63◆西の迷宮◆



「リュード、これではないでしょうか?」


 ゆらゆらと影が揺れる松明の灯りの元、テイカーが指さした先の洞窟の壁に、

青紫の石のようなものが不自然に埋まっていた。


「聞いた特徴の通りだし、これみたいだね。迷宮鉱石」


 その石をつかんで捻じると、ポロリときれいに採れる。


「なんか、鉱石っていうより、果実とかを収穫している感じがする。ハハッ」


 俺の感想と乾いた笑いに、クロナとテイカーが力なく苦笑いする。松明の灯りで影の濃く落ちた2人の顔には疲れが見え、俺の顔も同じだった。


 俺達は今、西の迷宮の地下3階にいた。迷宮では、夜属性の魔物の素材と魔石、そして迷宮でしか採れないとされる特殊な鉱石を探していた。それが手に入った今、俺達はもうここに用はなかった。


「この広間だけ、もう少し探したら、もう帰ろう」


 2人は、やっとかという顔でうなずいた。





 ハミルソン一座の出来事も落ち着いたので、俺達は西の領都エリスリの冒険者ギルドに赴いた。エリスリ近郊にある迷宮の立ち入り許可証をギルドで買うためだ。


 ついでに、ギルドで酒壺を片手に、周囲の冒険者に奢りながらヒアリングをする。結果わかったのは、迷宮の主はいないし、迷宮の核みたいなものもないし、宝箱もないそうだ。もちろん死んだら出口で復活する…なんてこともない。


 それでは、単なる魔物の湧き出る洞窟じゃないかと思ったが、基本はその理解でいいらしい。それに加えて、内部の構造が不定期で変わるため、迷宮は謎の自然現象とされていると教えてくれた。


 俺達はエリスリから山に伸びた細い道を3時間程歩いて、迷宮へ向かった。山の中腹にある迷宮は、見た目は少し大き目の洞窟だった。手前には冒険者ギルドの管理小屋があり、入場料を払う必要があった。魔物の素材の一部に高額で取引されるものがあるのと、迷宮でしか手に入らない迷宮鉱石があるためだ。登録料と入場料の規制を設けてギルドが管理することで、安定した狩場を維持しているということらしい。


 じめじめとした暗い洞窟を進む。薄明りのちょっと不思議な、いかにもなRPGダンジョンかと思いきや、真っ暗な洞窟で正直、気が滅入っている。前世で洞窟をテーマにしたホラー作品を見て、「怖っー!」とか騒いだ記憶があるが、実際に自分が真っ暗闇の中にその身を置いてみると想像以上に精神にくる。


 先頭を俺、中央をクロナ、最後に松明をかかげたテイカーの順番で歩く。松明が最後なのは、あまりにも暗すぎて、松明の灯りでも光源として強すぎるためだ。しばらく進んでいるとタシタシと小動物の足音が入ってくる。


「きたわ」


 クロナが俺の前に立ち2本の短剣を両手に構える。すぐに通路の向こうから真っ白なうさぎのような魔物が3匹現れた。


「ヘッドラビット!」


 壁面を使って立体的にクロナに迫るヘッドラビットだが軌道の変えられない空中で、クロナの短剣に斬って落とされ、地面に落ちたところで、止めを刺される。短剣は大物相手には、得物の長さが足りず不利になってしまうが、こういう狭い場所で、小物を相手にするにはめっぽう強い。


 ちなみにこのヘッドラビッドだが、毛はなく、ぬめっとした皮膚に血管が浮かぶという、かなり気持ち悪い見た目をしている。この気持ち悪い皮が、家具などのいい材料になるらしい。硬質化した両耳の先端で相手を斬りつけるという攻撃をしてくるので、決して油断はできないが、それでも俺達の敵ではない。


 ヘッドラビッドを処理しながら、少し進むと開けた空間あった。洞窟の中には、時々こういう広間がある。そしてそこには、たいてい魔物がいる。松明の灯りに気づいた魔物がゴルゴルとうなり声をあげる。


「ケイブオーク!2匹。俺が先に行きます」


 松明をクロナに預けたテイカーが、呟くと同時にメイスを構えて走った。風切り音をあげて振られたメイスが、俺と同じくらいの伸長をしたケイブオークの足先をつぶす。テイカーの戦い方は慎重で合理的だ。いきなり、大技を狙うようなことはしない。大型相手の場合、足の末端や膝をつぶして、動きを止めてから、仕留める。


 テイカーのすぐ真後ろを走る俺は、足先をつぶされたケイブオークの悲鳴を断ち切るように首筋に止めを刺す。そのときにはテイカーが2匹目のケイブオークの膝を砕いた後、その頭をメイスで殴りつぶしているところだった。


 このケイブオークも全身、ぬめっとして白い。皮膚は厚いので素材には使えないが、牙が買い取り対象だ。洞窟の中で倒した魔物は、持ち帰るのが困難なため、その場で必要な素材を剥ぎ取る。迷宮では、生き物(冒険者含む)の死体は異様な早さで分解されるらしく、このケイブオークの死体も2日ほどで完全に無くなる。


 ただ、この剥ぎとり、真っ暗な中で、松明の灯りの中で行うため、猟奇感が半端ない。牙と魔石だけ素早くとる。ただでさえ気が滅入っているのに剥ぎとりに時間をかけると、泣き叫びたくなってくるからだ。


「ライトウォーター」


「本当にインチキよね。複合魔法」


「俺も光る水で手を洗ったのは初めてですよ」


 昼と水属性の複合魔法、光る水でバシャバシャと手を洗う。クロナとテイカーも剥ぎとりしてくれているので、同じように洗ってもらう。


 テイカーには、俺の魔法のこと、そしてクロナも、自分の魔法のことは話した。お試し期間として設定した半年は経っていなかったが、テイカーも俺を立ててくれつつ、遠慮せずにきちんと文句や忠告も言ってくれ、戦闘でもスムーズな連携が取れ、パーティとして申し分なかった。なので、正式なパーティとした。


 俺の魔法を幾つか見せたところ、「グリフォンバスターの名が本当だったと実感しました。あと、それ以上にリュードがおかしい人間だということも」とテイカーに言われ、クロナもしきりに頷いていた。ちなみにテイカーは適性がなく、魔法は使えないとの話だった。





「え?地下3階まで行ってきたんですか?」


 迷宮を出たギルドの管理小屋で職員に言われた。彼の言いたいことはわかる。俺達も本当はそこまで行く気はなかったからだ。あまりの暗さに俺達は入って早々に出たくなったが、魔物がほとんどいなかった。冒険者の多くは1階をうろついて魔物を狩るためだ。


 階段を発見し、そのまま2階に降りた。2階は冒険者もほとんどおらず、代わりにダンゴムシのような昆虫型の魔物と何度か遭遇し、これを倒した。ヘッドラビッドやケイブオークとも戦いたかったが、それらの素材は高価買取対象品で、冒険者に率先して狩られるため、この時点でまだ会えていなかった。そうこうしている内に、また降りる階段を見つけてしまった。


 俺達は休憩をとって話し合った。皆の意見が一致したのは、2度とこんなところに来たくない、終わらせられるなら1回で終わらせたい。幸い帰りの道のりを考えても、まだ充分に動けるから3階におりて少しだけ進んでみようということになった。そして、疲労困憊で地上へと戻ってきたのだった。


 もう迷宮はこりごりだ、2度と入らない、そう互いに誓って、俺達は疲れた体をひきずってエリスリの街へと帰った。


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