03
「健吾ちゃんに頼みたいことがあったんだよね」
「うん、多分また寝ているだろうけど五十嵐さんが行けばすぐに起きてくれるよ」
「ちょっと行ってくるっ」
って、放課後になっているいまならとっくに帰ってしまっている可能性もあるのか、まあ、家を知っている状態だから仮にここで会えなくても言いたいことを言えるかと片付けた。
十七時までは付き合うと約束をしている僕は本人が去った後も教室に残っていた、家までは地味に距離があるけど家はあくまで近いところにあると説明してあるから五十嵐さんが気にしてくることはない。
それでも一人で暇だから先輩みたいに突っ伏して待っていたら「伊藤君」と声をかけられて顔を上げた、声音が違うことから五十嵐さんではないと分かっていた。
「五十嵐さんを追えば谷本先輩とはいられますよ」
「ちょっと付き合ってほしいんです」
「十七時まで待ってもらってもいいですか、これでも一応約束をしている身なので」
他の人はともかくとして、僕が先輩の立場だったら「あ、嘘だ」となるようなことだった。
「はい、それじゃあ隣に座らせてもらいますね」とここにいることを選んだみたいだけど、このまま時間だけが経過すれば先輩からもそう見られてしまう。
だから戻ってきてくれ! と願っていた自分だったものの、五十嵐さんが荷物も持って出て行っていることにいま気づいた馬鹿がここにいる。
「十七時になりましたね」
「か、帰りましょうか、動く必要があるならいつまでもここに残っていたところで時間がもったいないだけですからね」
「はい」
これで先輩からしたら約束をしたつもりになっていた哀れな後輩というところか、くそぉ……。
「ところでなにをすればいいんですか?」
「今度こそ勇気を出して捨てようと思いまして」
「汚くはなかったですけどね」
「でも、どんどん新しい物を買ってしまうので結局あのままだと駄目なんですよ」
どんどん新しい物を買ってしまうとはすごい話だ、一人暮らしになってからはそういう物欲もほとんど消えたからそういう点からもすごいと思う。
まあ、親と仲良くできていないからというのもある、仲良くできている状態でいまと同じ状態だったらゲーム機とかも買っていたかもしれない。
「あ」
「ん? あ、谷本先輩と五十嵐さんですね」
セーフ、二人が手を繋いだりはしていなかった、つまり横にいる先輩的にも大丈夫なはずだ。
どんどん仲良くしてくれていいけどどろどろした感じになると困るからみんなちゃんとはっきりしてほしいところだった。
お互いのためにもなる、無駄に振ったりしなくて済むわけだから得しかない。
「あの二人って仲良くていいですよね」
「僕としては高下先生と仲良くしてほしいです」
「高下先生……ですか? 教師と生徒ということで難しいんじゃないでしょうか」
とはいえ、なんか見ていられなくなってきたから早く先輩の家に着いてくれと願った、別に願ったからではないけどすぐに着いてくれて助かった。
いらないかもしれない物という判断までいっていたのもあり、先輩はそっちを捨てようと決める。
正直、僕がいる必要は全くなかったものの、今回も無理やり見られていたから捨てられたということにしておいた。
「ありがとうございました、伊藤君のおかげで――」
「それ以上はやめましょう、今日のこれで僕のおかげだと言われても素直に喜べませんから。それと長くいても邪魔になってしまうだけなのでもう帰りますね」
「え、まだ大丈夫ですよ?」
「これで失礼します」
なにかやることがあるときならいいけど終わってから二人きりは避けたかったというだけのことだ、だからちょっと雑になってしまったけどなんとか家をあとにすることができた。
「見ーつけた」
「五十嵐さん? なんでこんなところにいるの?」
家の場所的にこっちに歩くのは確実だったけど例えばなにか予定が変わったりなんかしたら違う方向へ行っていたわけで、これすらも微妙なことだった。
そもそも寒がりの彼女がするべきではない、連絡先を交換していないから仕方がないのかもしれないけど翌日まで待つべきだろう。
緊急事態でもなければそうするのが一番だ、家でゆっくりできるわけだから絶対にそうするべきだった。
「それは伊藤君がこそこそしていたからだよ」
「十七時まではちゃんと待っていたんだよ? でも、五十嵐さんが戻ってこなかったから頼み事をしてきた先輩に付いて行ったんだ」
家に帰れば退屈になるとは決まっていても流石に用もないのに一時間や二時間も学校に残ることはしていなかった、今年から急に変えているというわけではないから彼女にこれを言っても「そうだね」としか言われない。
メリットがなければ基本的には動かない人間だから尚更そういうことになる、残り続けていても帰りが酷くなるだけだ。
「残ってくれていたのは見ていたから分かっているよ、ただ、あの人は苦手だから教室に入れなかったの」
「え、嘘だよそれは、だって先輩と歩いていたときに五十嵐さんと谷本先輩が歩いていたのを目撃したんだよ?」
「嘘じゃないよ、本当は突っ伏したかったけどあの人がいたからできなくて色々なところを見て過ごしていたよね、一番は下を見ていたね」
「な、なんで……」
「嘘じゃないからだよ、そんな嘘をついたところで私にはなんにもメリットがないからね」
だけどそうか、そこで嘘をついたところでなんにも意味はないな。
「あ、とりあえず帰ろう、このままじゃ風邪を引いちゃうよ」
「大丈夫だよ、ほら、温かいでしょ?」
「手はね、だけど体の方は冷えているだろうから帰ろう」
「はーい」
電話番号とメッセージアプリのアカウントを教えようとしてやめた、こういうことをしてほしくないからだとしても僕が欲しくて動いているように見えてしまう。
そういう風に捉えられてこれからそういうことでからかわれたりするようになるとやりづらくなるから用があったらその日に言うか翌日に言ってよとぶつけておいた。
いやでもこんなことするとは思わなかったけどね、積極的に行動したくないはずなのになにをしているのかと言いたくなる。
「着いたね、それじゃあ出てくるかどうかも分からない相手を外で待ったりはしないようにしてね」
「うん、ばいばい」
早く帰って寝転ぼうと自然と早足になったのだった。
「んーむ、どうするかなぁ」
「片付けとかなら手伝いますよ?」
「いや、今回はそういうのじゃないんだ。……ここだけの話だが、千波になにをプレゼントするのかで悩んでいるんだ、いやまあ仕事中になにをしているんだと言われたらそれまでだが……」
先生は結婚していないから妻に~とはならないとしてもそこで五十嵐さんに、となるのが不思議だった。
いやだってほら、いつものあれは僕が恋愛脳で勝手に妄想しているだけであって、そういう感情が実際はあるわけがないからだ。
常識のある大人なら絶対にそうだ、特に選んだ職業的にそういうことになる。
「五十嵐さんに? 誕生日かなにかですか?」
「そうそれだ、って、伊藤は知らなかったのか?」
「そういう話をしませんからね」
「一応去年から一緒にいるんだよな? それなのに千波が言わなかったのか……」
親しかろうが親しくなかろうがそんなことはどうでもよくて、また、教えなければルールなんて存在していないわけだからあの子が変ということは全くなかった、そもそもそれで変扱いをされてしまうのであれば僕は相当な変人ということになってしまうから駄目だ。
「伊藤、俺が言うのもなんだが上手く使われてしまっているだけなんじゃないか?」
「なにか損をしているわけでもないですし、別にそれでもいいですよ」
使われているだけなのだとしても僕は相手といられるうえに話せるわけだからメリットがある、前にも言ったようにメリットがなければ基本的に動かない人間だからこの時点で問題はないということだ。
でも、こういう考えはあまり受け入れてもらえない、だから僕の周りに人が残らないのだと思う。
「そ、そうか――あ、伊藤ならなにをプレゼントする?」
「五十嵐さんになら本人が食べたいと言った甘い物を買ってあげたいです」
お世話になったから云々ということでなにかを買って渡そうとしたときが過去にもあった、そのときは受け入れてもらえたけどその後は微妙なことになったから本当のところを言えば避けた方がいいことだ。
いまのも関係しているのか敵を作りやすかった、と言うより、人を見る目がなかったと答える方が正しいか。
いやそれすらも違って、僕がこんな人間だから似たような人間としか関われなかったというのが実際のところかもしれない。
振り返ってみるとみんなお喋り好きだったなぁと遠くを見ながら内で呟く。
「確かに残る物よりも千波にはそういうのが合うな。ただなぁ、俺的には残る物を贈りたいんだよな」
「なんの話?」
「物を贈るならなにか残る物を贈りたいという話だ、ちなみに千波はどうだ?」
これ聞かれていたな、それでも敢えて聞いていなかったみたいな反応をするから彼女は手強い。
だから過去の僕のあれもどこかに隠れて聞かれていたことになる、はぁ、なんで過去の僕はそういうことに気づけないうえにいらないぐらい積極的に動けてしまう人間だったのだろうか。
告白もしたけどその理由がにこにこ笑みを浮かべて話しかけてきてくれたからってそれもうやばいでしょ、黒歴史だから知られないようにしなければならない。
「うーん、仲がいい相手から貰えたらなんでも嬉しいよ、仲の良くない子から急に渡されたら怖いけど」
「なるほどな、相手からしたら難しい存在だ」
「直接欲しい物があるお店まで連れて行ってこれが欲しい、なんて言えないよさすがに私でも」
「そりゃ言いにくいだろうな」
仕事に戻らなければならないということで先生は職員室に戻って行った。
聞かれていたとはいえ、僕らがあの話をできていたのは彼女が今日も先輩のところに行っていたからだ、昨日と違う点はちゃんと約束の時間内に戻ってきてくれたということでありがたかった。
昨日みたいな感じだといまいち守れた感じがしないからだ、その点、こうしてちゃんと一緒にいることができれば彼女的には微妙でもこちらは満足できる。
「教室に行ってみたら健吾ちゃんがまた寝ていてね、こんな感じで大丈夫なのかなって心配になっちゃった」
「能ある鷹は爪を隠すというやつじゃないかな」
「伊藤君、それ本気で思っているの?」
「うん、だってあの人切り替える能力がすごいから」
こちらに特殊な能力があるのであればどんなことを考えて過ごしているのかを知ってみたいものだ。
というかそれよりこの子、誕生日の話はしたくないみたいだな、聞いていたからこその難しさがあるということなのだろうか?
「そういえば誕生日と言えばさ、健吾ちゃんのお誕生日がもう少しでくるんだよ」
「なにか足りなくない?」
「え? あの人のお誕生日は知らないからそのことで私に聞いてきても無駄だよ、それにそういうのは自分で聞かなくちゃ」
違うよ、あの人は明らかに先輩のことを気にしているから意識して行動したりはしない、告白した相手の全てが他の子のことを好きで恥だけ晒したあの頃を思い出すことになって嫌だった。
「いやほらあのさ、あの人じゃなくてもっと近くにいる子もそうだよね?」
「伊藤君の近くにいる子? 左側? それとも右側?」
「あ、うん、まあそれも自分で聞かないと駄目ってやつだよね」
「うん、だって教えてもいないのに相手が勝手に知っていたら怖いでしょ?」
もう聞かなかったことにしておこう、先生は誕生日でもないのに彼女にプレゼントをしようとしている怪しい人ということで終わらせよう。
もうちゃんと考えてくれてちゃんと行動をしてくれるそんな魅力的な異性と付き合ってしまえ、そうすれば僕も失敗をしようがなくなる。
「なんだい満君、もしかして織絵の誕生日が気になるのかい? でも残念ながら七月なんだよねぇ」
「これはまた珍しい。先輩の方から来るなんてどうしたんですか、どうせ目的の人物は五十嵐さんでしょうが」
「今日も一緒に千波ちゃんと帰ろうと思ってね、好きな女の子とこうして帰れるのもあと少しだけだからさ」
「そうですか、じゃあどうぞ」
あっさりと切り替えてすぐに帰ってしまうところも昔を思い出して微妙な気分になっていく。
というか好きな女の子とかさり気なく告白をするんじゃないよ、あの人が聞いていたらどうするのか。
「あの好きは特別な意味の好きなんでしょうか」
「五十嵐さんが鈍感で苦労しているということならそうかもしれませんね、本人が言っていたように時間がもうないなら積極的になってもおかしくはありません」
その割には寝ているけど、あとなんでこの人も隠れて聞いちゃうのか……。
どろどろの三角関係とかはやめてもらいたいね、真っ直ぐに応援しやすいそんな恋であってほしい。
ただ、この場合だと大事なのは先輩と五十嵐さんの気持ちということになるからなぁと内で呟きつつ悪いことをした人を見ていた。
「私は健吾君のことが好きです、なので伊藤君が協力してください」
「多分十七時ぐらいに五十嵐さんの家に着くでしょうからその後に谷本先輩の家に行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
数回告白をして全て振られた人間がすることではない、例え連れて行くだけなのだとしてもそうだ。
でも、この口があっさりこんなことを吐いていたのだ、いっそのこと二重人格者とかだったらよかったのにと思う。
「外でなにをしているんです?」
「なんとなく織絵が来そうだったから待っていたんだ、ちなみに千波ちゃんならそこにいるよ」
段差に座っていた五十嵐さんは「よっこいしょー」と呟いて立ち上がった、だから寒いのが苦手なのだからそういうのはやめよう……。
「伊藤君、ここまで付いてきてくれてありがとうございました」
「はい、頑張ってください」
「はい、頑張ります」
誘うまでもなく彼女が勝手に来てくれたから歩き始めた。
「こうして離れてから言うのは違うけどよかったの? それとももう動いた後だからこその余裕なのかな?」
「家族というわけじゃないからずっといられないからね」
「じゃなくてさ、先輩に対する特別な感情とかないの?」
「え? あははっ、健吾ちゃんのことは確かに好きだけど特別な意味で好きになったことはないよっ」
うわぁ、仮に僕が暴走をして告白をしたときもいい笑みを浮かべながら断ってきそうだ。
怖いよこの子、別になにか悪いことをしているわけではないからとやかく言えることではないけど怖い。
ただ、どんな人がいるのかは分からないからこれぐらいの方がいいのかな? 結局は自分が動くしかないわけだからそうか。
「そ、それなら先生は?」
「前にも言ったけど高下先生が好きなのは年上の人だから、私じゃあ真反対過ぎるでしょ?」
確かにあの人に比べればそうかもしれないけどたまにあれとなるときもあるくらい変わるときがある、だからどうなるのかなんて誰にも分からない。
「先生の好みとかは別にして教えてよ」
「ないよ、仮にあってもぶつけるつもりはないけどね」
「教えてくれてありがとう」
先輩のときとは違って真顔――真剣な顔? で続けられるような雰囲気ではなかった、それに本人がこう言っているのに何度も聞くべきことではないからどちらにしてもこの時点か教えてもらえなかった時点で諦めるしかなかったことになる。
「でも、なんで急にこんな話になったの?」
うわぁ、まじかよ、これもう自分が相手のことを好きなのかどうかも分かっていないだけだろ……。
失ってから、先輩が卒業をしてから気づきそうだ、だけど彼女の場合は先生が身近にいてくれているだけマシなのだろうか。
「伊藤君?」
「あー、それは僕が恋愛脳だからだよ、仲のいい男女を見るとすぐにそういうことなのかなって考えちゃうんだ」
高校を卒業するまでになんとかしたいリストに今日加わった、これまでは特に問題にも思っていなかったけどそろそろやばい。
「そんなことを言ったら私と伊藤君は毎日一緒にいて仲良くしているわけだけど」
「僕はほら、ノーカウントみたいなところがあるし……」
「え、伊藤君って男の子が好きなの?」
逆になんでそうなるのか……。
どう答えるのかを迷っている間に彼女の家に着いたから挨拶をして別れた、もう誰でもいいから彼女相手に頑張ってもらいたかった。
僕がどんなに頑張ろうとあれは無理だ、離れることもしないけどうっかり恋をしてしまうなんてことにならないようにしたい。
まあでも、いまのままだったら余裕そうだった。
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