第9話 養子

 パーティーを開く時に色々とお世話になった職人やスタッフ達の挨拶回りが無事に終わった後、私はやることがなくなった。屋敷に籠もって、両親からの指示を待っていた。


 また別の人と婚約するのか、それとも修道院に送られるのか。それ以外の選択肢があるのか分からないけれど、とにかく今は待つしかないのだ。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」

「……分かったわ」


 部屋でぼうっとしていたら、メイドがやって来た。とうとう、私の処遇が決まったらしい。さすがに緊張してきた。心臓がバクバク鳴っている。


 こんな時に限って、嫌な想像ばかりしてしまう。ろくなことにならない、最悪の未来を想像してしまう。


 でも、覚悟は決めていたはずなのだ。どんなことがあっても、受け入れると決めたはずだ。どうせ、何を言っても無駄だろうから。全てを受け入れるしかないのよ。


 両親の書斎へと向かった。扉の前で深呼吸をする。


 ノックをして中に入ると、両親はソファーに座っていた。私を見て、嫌そうな顔をする。妹のペトラには、そんな顔など見せないだろう。私は、とことん嫌われているようだ。


「座れ」

「はい……。失礼します」


 お父様と向かい合うように座った。お父様は、相変わらず不機嫌そうだった。その横に座るお母様も同じような表情。とても嫌な雰囲気。


 早く、この部屋を立ち去りたい。話だけ聞いて、今すぐに。


「お前の、これからの事についてだが」


 お父様が口を開いた。前置きもなく、本題に入る。私は身を固くした。思わず目を瞑りたくなる衝動を抑えて、お父様を見つめ続ける。


「お前は、ナハティガル男爵家に引き取られることになった」

「……引き取られる?」


 予想外の言葉が出てきた。思わず聞き返してしまった。新たな婚約や、修道院送りではないのかしら。


「そうだ。たった今から、スターム侯爵家の娘ではなくなる。だから、もうこの家に戻って来なくて良い。荷物をまとめて出ていくんだ」

「……えっ? あ、あの……」


 急な話に、どういう事なのか理解できなかった。困惑する私を無視して、お父様は淡々と話し続けた。


「お前を養子に出す、ということだ。詳しいことは、向こうに行ってから聞け。話は以上だ」

「え、あ……。はい、分かりました……。失礼します」


 呆然としたまま立ち上がると、両親がこちらを見た。二人共無言のまま睨みつけてくる。居心地が悪くて、挨拶もそこそこに部屋から出た。そのまま、自分の部屋へと向かう。


「あら、お姉様! いえ、もうお姉様じゃありませんね!」


 廊下に居た妹と遭遇してしまった。私の顔を見て、彼女は嬉しそうに声をかけてきた。逃げることは出来ないようだ。


 普段なら出会わないような場所に、彼女は立っていた。もしかしたら、待ち構えていたのかもしれない。


「……ペトラ」


 仕方なく、名前を呼んでみる。すると、彼女は満面の笑みを浮かべた。それから、わざとらしく声を落として言う。


「ふふふ、今までありがとうございました。短い間でしたが、楽しかったですよー。お元気でー」


 手をひらひらと振って、それだけ言って去って行った。そんな彼女の後ろ姿を眺めながら私は、心の中で呟く。


(そっか。もう、ペトラは私の妹じゃなくなるのね)


 家族からも見捨てられてしまった。もう戻れないのだと悟った。だけどそれは、私にとって嬉しいことだった。これで良かったのだと思った。


 妹と離れることが出来る。この家から出ていくことが出来るのだ。


「さようなら」


 廊下に一人残された私は、別れの言葉を口にした。誰にも聞こえないくらい小さな声で。

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