第11話 その後の二人
「よぉルディ、相変わらず暇そうだな」
そうハヴェルが声を掛けてきたのは、ドゥエドゥエさんの事件から数日後。
あの事件もすっかりと落ち着いた。……わけではないが、別の部署の預かりとなりルディは平穏な仕事に戻っている。
そんな最中にハヴェルが話しかけてきたのだ。一休憩入れていたルディは慌てて手にしていたクッキーをさっと隠し、何食わぬ顔でカウンターへと向かった。
「暇だなんて失礼ね。私だって仕事で忙しいのよ」
「クッキーを食べるのが忙しいのか?」
「……多忙な中で僅かな休息よ。それで、何の用?」
ツンと澄ましてルディが問う。
「どうせ今日も定時上がりだろう? だから飯を食いに連れて行ってやろうと思って」
「残念だけど、今日も仕事で忙しいの。今からドゥードゥエさんの届けを貰いに行って、書き上げて、今日中に受理して貰わないと」
「ドゥードゥエ……、今朝の来訪者か。薄い黄色の軟体だったが、もしかしてその呼び方……」
「ドゥエドゥエさんの奥さんよ」
「既婚者だったのか」
と、そんな会話を交わし、ハヴェルが改めるようにコホンと咳払いをした。
どうやらドゥエドゥエさんとドゥードゥエさんについての話はこれで終わりにしたいらしい。
「でも届けを書いて出すだけだろ。待っててやるよ。カーテンを買い換えたいって言ってたし、今夜の夕食と明日の朝食が浮けば資金になるだろ」
「そうだけど……。あ、」
ふとハヴェルの背後に立つ人物に気付き、ルディが小さく声をあげる。
それとほぼ同時にハヴェルの頭がカクンと揺れた。またも叩かれたのだ。
「ルドルフ隊長! だからそう気軽に叩かないでください!」
「あの件があってもまだうだうだ言ってるのか……。ハヴェル、お前いつまで幼馴染の位置に甘んじてるつもりだ」
まったくと言いたげにルドルフが溜息を吐き、ハヴェルの隣に並ぶとブルーノを呼んだ。
どうやら用事があるらしい。ブルーノが席を立ち、資料を用意しているからとルドルフを別室へ案内する。その際にルディの頭を優しく頭を撫でるのは、部下を叩いたルドルフに当てられたのか。ルディがくすぐったさで小さく笑った。
そうして残されたのはルディとハヴェル。
もっとも他にも来訪棟の職員は居るし、なにより第三歓迎課の職員達がすぐ近くにいる。だが誰もが各々の仕事に励んでおり、ハヴェルが来た時こそ色めき立っていた女性達もいつの間にやら仕事に戻っている。
「私もドゥードゥエさんの届けの貰いに行かなきゃ」
ルディもまた仕事へ戻ろうとするが、それをハヴェルが呼び止めてきた。
「あぁ、夕飯ね。それなら今から財布と相談を……」
「……夕飯、一緒に行こう。金銭的なことじゃなくて、暇だからじゃなくて……」
「ハヴェル?」
「ルディと一緒に食べたいんだ。二人きりで過ごしたい。だから、俺と一緒に食事に行ってほしい」
じっと見つめながらハヴェルが誘ってくる。顔は真っ赤だ。
だが今のルディに彼の頬の赤さを指摘している余裕は無い。彼の言葉を聞いた瞬間に心臓が跳ね上がり、頬どころか体中に熱が灯ったようにボッと熱くなった。
それでもと痛いくらいに高鳴る胸を服の上から押さえ、上擦った声で「分かった……」と返した。自分の声なのに随分と弱々しく聞こえる。
了承を得てハヴェルの表情が明るくなった。少し照れ臭そうで、そして嬉しそうな表情だ。
「それじゃ、残りの仕事頑張れよ」
「……うん。ハヴェルも頑張って」
「仕事終わったら迎えに来るからな」
待っててくれと告げて、ハヴェルがカウンターを離れていく。心なしか足取りが軽い。
そんな彼を見送り、ルディは早鐘を打つ胸を押さえながらほぅと吐息を漏らし……、
はっと気付いて振り返った。
課の仲間達が、いや、それどころか他の課の者達も、むしろ別室に入ったはずのブルーノとルドルフまでもが扉から顔を覗かせてルディを見つめている。
まるで「ようやくか」とでも言いたげな瞳で……。
「の、残りの仕事も頑張らなきゃ! さぁ、働くわよ!!」
上擦った声で宣言し、ルディは「届けを貰ってきます!」と告げてそそくさと第三歓迎課から逃げた。
…end…
来訪棟の歓迎課~異世界からきた来訪者のお世話、承ります!~ さき @09_saki_12
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