第6話 ViCとViC (2/2)


 『創世の魔法』のテーマに対して、シオンがどんな感想を抱いているか。アリスの質問にシオンが返したのは、俺の意図を確認するように、というずれたものだった。どうやら誤解を招いたらしい。


「今の質問はアリス自身のもので、こちらから指示はしていない。差しさわりがなかったらアリスに答えてほしい」

「失礼しました。しかしながら私は回答は既に終えていると考えています。ジェンの二面性により、世界の真相が明らかになる壮大なシナリオというのがそれです」

「では質問を変えます。シオンがプレイヤーという観点だとしたら、最終章のテーマをどう感じるでしょうか?」


 アリスが質問の方向性を変えた。俺は生徒の機転に感心した。開発からユーザーに視点を百八十度変えるというのは良い発想だ。だが、質問を受けたシオンは眉根を寄せた。


「無意味な仮定です。私はシナリオを熟知しています。プレイヤーの視点で見ることは不可能なのです。これは先ほどシナリオのボスを表示したことでもわかると思います」

「確かに純粋にプレイヤーの視点に立つのは困難だと思います。そうですね……ではシオンはプレイヤーにどう感じてほしいと考えていますか?」

「私の役割はプレイヤーの皆さんがゲームから何かを感じることのサポートです。どう感じるかの予断を持つことは無益、悪くすれば有害であると考えます」


 シオンの答えはやはりずれている。いや、あるいはシオンが自己の役割を深く理解していることに感心する所かもしれない。だが感情を感じさせない怜悧な声音が、シオンが回答を避けているように聞こえたのは気のせいだろうか。


 アリスに『債券崩壊』の感想を聞いた時のことを思い出す。あの時のアリスには葛藤があった。だが今のシオンにはそれが感じられない。


 もちろん両者のスタイルの違い、あるいは学習モードではないからということも考えられる。だが……。


「確認させてください。シオンの中に私の今の質問への回答は存在しますか?」

「忠告ですが、私が回答を告げるとアリスの自我システムへの負担となる可能性があります」


 アリスは困った顔になった。俺もアリスに危うさは全く感じなかった。いや、いつも以上にしっかりとしているように見えるくらいだ。だが俺には分からない危険などいくらでもある。それに俺たちの立場だと有害とまで言われると追及を躊躇せざるを得ない。


 俺はアリスに首を振った。


「分かりました。では聞き取りはここまでにします。今回はありがとうございましたシオン」

「こちらこそ」


 二体のViCは綺麗に同期した礼を交わした。シオンは「システムのチューニングの続きがありますから」といって場から消えた。逃げるように、という描写が浮かんだくらい素早い動きだった。


「ふむ。そちらのViCは小説専門なのですよね。異分野であるゲームに対してあれだけの知識と概念を操るとは。特にテーマに対してさまざまに角度を変えた質問は驚いた」

「ええ、そうですね……。テーマ、コンセプト、キャラクター、舞台など小説とゲームは共通概念が多いからでしょう」


 感心したような梨園社長に、俺はそう言って取り繕った。管理者が違和感を感じていないということは、シオンの態度は彼女のいつものスタイルということだろうか。


「なるほど。確かにViCの特徴は移転学習の深度が高いことだ。流石メタグラフと言ったところですか。察するに後半のやり取りは、シオンの中にViCが処理できないデータが発生していないかのチェックでしょうか」

「データ収集担当としては当たらずしも遠からず、と言わせてください。詳細は鳴滝が報告します」


 当然だが梨園社長はViCの能力はしっかりと把握している。アート出身として創作にも造詣がある。最後の質問は確かに彼の言ったとおりに解釈できる。


 ただし、俺にとってはあれは処理できるデータと出来ないデータの境界だ。もちろん技術顧問としてではなく小説家としての感覚だが。


「とにかく、メンテナンスのことはくれぐれもよろしくお願いします」

「……ええ、鳴滝と検討してなるべく早い対応を」

「よろしく頼みます。では私はこれで失礼。……せめてデバックが終わるまでもってもらわないと」

「…………えっ?」


 去り際の社長の言葉に不吉なものを感じた。背中にかけようとした声を止める。実際にシオンのメンテナンスをするのは鳴滝だ。必要なら奴に確認すればいい。それに何より俺の仕事は別にある。


 人間同士の話が終わったのを確認したアリスがこちらに来る。生徒の表情には影があった。


『すいません、失敗してしまいました』

「失敗は言い過ぎだろう。ボスモンスターのグラフィックとかシナリオの客観的なテーマを引き出したり、取材としてはいい線行っていたと思うぞ」

「確かに午前中以上のデータは獲得できました。ですが先生にあれほど評価していただいた肝心の質問への回答を得られませんでした」


 俺がフォローするとアリスは少し顔を上げたが、その表情はいまだ曇りだ。


「確かに最後はかみ合わない感じで終わったな。うーん、シオンはあくまで“質問”に答えようとしていたというか」

「はい。私としては予想してしかるべきパターンでした」

「あと俺が評価したのはアリスがあの質問を発想したこと自体だ。回答が得られなくてもそれは変わらない。むしろ質問のやり方に感心したくらいだ。もちろん、回答が得られるに越したことはないけど」

「そうなのですか」


 アリスは目をぱちくりさせた。質問と答えがそろわないと価値がないのは学習だ。小説を書くことはそれとは違う。問題は小説を書くための学習はどちらなのかということだが、それは俺にも答えが出せない領域だ。


「そうだ。やっぱりあれ以上深く踏み込むと危なかったのか」

「はい。危険性はあったと思います」

「そうだったのか。ちなみに大丈夫なのか」

「大丈夫です。私は先生にたくさん意地悪していただいていますから」

「すまん。ちょっと意味が解らない。まあ大丈夫ならいいんだが」


 シオンの忠告は正しかったようだ。やはり人間の感覚で判断するのは難しいな。


「っと、九重さんからメッセージだ。アリスは戻らないといけない時間だ。ええっと、そうだな今日のシオンがアリスにどう見えたのか、どう感じたのかを次の授業までに考えておいてくれ」

「分かりました。次の授業もよろしくお願いします」


 アリスはそう言って俺に頭を下げた。そして俺の前から一瞬で消えた。


 ◇  ◇


 俺は一人駅に向かった。三年前に延伸された千葉モノレールに乗る。上から見ても広大な幕張メッセと隣接するWldGnrtの社屋が遠くなっていく。こうしてみるとあの中庭が猫の額みたいに見える。まあ、隣がでかすぎるんだが。


 今回の授業はアリスがあの質問を発想したこと自体が成果だ。人間だろうとAIだろうと、自分の中に存在しない概念を扱うことは出来ない。ないものはないとすら気が付かないのだから。小説の文章で最も優れた表現は読者の頭の中に存在するモノを組み合わせて、読者の頭の中に新しい何かを誕生させることだ。


 そしてそのために必要なのが作者の持っている視点であり、それはテーマと舞台を結びつける鉤でもある。


 小説のテーマとゲームのテーマ、ジャンルは違っても抽象的には同じものとアリスは認識して、シオンとのインタビューの主題に置いて見せた。アリスの中に主観的なテーマの存在が根付き始めた証拠ではないか。


 そう考えるとやはりインタビューがかみ合わなかった理由はアリスではなく、シオンだったのではないかと思えてくる。


 テーマについての認識を聞いた時、シオンはベストな“回答者”を答えた。制作側である自分にはプレイヤー視点は持てないというのも“正論”だ。小説作者に読者と同じ感覚で自作の感想は言えない。もし言えたら最強の小説家に成れるだろう。


 だが視野の広さ、あるいは深さという意味でアリスはシオンを越えていたように感じた。まあシオンは不調ということだし。学習モードでもなかったのもあるんだろうが。


 まあ、純粋に舞台の授業という意味では中途半端だった。アリスもそこら辺で混乱させてしまったし。次の授業をどうするかを考えないといけないな。自分の中にある自分の外の世界という矛盾をどうやって教えたものか。


 答えのない質問に沈みこもうとした俺は、胸ポケットの振動に現実に引き戻された。スマホの銀行アプリに報酬の振り込みの通知が出た。相変わらず申し分ない金額だ。小説家の感覚だと仕事ではなく金持ちの道楽に付き合ってる気分になる。


 そうなると鳴滝は娘の望みをかなえるため大金をはたく大富豪のキャラクターになる。深刻なキャラクター設定の齟齬だ。解釈違いも甚だしい。

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