第77話 氏真上洛

 京を手中に収めると、義昭は諸大名に幕府再興を宣言した。


「これよりは儂が天下を治める。……皆、頼りにしているぞ」


「「「ははっ」」」


 義信や、浅井長政ほか、上杉の宰相、直江景綱。北条の外交僧、板部岡江雪斎が頭を下げる。


 こうして、足利義昭の元に武田、上杉、北条を加えた義昭政権が発足するのだった。






 京を取った勢いで畿内から三好勢を駆逐すると、松永久秀や筒井順慶ら畿内の勢力が次々と武田家に臣従した。


 武田家中に畿内の武将が加わりつつあるとはいえ、依然武田家の武将の多くは甲斐や信濃の山で育った者たちである。


 武芸ならまだしも、教養が問われる場。


 とりわけ、武田家には公家との繋ぎ役を務められる人材がいなかった。


 そのため、足利義昭のため御所の建設を行なう傍ら、朝廷や公家との伝奏役を務められる者を探していた。


「ううむ……どうしたものか……」


 思案する長坂昌国をよそに、義信がぽつりと呟いた。


「仕方がない。あの方を呼ぶか……」






 義信からの文を携え、岡部元信が向かったのは、今川氏真が幽閉された増善寺だった。


 岡部元信の顔を見るや否や、氏真が顔を歪ませる。


「元信……よくもぬけぬけと私の前に顔を出せたな……」


「本日はお館様より命を言付かってまいりました」


「ふん、この私が義信の言うことなど、聞くわけがなかろう」


 そっぽを向く氏真を無視して、岡部元信が続ける。


「ご隠居様には京の地にお移り頂き、公家衆との伝奏役に任ずるとのこと」


「聞くわけが……」


「また、伝奏役を受けていただくにあたって、京にほど近い槇嶋に5000石の知行をあてがうと……」


「聞くわけ……」


「そうそう、ご隠居様が京にまかり越すと聞き、前関白の二条様もご隠居様と蹴鞠に興じることを大層楽しみにされていると仰っておりました」


「……………………」






「ほっ!」


 二条晴良から渡された鞠を、氏真が高く蹴り上げる。


「ほう……今川殿は蹴鞠が達者と聞いていたが、噂に違わぬ腕前……。見事なものじゃ」


「二条様にそのように評していただけるとは……。駿河で腕を磨いた甲斐がありましたぞ」


 そうして、氏真は嬉々として蹴鞠に興じるのだった。






 氏真と二条晴良の蹴鞠を、義信と岡部元信が遠目に眺めていた。


「これでよろしかったのですか?」


「上出来だ」


 上洛を果たし足利義昭が将軍の座についたとはいえ、幕府の基盤は脆弱で、吹けば飛ぶような存在だ。


 また、幕府の直轄地は京の周辺に僅かにあてがわれただけで、事実上畿内の支配者は義信となっている。


(再興したとはいえ、今の幕府は脆弱そのもの。どこまでもつかはわからぬ……。であれば、朝廷との繋がりはあった方がいい……)


 幕府に何かあった時に備え朝廷や公家との関係を密にできれば、今後朝廷の権威を利用しやすくなる。


 そのため、朝廷や公家との関係改善にと今川氏真を送り込んだのだが、予想以上の働きを見せてくれていた。


「かつては今川をまとめきれなかった義兄殿が、京では文化人として持て囃されている……。まったく、人の運命とはわからぬものだな……」




あとがき

明日の投稿はお休みして、次回の投稿は1/17にしようと思います。

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