で少年をはなしまいと、抱きしめる両手に力を込める。こんな状況だって全然分かんないし、あの音は何処どこから!? ねえ! そこでいつくばって逃げようとしないで! あなたなら何か分かるんじゃないの!?

「し、知らない分からない! 私はただ今日ここに立ち寄って説法せっぽうをして欲しいと執行部しっこうぶに頼まれていただけで……何が起こってるのかなんて、私には何も分からない!!」

 すっかり、超越感ちょうえつかん丸出しだったそのプライドも遠くの彼方かなたへ投げ捨てたみたいに、しどろもどろで慌てふためく教祖きょうそほこりだらけになった黒衣こくいめくれ上がり、今やただのっ白ブリーフ丸出し親父になっていることにだって気付いてないなんて……。

「た、大変です! 階下かいかの! 階下かいかから爆発が! あちこちで爆発が!!」

 突如として向こう側、非常階段があるとおぼしき場所から光がし込んで、声をげながらあたし達の前に信者と思われる男性が両足をもつれ絡ませながら滑り込んできた。

「な、何だと!? そんな馬鹿な!! ここは仮にも健康器具販売メーカーのていをもって設けられた宗教施設だぞ!! そ、そんなことが!」

 ああ……まあ分かりきってたけれど、今頃になってここがそういう目的が“主体”だったってのは認めるのね……何かこれって録音とかしといた方がいいんじゃ、って流石にこの教祖きょうそにこれから教団をどうこうする意欲も野望も無いと思うけどさ。

おそらく、こいつだな」

 神先かみさきさんは、安心しきった様にあたしの胸のうちで眠りについている少年を指した。

「“これで終わらない”……そう言ってたはずだ。あらゆる事態じたい先手せんてを打って、自分が関与かんよした証拠しょうこでもあらかた消し去るつもりの算段さんだんだったんだろう。俺達諸共もろともってな」

 そんな……だけど、もう……。

「こいつの力はもう、ゆうちゃんに消されたんだ。今更いまさら目がめたって今までのことを覚えてるどころか、何が起こっているのかそれすら理解するのも無理だろうな」

 どおおおおおおおおんんん!!!!

 そうこうしてる今だってまた爆発音が! 考えてるひまなんて、全くもってりはしないんだ! 今ぐここから逃げなきゃ!!

「ここに上がってきたエレベーターは?」

「駄目です…‥ボタンすらきませんし、無理矢理こじ開けたとびらの向こうにも“かご”がありません……」

 まだ残ってた女性信者の一人が、この絶体絶命の状況確認を終えてへたりこんだ。

「電力供給が無くなったってこと? 補助電源ほじょでんげん? 配電盤はいでんばん?」

 薄暗いこの部屋の壁を四方しほうに、みんなで一様いちよう手探てさぐってみる。

いた!」

 無我夢中むがむちゅう教祖きょうそがあっちでさけんで、部屋中に明かりが広がった。

「非常階段の方は?」

「無理です! 下に降りられなくなってここに上がってきたんです!」

 そうなると、本当に絶対絶命ぜったいぜつめいがいよいよその正体しょうたいをあたし達に突き付ける最後さいご通牒つうちょうで、天国やら地獄やらが、ふらっと次の瞬間しゅんかん目の前に現れたり!!

「そ、そうだ!! 隠し通路がある!!」

 教祖きょうそが、その“教祖きょうそ”という役目にる本来の使命に目覚めた様な、誰かを(ようやく)救えそうな頓狂とんきょうな声を上げて、あわててあたし達を見回して両手でその口をおさえ込んだ。

「何だ? お前まさか」

 神先かみさきさんが、教祖きょうそむなぐらをつかんだ。

「や、やめてくれ! そ、そうだ……国税局マルサや警察にでもまれた万一の時には私だけでも逃げようと……各施設に……私がこっそり業者に頼んだ……抜け穴を……」

 目の前の憤怒ふんど形相ぎょうそうに、バツが悪そうにそう言いよど教祖きょうそが。

……あきれてものも言えないってのはホンっトにこのことで。つまり、あれだけ老獪ろうかいな支配者たる少年すらの目もくぐって逃走経路を用意してたってことね……頭脳vs頭脳でつまり、悪知恵憎まれっ子こそがはばかるってのは……けれど、そんなこと言ってられない! あなたが流行はやりのダークヒーローだなんてちっとも思いやしないし、これはただの怪我けが功名こうみょう!! 瓢箪ひょうたんからこま!! 暮らしには保険! でもこの脱出案……キンキざわ…に冷ざわ…えてやがるざわ…っ!(飲酒運転だけは絶対に“自戒”しなきゃ極天罰!!)  

「考えてるひまなんて無い!! かくみんなで逃げなきゃ!!」

 眠りこける少年を背中にぶったあたしがそうさけんで、神先かみさきさん、教祖きょうそ、信者が数名、全員がうなずいた。

「こ、こっちだ!」

 その声で先導せんどうする教祖きょうそに、あわててみんなが付いていく……ほどの距離も無く?

「「祭壇って!(こんな近いんかい! ってみんなの思いが)」」

 この全員の心が一つになった奇跡の瞬間が、ほぼほぼ世界中のきずなを取り戻せ!!

「少年は、あくまで裏方うらかたで指揮系統と教団運営にたずさわってる中で、お前のインチキご高説こうせつたまわる為の、こんなちゃぶ台もどきの場所に興味なんてなかっただろうし、盲点もうてんと言えば盲点もうてんか。お前を崇拝すうはいする信者達がここに近づくはずもないしな」

「だからインチキではないし、教典きょうてんも私が書いたものだ!! 元はと言えば私が作った組織だ!!」

 両手をグルグル振り回しながら顔を真っ赤にしてる教祖きょうそが……前脚まえあしげて威嚇いかくしてるレッサーパンダの映像をY〇(←お布施ふせ……また間違えた! せ字!)uTubeでそう言えば見たなあ……ぜんっぜんあっちは可愛かわいかったし……。

「お前が作ったのは、奇術きじゅつを目玉にしたサーカス団だろうが……」

 神先かみさきさんがあきれ顔で、教祖きょうその右ほお速攻そっこうで“説法せっぽう”した。

「いたあああい!!!」

 あ……もう駄目だめだこの人、味方になったら弱体化するキャラのパターンに突入してるこのやり取りだって見なかったことにしとく!

「結局なんなんだ、お前のその力でもをこの祭壇さいだんにかざせばとびらひらく仕掛けとか?」

「いや、普通にこうしてここを押したらカチって鳴って開いて中にレバーがあるからそれを引く」

 手慣れた早口の棒読み感がつよっ! だけど、おおおっ! 見事にさっき教祖きょうそが立ってた所が、ガチャンって音を立てて上蓋うわぶたがゆっくり開いたその下に階段が……って、奇跡の力全然関係無いしただの上手じょうず施工業者せこうぎょうしゃの仕事っぷりに感謝! ってよくこの規模きぼで教団の他の人にばれなかったな!?

「これは、どこに続いてるんだ?」

 片足のけんが多少切れてたってたいしたことないって胸を神先かみさきさんもどうかと思うけれど、今はそんなことも言ってられないし早くここから逃げなきゃだし!

「下のフロアだ。各階に他の場所とはつながっていない面積を取ってあるから、これで1階までそれぞれの階段で降りられるはずだ」

 ……あとからの工事でそれを各階に全部やったってこと? よっぽど少年もこの教祖きょうそのことをめてたってことね。でもそのお陰で、今は一縷いちるの望みが繋がった訳だし!

「今の所問題は無さそうだな。よし、宙に浮ける力なら何かあっても何とかなるだろう。田中二権郎、お前が先頭だ」

 階下を覗き込んだ神先かみさきさんの即断即決で、はい決まり!

「いやいや! 私のちょっと浮けるだけの力なんて、もしかしてのバックドラフトなんかあったらもうそれこそふせぎようがないでしょうが!」

 教祖きょうそのアイデンティティであるはずの力を本人が全否定って! 神先かみさきさんだって怪我けがしてるんだし……いいわ! あたしが先に降りるから! 

「知ってるか? しょっちゅうそこらで見掛ける働きアリは、全員(蟻)めすなんだ。アリのおすはただ交尾の為と、みんなのえさになるだけの存在なんだぜ。やっぱり女は偉いって話だな」

 ここに来て何の話なんだか……背中のこの子はまだ眠ってるし大丈夫。信者の人があたしのあとのバックアップと殿しんがりにも一人。その間で他の信者さんに手助けしてもらいながら、神先かみさきさんと教祖きょうそはさみましょ!

「分かりました。私が付いていきますから」

 って、中年の女性信者の人がうなずいてくれた。

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