第44話 三者面談

 同盟交渉の話し合いは、武田領内、西上野の寺にて行なわれることとなった。


「上野は三家の領地が接している地……。話し合うとなれば、ここしかないだろうな……」


 義信の言葉に飯富虎昌が頷く。


「しかし、上杉と北条は此度の話に応じるでしょうか……」


 武田と上杉で北信濃を、北条と上杉で関東を巡って相争ってきた間柄である。


 それを今更三国で同盟などと、可能なのだろうか。


 不安げな表情を浮かべる飯富虎昌に、義信は笑みを浮かべた。


「話し合いには応じると来たのだ。希望はある」


 しばらく待っていると、上杉家からは宰相の直江景綱が。北条家からは外交僧の板部岡江雪斎がやってきた。


「方々、遠路はるばるご足労願い、かたじけない」


 飯富虎昌が集まってくれたことに礼を述べると、板部岡江雪斎が能面のような笑みを浮かべた。


「なんの……。それにしても、武田の若君は面白いことをお考えになりますな……。よもやこの三家で同盟を結ぼうとは……」


「まったくですな。公方様のお誘いでなければ、ここまで足を運ぶこともなかったまのを……」


「どうかな。此度の話し合いで一番得をするのは上杉殿やもしれぬぞ。……なにせ、武田北条の二正面となることを避けられるのだからな」


 二人に交ざり、義信も舌戦に加わる。


 互いに顔を合わせたばかりだが、化かし合いは既に始まっているのだ。


 あとはいかに自分の勢力が利を貪るか……。


 三人は互いに牽制するように睨みう。


「はてさて、此度の同盟に、北条はどれほどの利を得られますやら……」


 板部岡江雪斎が計りかねるようにぽつりとつぶやく。


「言葉遊びは不要だ。公方様が当家を頼ってこられた以上、私には上洛を果たす義務がある。……そのためには背後の守りを固めておく必要がある。……此度の同盟はそのためよ」


 義信の言葉に板部岡江雪斎と直江景綱が頷く。


 ここまでは足利義昭を招いた時点で想像できることだった。


 しかし、よりにもよって宿敵である上杉武田で同盟を結ぼうとは……


「武田様とてご存知のはずでしょう。北信濃を巡り、当家と武田家が幾度となく矛を交えたのは……」


「存じるもなにも、私も川中島で戦った。……たしか直江殿の軍とも矛を交えたな」


「ならば、当家が武田家によい感情を持っていないのもご存知のはず……。家中でも武田とは手を組めぬと申す者も少なくありませなんだ……。それは武田様とて同じこと……」


 違うか? と直江景綱が目で尋ねてくる。


「元より、昨日まで敵だった者が手を結ぶなど、余程のことがなければできますまい。……それこそ、武田様の持つ北信濃を手放すくらいしなくては……」


 なるほど、直江景綱は北信濃と引き換えに同盟を結ぶと言っているのか。


 ここで安易に承諾しては、大将としての質を問われかねない。


 義信が直江景綱をじっと睨んだ。


「言いたいことはそれだけか?」


「……どういうことにございますか?」


「北信濃を巡り、我らは幾度となく争うてきた間柄……しかし、当家が強ければ、上杉も強かった……。決着がつくまで争うとなれば、数年、数十年と時間がかかるは必定……。ゆえに、我らは知っているはずだ。……武田と上杉が相争うことの愚かさを」


「……………………」


 義信の言い分には、直江景綱も思うところがあった。


 川中島の戦いがなければ、上杉家はどれほど領地を広げ、躍進できたか。


 いま武田と手を組めば、止まっていた時間を動かすことができるのではないか。


 そんな期待をしなかったと言えば嘘になる。


 逡巡する直江景綱を置いて、板部岡江雪斎が割り込んだ。


「武田が上杉と遺恨を持つのと同じく、北条も上杉と因縁があり申す……しかし、これを水に流せるとあらば、両家の繁栄は約束されたも同然かと」


「……では、ひとまずは互いに手を組むことで話を進める。方々、異存はないな?」


 義信が尋ねると、板部岡江雪斎と直江景綱が頷いた。


「ときに、我らは公方様の求めに応じて此度の話し合いに参った。……しかし、その公方様がお見えにならぬのだが……」


 もっともなことを述べる直江景綱に、義信は、


「心配ご無用。公方様は今ごろゆるりと長旅の疲れを癒やしておいでだ」






 一度は甲斐に足を踏み入れた足利義昭であったが、都暮らしを待ち焦がれる義昭を慮り、義信は駿河に滞在させていた。


 今川義元が都から公家や文化人を多く招き入れたこともあり、駿府は小京都と呼ばれるほど公家文化が花開いていた。


 饗応役の今川氏真が監修したこともあり、都らしい食事に義昭は大変満足していた。


 食事が済むと、今度は連歌の腕を披露し合った。


「ほう……今川殿は蹴鞠の名手と聞き及んでいたが、連歌にも精通しているのか……」


「公方様にお褒めいただけるとは……身に余る誉れにございます」


 頭を下げる今川氏真。


 謙虚な姿勢に好感を持ちつつ、義昭が思わずぽつりとつぶやいた。


「……いるのだな。京を離れても雅の心得のある者が……」

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