17◆異世界トレカ・販売編③◆


 3日目も午前中で売り切った。子どもが、俺の店の道向かいで、ダブったカードを3倍の値段で売っていたのには、たくましさを感じつつ、ちょっと寂しい気分になった。できれば子ども達には交換とかして欲しかったが、価値がある、売れると知ってしまったのだからしょうがない。


 残りの2枚の父親のカードも出た。当たるたびに昨日を越える大きな騒ぎになった。


「リュード、覚悟しておいた方がいいと思う。帰ったらまず母上に話しておきな」


 今日もついてきてくれていたセンドが、沈痛な面持ちで俺に言う。


「そうだね…、そうするよ」





 感謝祭の間は、父親は各町の警備と巡回の仕事についており、その任が終わった翌日父親は帰ってきた。既にどこからか話を聞いていたのであろう父親は帰るなり俺に言った。


「リュード、庭に来なさい。組打ちをしよう」


 額に青筋を浮かべた父親の後をついていく。父親は、怒らせると本当に怖い。恐怖の組打ちをすることになる。組打ちというのは、要は武器無しの取っ組み合いだ。殴り、蹴り、投げ、何でもありで、普段の修行でも普通に行っている。


 だが怒った父親との組打ちは、普段の比ではない。ぼこぼこという言葉では生ぬるい、ギタギタのバキバキのグシャグシャにされる。長兄が自分は強くなったと自信をつけて過信した結果、町の子どもにケガさせたとき、次兄が町の少女をからかって問題になったとき、俺が魔法の練習で裏庭の納屋を燃やしかけたとき、この組打ちが行われた。戦闘が本職で、どこまでやれば壊れるかを知っているが故に容赦がない。


「リュード!お前は!何ということをしてくれたのだっ!」


 普段の優しい、丁寧な口調すら崩れている。一応組打ちなので、俺も抗わなければならないが何やっても通じない。掴みかかろうとして伸ばして手がバチンと拳で弾かれる。あ、指折れた…。


「私は、自らの名など広めるつもりはない!」


 父親のぶっとい足が、俺のすねを蹴り激痛が走る。骨にひびが入った…。


「そればかりか、私の名を使っての金儲けとは!」


 いや、材料費と作業費と計算したら、差し引きゼロに近いと思うのだけど…、頭をよぎった考えは、顔面に喰らった拳の衝撃と共にどっかに飛んでいく。鉄の味が鼻腔いっぱいに広がり、盛大に鼻血を噴き出す。


「さすがに許せるかっ!」


 襟首を上に掴まれ、首を締められた状態で、そのまま投げられ、俺の体は弧を描いて凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。


「ぐっ…」


 今回は本当に俺が悪い。前世なら絶対にやらないミスだ。家族だからと軽く考えていたのも事実だし、商品を作るなら本人に事前に許可を取るのは、極めて当り前の話だ。肖像権という言葉が、頭をぐるぐるとまわる。


「落ち着いたらソファーまで来なさい。」


 息を整えた父親は、背を向け歩き去り、俺は地べたからそれを見上げることしかできなかった。





 ソファーに座っているのは俺と、向かい側に父親、その隣に母親だ。体の節々が痛むし、骨折した指が激痛を訴えてくるが、我慢して今は話を優先している。


「リュード、だいたい事情はわかったよ」


「…はい、父上、本当に申し訳ありませんでした」


「やってしまったことはしょうがない。それで私のカードは何枚売ったんだい?」


「4枚作りました。感謝祭では3枚売りました」


「残りの1枚はどうしたんだい?」


「私が持っていますわ。もともと私にもプレゼントしてくれようとしていたそうです」


 母親が1枚取り出してテーブルの上に置く。銀色の鎧に身を包んだ、金髪イケメンヒゲの騎士。我ながらかっこよく描けたと思っている。そして母親にプレゼントしたのは、この世に1枚しかないキラカード仕様だ。最初から、キラカードを母親にプレゼントするつもりでいたのは本当だ。


「これは私の宝物になりましたの」


「む…」


 母親にそう言われてしまうと、父親はもう何も言えなくなったようだ。腕を組み、目をつむるとしばらく押し黙った。


「リュード、売ってしまったものはしょうがない。今さら返せというわけにもいかないしね」


「はい…申し訳ありません」


「今回のカード、徹底して子どもにしか売らず、何倍の金額を提示されても売らなかったと聞いている。君は、単純にお金儲けをしたかった訳ではないのだね」


「はい、子ども達に喜んでもらえるものにしたかったのです」


「君が受けた、おもしろいものを作りなさいという啓示…なんだね」


「はい、そうです。でもこれで終わりではありません。もっといろいろなものを、まだまだ作ります」


 一瞬ぎょっとした様子を見せつつも、父親はため息を一つ吐いて頷いた。


「わかった。許そう。だが私のカードはもう作るのはなしだよ。さすがに恥ずかしいし、仕える主君の性格によっては、自分の騎士が露骨な人気とりをしていると自分への反意を持っていると、判断することもありえるからね。まぁ、私の主君はそういう人間ではないから大丈夫だけどね」


 その考えは持っていなかった。今回、本当に大事にならずに済んでよかった。


「じゃあ、話は終わりだよ。教会に行って治療してきなさい」


「以後、気をつけます。本当にすみませんでした」


 俺は最後に深々と頭を下げて謝罪した。



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