第8話 シナリオチェック(2/2)
「シナリオの構造が理解できたところで、この欠けた要素である主役を考えよう。このシナリオをプレイヤーの視点に立ってみたらどう感じると思う」
俺はシオンが答えを渋った質問をした。
「はい。このゲームにおいてプレイヤーは魔法を用いて活躍する存在と定義できます。戦闘を得意とする、調査を得意とする、生産を得意とするなど多彩な立場が存在しますが、魔法が世界の根幹にかかわる舞台設定から、これらいかなる立場のプレイヤーにとっても解決すべき問題となります。ただ……」
「どうした?」
「いえ、プレイヤーの視点で考えるという課題に対して、私が出せるのは今の答えになります。私の専門領域は小説ですので、足りないところがあると思います」
「いや十分だ。このシナリオはアリスの言った通り多種多様なプレイヤーが当事者意識をもって臨める構造になっている。舞台設定がそれを成立させているんだ」
アリスの答えはプレイヤー個人というより、シナリオを情報構造として俯瞰して、プレイヤーという属性について分析したものだが、シナリオと舞台設定の関係を理解するという意味では正しい。そもそも俺たちはこのゲームをプレイしているわけじゃない。
「本当によくできたシナリオだな。ハリウッドばりの三幕構成を『テーマ=舞台設定』そしてコンセプトの中に完全に適合させている。薄味なんてとんでもなかった」
「シナリオライターは
「道理で聞いたことがある名前だ」
アニメ脚本から漫画原作、ゲームのシナリオまで手掛ける名手だ。代表作は『漆黒の写真帳』というホラーゲームだったか。ごくごく平凡で特徴のないと思われたヒロインが、最後の最後にその本質に抱える狂気を明らかにするという衝撃作だと聞く。
流石は大企業、最高の人材を使っているわけだ。どこかのベンチャーとは違って。
「うーん。教材が良すぎて説明しただけで授業が終わってしまった感じだ」
「はい。舞台設定からストーリーが生成される構造がとてもよく見えました。ですが……」
「説明が足りないところがあったか、どこだ?」
「いえ、先生の説明はいつも通り素晴らしかったです。ですがそれが問題なのです」
「まさかと思うが意地悪がないとか?」
「いえ、それも確かに問題なのですが……」
アリスは言葉を濁した。いや濁していないか。それはともかく実は俺も引っかかっていることはある。それはこの授業と直接関係ない、俺のもう一つの仕事のことだ。
「シオンのことだよな」
「私が考えるべきことではないのは分かっています。私は私の役割に全力を注ぐべきです。ですが気になってしまうのです、シオンはこのシナリオをどう感じていたのでしょうか」
アリスは頷いた。
「“俺の”仕事でもあるからな、一緒に検討してくれるか」
「はい。ありがとうございます先生」
「お礼はいい。この授業と一緒にできれば収入効率は二倍だからな。おっとメタグラフのアリスにこれは言っちゃまずかったか」
「確かに返答に困る発言です。ですがシナリオとシオンの問題がつながっているとしたらViCである私の視点も意味を持つはずです」
「なるほど。鳴滝に何か言われたらそう答えよう」
俺は冗談めかして言った。だが、鳴滝は文句を言わないだろう。俺がもう一つ気にしているのは、その鳴滝の思惑だ。あの男はシオンはもともとACに陥りかけていたといっていた。そしてこのシナリオを取り寄せた。俺に単なるデバッグを期待しているとは思えない。
「まず確認だ。俺たちはシナリオの全体を今まで見てきた。取材の時はシオンから概要を聞いただけだが、基本的にシオンが言っていた通りだと感じた。アリスはどう思った?」
「同意します。魔法システムから世界の崩壊に至るフローチャートに、ジェンの二面性が裏打ちしている構造です。シオンの説明は正確だと感じました」
「つまりシオンはこのシナリオをきちんと理解していたということだ」
このシナリオとシオンの問題がつながっているとしたら、一番考えられることはシオンがシナリオを理解していない、あるいは間違って解釈している部分がある場合だ。だが、俺から見てもアリスから見ても、それは否定される。
「シナリオ自体がよくできていることは間違いない。さっき言ったようにメタ構造は王道で、知識と技術を持っているものほど理解しやすい構造になっている」
「そうですね。小説のストーリー構成との類似性で私が認識できたのですから、ゲームが専門分野のシオンにとっては明白だと思います」
俺たちはもう一度頷きあった。俺たちが何かを見落としている可能性はある。だが、シオンは大量のゲームで学習している。さっき俺がアリスに説明したようなことは、十分すぎるほど承知のはずなんだ。そう考えても、シオンがシナリオを理解していないという仮説は捨てるしかない。
「他にシオンが言っていたことは、プレイヤーに楽しんでもらいたいということくらいだよな」
「はい。私たちとしては当然のことです」
「このシナリオは面白い。プレイヤーは引き込まれるし、楽しむと思う。となると問題はどこにもないことになるな」
「…………」
シナリオを見直してみる。読めば読むほど完璧だ。ストーリーの構成には自信がある俺が嫉妬すら感じそうになる。才能を持つ人間がそれを技術でしっかり裏打ちするとこうなる。技術しか残っていない俺には、それを思い知ることしかできない。
それだけではない。このシナリオにはちゃんと問いかけがある。現実の科学技術と人間の関係と一緒で、人間が依存している魔法システムを善悪両面の二項対立から見るという哲学性だ。ハリウッド的大作エンターテインメントを裏打ちしていることで、芯が通っているのだ。
この名手のシナリオに問題などあるとは思えない。俺なんかとは別次元のクリエーターだ。そして、シオンはそれを理解しているし、ある意味俺たち以上に理解する能力を有している。それこそ、これまでのシリーズを通じたプレイヤーの反応などのデータも活用できるはずだ。
読めば読むほど、この構造の見事さに逆にいら立ってくる。技術的には理解できるし、多分真似もできるのに、俺とは何が違う……。
「『創世の魔法』はこれで完結だよな。シオンがそれを嫌がってサボタージュとか」
「それはあり得ません」
思わず溢した言葉だった。俺は驚いてアリスを見た。
「私たちViCは自分の役割を果たして人間に喜んでもらうために存在します。ですから……」
小さく唇をかんでいるアリスに失言を悟った。
「そうだな。俺が悪かった。さっきシオンがプレイヤーに楽しんでもらうことを考えているって確認したばかりなのに」
「いえ、私の方こそ不適切な発言でした。すいません、先生の口からでる言葉が予想外でしたから」
アリスが人間の言葉をこうまではっきり否定するのは大概だ。
いくら問題が難しいからといって、シオンに原因を押し付けるとは情けない。一流のクリエーターとの差を突き付けられたからだとしたら我ながら最悪だな。
「もう時間だ。今日はここまでにしよう。ちょっと頭を冷やしたい」
「ありがとうございました。次の授業までに私に出来ることはあるでしょうか」
「そうだな……。このシナリオの中でストーリーとしてのアリスの評価をしてみてくれ。サブシナリオは大量にあるから、そうだな上位三つ。できれば下位三つ」
「分かりました」
俺はアリスに宿題を出すと、授業を終えた。
緩いカーブで車体が揺れた。鞄を抱えて座席に座っていた俺は、腿にかる重さに顔をしかめた。メタグラフに置いてこなかったことを後悔する。紛失したら間違いなく裁判沙汰になるヤバい奴だ。
あの失言はともかく、今日の授業は上手く行った。それこそアリスに意地悪をする必要がないくらいに。もちろん、アリスに意地悪をしようとしてしたことなんて一度もない。あれはアリスの主観的判断だ。
それが問題といえば問題だ。つまりこのシナリオはアリスに大きな刺激を与えなかったということだ。アリスに悪影響がなかったのはもちろん安心すべきことだが……。
今千葉にいる鳴滝の思惑はなんだ? 少なからずメタグラフに不信感を持っているはずの梨園社長相手に、この重要資料を入手した鳴滝が、それを俺に渡した。あの男は無駄なことはしない。
いや、流石に考えすぎかもしれない。これは小説じゃない。そして、俺はちゃんと仕事をした。シナリオチェックの結果は問題なしだ。問題が隠されていたとしても俺の能力を超えている。
カバンを脚から降ろして横に置いた。窓の外を眺める。降りる駅まであと少しだ。
帰ったら自分の執筆をしよう。いつまでも小説を書けないんじゃアリスに自分の小説を書けなんて言えなくなる。
地下鉄がカーブを通る。さっきよりも大きな揺れが襲う。カバンが倒れないように手に力を込めた。やっぱりおいてくるべきだった。
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