第21話 当代聖女2
(本当に、先代の聖女様は素晴らしいお方だったわ…)
カロラインとデリアの会話に、ステイシーも先代聖女を思い出す。
先代の聖女は伯爵家出身で強い光属性を持ち、いつも穏やかで博愛の精神を体現するような聖女だった。ステイシーは先代聖女が任期を務める最後の1年だけ光の離宮で侍女を務めたが、侍女や下働きの者たちにも等しく気遣い優しい聖女に驚いたものだ。
当代聖女と同じように聖女として果たすべき社交もあったし、友人を離宮に招くことなどももちろんあったが、最優先にされていたのは聖女としての公務や慰問活動でいつも熱心に取り組む姿が印象的だった。
そんな姿勢を見初められてか侯爵家に嫁ぐことになったが、嫁いだ後もしばらく聖女を続けて欲しいと王城からも教会からも強く請われ、在任期間は13年間に及んだ。多くの聖女が4〜5年で任期を終えることを考えると、聖女としていかに多くの人々に慕われ、愛されていたのかがわかるというものだ。婚家も理解があり、結婚後も聖女の任期中は活動に支障が出ないよう配慮していたようだが、さすがに20代半ばとなりそろそろ後継をと今度は婚家より請われて退任することになったと聞いている。
「聖女の選定ってやり直せないのかしら」
デリアの言葉に不意に「ちょっと」とカロラインが顔を寄せ、声を潜める。
「ここだけの話よ。実は内々にそんな話も出たりしたらしいんだけど、昨年、強い光属性を持っていたご令嬢お二人が事故に遭われたという噂は聞いたでしょう?次の聖女様かと言われていたご令嬢方よ。その後も魔力量の多いご令嬢が病に倒れられたりってことが続いたらしいのよ。そんなことがあって、候補とみられていたご令嬢方はもちろん、該当するお年頃の光属性や強い魔力を持つご令嬢がいらっしゃる貴族家はすでに辞退を表明しているそうよ」
カロラインは実家の関係があるのか、いつも情報通である。
「それは…私でも辞退するわ。聖女の選定というより、それじゃあまるで呪いじゃない」
「ええ。明確な証拠はないし、何か疑うような素振りがあるわけでもないみたいだけど、
その話が本当なら恐ろしすぎるではないか。ステイシーは現実から逃避したくなった。
「せめて、怒鳴ったり物を投げたりしないてくれるといいわよね…」
「ステイシー、望むレベルがそれなんて、あんたちょっと麻痺してるんじゃない?」
ステイシーの言葉はデリアに一刀される。でも、恐ろしい話には関わりたくない。それに、光の離宮は万年人手不足なのだ。「せめて人が辞めないように」とそう思うのも仕方ないだろう。
衣装部屋でキャスター付きの3つのハンガーラックに青系のドレスを次々に掛ける。小物類は箱の中を確認しながら大きな袋に詰めてラックに掛けて、再び聖女の部屋へ向かう。
当代聖女がその日の衣装を決める度に、衣装部屋から大量の衣装を運ばせるようになったため、ステイシーたちが衣装をシワにせず綺麗なまま運べて時間も短縮できる方法としてこのような方法を考えたのだ。
少し前までは10名ほどで抱えて部屋を往復するか、衣装箱へ詰めて運び、部屋で再びラックやトルソーに掛け直すという作業を何度か繰り返していた。しかし人手不足の今、そのようなことは到底できない。
もちろん、このハンガーラックは聖女の
ソファーの正面に3つのラックを置き、小物を並べていく。30分ほどしてディスプレイを終えた頃、ノックの音が響いた。
「まあまあ!皆さん、ごきげんよう」
侍女に案内されて聖女の部屋へやってきたのは、2年ほど前から聖女の話し相手になり、現在ただ一人この離宮に入ることのできるポメロー夫人だ。
小柄で少しふくよかで、いつもにこやかな夫人は聖女より年齢が二回りほど上の40歳前後くらいだろうか。
聖女のヒステリーに出くわしても上手くなだめ、ヒステリーが出そうになると上手く収め、粗相をした侍女をかばうこともあって離宮の侍女たちには大変慕われていた。
「こちらが今日の聖女様のお召し物の候補というわけですわね。まあまあ!本日の聖女様はとても張りきっておられるようね!」
おほほほ!と手を大袈裟に広げてそう言いながら、青い色味やそれに合う色合いで揃えられたドレスやジュエリー、バッグ、ヒールなどを一通り見て回る。
夫人は普段から聖女の話をよく聞き、どのような話しも決して否定しない。この約2年、夫人がいるときに聖女が機嫌を損ねた様子を見たことがない。
夫人がいるのであれば、今日はひどいヒステリーはないだろう、物が飛んでくることもないだろうと侍女たちにホッとした空気が流れる。
「あなた方申し訳ないのだけれど、そちらのサファイアブルーのドレスとブルーグリーンのドレスはトルソーに着せていただけるかしら?
サファイアブルーのドレスには小物類はこちらとこちら。ブルーグリーンのドレスにはこちらの小物とあちらのヒールを合わせてね。それから、あちらの濃紺のドレスの近くにこちらの小物とこちらのヒールを置いていただける?それからそうね…あちらの水色のドレスにはそちらの黄色の小物を。そして左端の青紫の、ええそのヴァイオレットのよ。そちらには…」
夫人からの指示に従い、侍女たちがテキパキとドレスや小物類を並べ替える。終わってしばらくしたところで、湯浴みとマッサージを終えた聖女が戻る。
「まあまあ、聖女様、ご機嫌麗しく存じますわ。本日もお目にかかれて光栄に存じます」
「ポメロー夫人、よく来てくれたわ。どうぞゆっくりしてちょうだい」
「聖女様、どちらも素晴らしいお召し物でございますね。もしや本日の茶会でお召しになりますの?」
「ええそうよ。あなたの意見も聞きたかったの!」
「ところで、あちらのサファイアブルーのドレスとブルーグリーンのドレスは、先日お誂えになったものではございませんの?どちらも素晴らしい出来栄えで、きっと聖女様に相応しいですわね」
「あら、さすが夫人ね!そうなの。ちょうど数日前に届いたところだったのよ。本当に、あなたがいてくれるだけで安心だわ」
早速の婦人の言葉に聖女は「やっぱりあなたは話が早いわね!」とご機嫌で話し始める。
聖女の両隣では侍女がそれぞれ爪のお手入れだ。
「まあ!聖女様、わたくしのようなものにそのような。身にあまるお言葉ですわ」
ポメロー夫人が少し俯き、恐縮しきりという風に答えた。
「本当のことよ!あなたには感謝しているし、今日も頼りにしているわ。それで、本日のわたくしにはどのドレスが良いと思って?」
「そうでございますね。僭越ながらわたくしが本日の聖女様にふさわしいと思いますのは…」
そこからたっぷり1時間ほど、聖女エリザベータとポメロー夫人はドレスと小物類などを見立てて茶会の準備を進めるのだった。
午後にはいよいよ、聖女が待ち望んだお茶会である。
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