第6話 ViCとViC (1/2)

「『創世の魔法』の特色を教えてください。魔法システムを中心にお願いします」

「『創世の魔法』の特徴は自然言語による魔法システムと世界の一体感です。世界と魔法が共通システムで動いており、プレイヤーはあたかも物理法則を操作するように魔法を使うことが出来るのです」


 二体のViCがバーチャルルームで向かい合っていた。右は少しふわふわ系が入った清楚な女子大生、左が怜悧なキャリアウーマンという対照的なイメージだ。そのイメージと反対でアリスがインタビュー側というのも面白い。


「魔法システムのカギが魔法辞書とそのコンパニオン、ジェンというわけですね。自然言語で制御可能な魔法システムに仲介者を置く利点は何でしょうか」

「自然言語の無限の選択肢はプレイヤーに選択疲れを生じます。ジェンはプレイヤーの特徴を言語理解により学習することで成長します。プレイヤーに寄り添い、ゲームを楽しんでもらうための重要な役割を果たすのです」

「文字入力における文章支援機能というよりもパートナーに近いということでしょうか」

「解釈はあくまでプレイヤーが行います。ですが、そう感じて頂けることを目指しています。最初に説明したようにこの世界の言語、文章は文字通り世界を構成し、世界とつながっています。つまりジェンはプレイヤーを世界につなげる存在ですから」


 アリスの質問にシオンはよどみなく答えていく。傍から聞いていても理解しやすいやり取りだ。人間と言葉でコミュニケーションできる能力はViC同士でも有効らしい。


 質問と答えの度にシオンがこちらを確認しているのはインタビューとしては違和感があるが、人間を優先する彼女たちの体質だろう。アリスも俺と他の“人”との会話には基本的に割り込んだりしない。


 一番心配な点だが、今のところアリスに異常な点はない。まだ準備運動段階だから油断はできないが。


 隣をうかがった。足を組んで座る梨園社長は、両者やり取りの度に小さくうなずいている。関心を持ってくれて何よりだ。ちょっと罪悪感があるからな。俺にはシオンのどこに問題があるのか全く分からない。鳴滝がちゃんとやってくれることを祈るだけだ。


「では具体的に魔法システム、この世界の法則と他の要素の関係について教えてください」

「この世界のモンスターは魔法によって生成された……」


 午前中の説明の復習のような話が続く。取材の対象を明確にして前提をアリスとシオンが共有するために必要な手順だ。取材計画を立てたとき、アリスは本題であるテーマへの感想を最初に置こうとしたが、俺が止めた。


 アリスと最初に会った時、アリスはテーマを俺から与えられようとした。順番を踏まないとシオンにアリスの質問の意図自体が伝わらない可能性があると考えたのだ。


「……各地形や建築物も魔法のジャンルやカテゴリが組み込まれ、ユーザーはそれに影響を受ける形になります。主に戦闘面となりますが、謎解きなどのより広範なシナリオに適応されます」

「なるほど。多彩なシナリオパターンに対応するため万物論的な魔法システムが基盤としても優れることを理解しました。ユーザーの評価を分析するにシステムへの評価は高いですね。では、次の質問ですが……」


 アリスは一拍間をおいた。


「新章のオープンシナリオの開始が延期しているようです。理由は何でしょうか」


 きわどい話題になるが俺たちの表向きの理由については聞いておく必要がある。取材としてはポジティブな面だけでなく、ネガティブの両面を聞くのも当然だ。梨園社長は真剣な表情になったのが分かった。


「ジェンはユーザーにこの世界を楽しんでもらうためのカギです。世界の真相に迫るがゆえに世界と直結した魔法システムはより密接にシナリオと結びつきます。ユーザー体験と両立するためにファインチューニングは万全である必要があります。逆に言えばそれさえ終われば問題なくリリースできます。実際、要素はそろっており。このようにボスモンスターも制作済みです」


 シオンの言葉と同時に巨大なモンスターが現れた。蝋が溶けたようにどろどろの革表紙のハードカバーとその周囲を邪悪な精霊みたいなのが取り囲んでいるおどろおどろしいデザインだ。一目でボスと分かる。


「これまで『創世の魔法』を楽しんでくれたプレイヤーの皆さんにより素晴らしいゲーム体験を完結していただくのが私の役割です。魔術インターフェイスを整合することは必要なことです」


 シオンはグラフィックを消して説明を続けた。


 典型的な言い訳アナウンスだが、具体的な題材を出して内容を裏打ちするというのは説得力を感じる。実際、ボスモンスターは迫力満点だった。このゲームのユーザーなら見ただけでわくわくするのだろう。


 説明にも矛盾はない。AIが組み込まれたシステムは複雑で大量のパラメータを持つ。何が起こっているのかを完全に記録できるのに、どうしてそうなっているのか分からないブラックボックスなのは工学的には常識だ。


(順調……いやむしろ午前中よりも全然いいじゃないか)


 午前中に話した時にはシオンはどこか当事者意識が感じられない、AI的なイメージだった。だが今は控えめながら自分の役目への矜持みたいなものを感じる。アリスが読書会に対して持っているのと同じだ。


 その一点をとっても、ここまでの取材は上手く進んでいるといっていい。


「チューニングさえ解決すれば問題なくリリースにたどり着くわけですね。分かりました。では最後の質問なのですが」


 アリスはちらっと俺の方を見た後で、本題を切り出す。


「『創世の魔法』とその中でのシオンの役割について客観的に説明していただきました。ではシオンはこのゲームのテーマをどう認識して、それを主観的にどう感じているか教えてください」


 アリスの質問にシオンは目を瞬かせ、小さく首を傾げた。さて、どんな答えが返ってくる?


「質問が適切と思えません。私の職掌はユーザーインターフェイスのプロトタイプモデルです。テーマの定義に対する質問はプロジェクトマネージャーの梨園が回答者として適切です」

「質問を繰り返します。私が尋ねているのはシオン、あなた自身の認識と感想です」

「適切な質問とは思えませんがアリスが必要というのならお答えします。最終章にふさわしい壮大なテーマであると考えています」

「壮大というのは少し抽象的に感じました。もう少し具体的にお願いします」

「ジェンの……二面性が世界の真相の開示に深みを与えています。プレイヤーが楽しんでくれることを願っています」


 シオンは答えた。ジェンの二面性というのは先ほどのボスモンスターのことだとピンときた。しかし、返答の仕方が午前中に戻ってしまっているような気がする。表情からかすかな感情も消えたのは気のせいか?


「そのテーマに関する、シオンの感想はどうでしょう」

「返答は既に終えたと思います。適切な質問ではないようです」


 そう言ってシオンは俺を見た。


「質問が責任者によるものであれば、アリスはもう一度真意を問うべきではないでしょうか」


 シオンの目にどこか俺を責めるような色があるように感じて、俺は戸惑った。

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