第10話 一件落着



「ハヴェル、私ここで待ってるから報告に行ってきて」

「馬鹿なこと言うなよ。お前を置いていくわけないだろ。落ち着くまで待ってるから」


ハヴェルがそっと手を伸ばし、ルディの腕に触れてきた。

大きな手だ。先程まで剣を操っていたというのに、それが嘘のように優しく擦ってくる。

彼の手から緩やかに力が伝わってくるような気がして、ルディは胸中が穏やかになるのを感じながらハヴェルを見つめ……、彼の背後を見て「あ、」と小さく声をあげた。

次の瞬間、ハヴェルの頭がカクンと揺れた。叩かれたのだ。


「まったく、俺の部下ならここで抱きしめるぐらいの甲斐性を見せてみろ」

「なっ……! ル、ルドルフ隊長!?」

「いやぁ、でも抱きしめてたら僕が許さないけどねぇ」

「先生!」


各々の上司の登場に、ハヴェルとルディが彼等を呼ぶ。

それに続くように現れたのは先行課の職員達だ。現れるやあっという間に薄水色の塊と化した来訪者を取り囲んでしまった。

統率の取れた機敏な動き、剣を構える警戒の姿は様になっており、不穏な動き一つ見逃すまいと威圧感が漂っている。さすが実力を認められた者しか入れない精鋭部隊だけある。


いくら狂暴な来訪者と言えども動けなければ抗う術は無い。赤い瞳をただぎょろぎょろと忙しなく動かすだけであっさりと取り押さえられてしまった。

捕縛完了の声が聞こえる。それを受けたルドルフが指示を出し、改めてルディとハヴェルへと向き直った。ハヴェルに状況の報告を求めれば、しゃがんでいた彼がパッと立ち上がって一連の事を話す。


「そうか。異常事態ながらによく冷静に対処した」

「はい!」

「ルディが危険と知るや俺の指示も聞かずに単独行動をとった事は許されないが、今回の功績で相殺してやろう」

「そ、それは……。なんでわざわざルディが居る時に言うんですか!」


ハヴェルがルドルフに訴えるが、ルディだけは話が分からず彼等を見上げるしかない。

単独行動……。確かにハヴェルは一人で森に来た。だが考えてみれば確かに、彼が一人で助けに来たのはおかしい。

今更ながらに「どうして?」と首を傾げていると、隣に立っていたブルーノがクスクスと笑った。差し伸べられた手を取れば、立ち上がるのを手伝ってくれる。


「ルディが森に行ってしばらくして、森の中で異常な魔力数値が検知されたんだ」

「魔力数値……。もしかして、ドゥエドゥエさんの中に居た来訪者でしょうか?」

「多分そうだろうね。あれはきっとドゥエドゥエさんと同時にこちらの世界に来て、彼の中に入っていたんだ。次第に蝕んでいき、そして森の中でついに意識と体を乗っ取った。だから検知出来たんだろうね」

「そうだったんですね……」

「それで来訪棟が一気に騒がしくなってね。僕はたまたまルドルフとハヴェルと一緒に話していたんだが、そこに報告が入って……」


魔力が検知されたのは森の中だという。

この話に、ブルーノはルディがドゥエドゥエさんを連れて森に入っていったと話し……、


それを聞いたハヴェルが指示も制止の声すらも聞かず駆け出していったのだ。


「ハヴェルが……」


ちらとルディがハヴェルを見れば、彼は気まずそうに頭を掻いている。

こんな場でばらされて居心地の悪さを感じているのだろう。頬が赤い。


「そ、それはルディは幼馴染だからであって……。それにルディの両親にはお世話になってるから、何かあれば申し訳ないし……」


ハヴェルは呟くような声量で言い訳をしており、それに対してルドルフがまったくと言いたげに溜息を吐いた。先程は部下の功績を褒めたというのに、今はすっかりと呆れの表情だ。


「とりあえずそういう事にしておいてやる。ひとまずお前は来訪棟に戻って休んでいろ」

「……はい、かしこまりました」

「俺も周辺を調べてから戻る。その後は改めて詳細を報告してもらうが、その際には二人にも同席してほしい」


ルドルフがルディとドゥエドゥエさんに視線を向けてくる。

これに対してルディはもちろんだと頷いて返した。ドゥエドゥエさんも『ドゥエドゥエ』と返事をしている。

もっともドゥエドゥエさんの独特な言語をルドルフは理解出来ていないようで、彼の視線が今度はブルーノへと向かった。言わずもがな同席を求める視線で、ブルーノが首肯する。


「ルディも先に来訪棟に戻って休んだ方が良い。ドゥエドゥエさんは申し訳ないけれど、少しここに残って検査をさせてくれないかな。安全なのは分かったけれど一応念のためにね」

『ドゥエドゥエ』

「ありがとう。それじゃあルディ、また後で。気を付けて帰りなさい」


穏やかに微笑み、ブルーノがルドルフを交えて何やら三人で話し始める。

先行課の職員達も周囲の散策や来訪者が移動した道筋を辿ろうとしたりと慌ただしくしている。

当事者だというのに、なんだかあっという間に部外者になった気分だ。

目まぐるしく変わる光景に取り残された気分にさえなってしまう。そんなルディをハヴェルが呼んだ。


「ルディ、戻るなら俺の馬に乗っていけ」

「良いの?」

「言ったろ、置いていかないって。それにここでルディを置いて俺だけ馬で帰ったら、あとでルドルフ隊長に何を言われるか分かったもんじゃない」


ルドルフの件だけは本人に聞かれないようこそっと小声で話すハヴェルに、ルディは思わず笑いそうになってしまった。緩む口元を手で押さえて肩を震わせるだけで堪える。

そうして彼と共に馬を繋いでいた場所まで戻ろうと歩き出し……、


「ハヴェル、助けに来てくれてありがとう」


彼にだけ聞こえる小さな声で話し、そっと外套の裾を掴んだ。


「なんだよ急に素直になって……」

「まだ少し足に力が入らないの。だから、外套掴んでて良い?」

「べつに良いけど……。そ、それなら……」


ハヴェルが何かを言い淀み、次いで己の外套を掴むルディの手をぎゅっと握ってきた。

大きな手に強く握られ、ルディの心臓が跳ねる。はっと息を呑んで彼を見れば頬が赤くなっている。つられてルディの頬まで熱を持ってしまう。


「こっちの方が歩きやすいだろ」

「……うん」


周りにはまだ人がいて恥ずかしさはあるものの、しっかりと握ってくれる手は暖かくまるで包み込まれているかのようで、その心地良さにルディは安堵と胸の高鳴りを覚えながら歩き出した。


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