番外編 イリーネの回答

 ※最終話の後、ヘルマン先生とイリ―ネだけの会話です。


 本編終了よりだいぶ前に書いてたのですが、雰囲気違うかなと思って公開してませんでした。


 【26 大人の話をしているみたいです!】の回答編になります。


 百合でも何でもないので、興味ある方だけ見て下さい。


        ◇◇◇


~クラウス・ヘルマン視点~


「それで、君の採点結果を聞こうじゃないか?」


 イリーネはまたも僕のデスクに勝手に座っていた。


 足を組み直し、その眼は僕を値踏みをしているようだ。


 以前、“もっとエメ君の本質を見ろ”と宿題のようなモノを残していったイリーネ。


 今日はそれに対する僕なりの回答を聞きに来たのだろう。


「どうもこうも……ああ、完敗だ。君の言う通りエメ・フラヴィニーは化け物並みの強さだったよ」


「へえ。あっさりと認めるんだね?」


 そりゃそうだ。


 あんなモノ見せられて納得しないヤツなんかいかない。


「闇魔法……詠唱不要でありながら上級魔法以上の威力を持つ血級魔法。あれを人の身でありながら扱える子がいるなんてね」


「ふっ。君も彼女の魔眼の真価を見たわけだね。そうだ、アレはもう並みの魔法士では太刀打ちできない力を持っているよ」


 いや、本当に末恐ろしい。


 彼女はまだあまりにも魔法士としては未熟。


 そうでありながら、今の僕が真っ向から戦いを挑めば、恐らくエメ君を倒しきることは不可能だろう。


 仮にも二級魔法士であるこの僕が、だ。


「いやほんと、シャルロッテ君の才能だって素晴らしいと思っていたのに。その姉は、実は妹を上回る力の持ち主だったとはね……羨ましい限りだよ」


「羨ましい?クラウス、お前がエメを羨むようなことがあるのかい?」


「……僕がないものねだりなのは分かっているさ。それでも僕にあんな特別な力があれば、なんて妄想するくらいにはまだ魔法士に誇りを持っているつもりだよ」


 イリーネは一瞬目を丸くすると、くくっと肩を揺らして笑い出した……なんか嫌な感じ。


「なんだいクラウス。お前はあんな眼が欲しいのか?」


「凡人は自分の身の丈に合わない才能っていうのを求めるものさ。君みたいな大天才には分からないだろうけどね」


 それを聞いてイリーネは更に体を揺らしていた。


 どうやら面白くて仕方ないらしい。


 ……ほんと。気に障る振る舞いを地でする女だ。


「アレが才能ねえ。君にはあの魔眼がそんな素敵なモノに映るのかい?」


「そりゃあ……魔法士協会に定められたカリキュラムから逸脱しているから学生の内は評価はされないだろうけど。魔法士として認められれば、あの力は唯一無二。きっと多くの人を救えるだろう」


「……くくっ、あっはははははっ!!」


 この女、とうとう腹を抱えて笑い出した。


 何が面白いのかさっぱり分からないが、とにかく僕にとって不愉快なことには変わりない。


「僕を怒らせに来ただけなら、もう違う所に行くけど?」


「いひひっ……。いや違うんだ。ただ君が、上澄みだけで本質を見れないのは相変わらずだと思ったら面白くてね?」


「やっぱり怒らせようとしてるよな?」


「まあまあ、聞きなよ。そんなんじゃ教員として迷える学徒を導くことは出来ないよ」


「……これでも三百名弱、僕の教え子から魔法士を輩出してるんだけど」


 その中には魔法協会役員に任命されている子だっている。


 魔法士としては微力でも、教師としてはそれなりに優秀な部類に入っていると自負しているのだが。


「ああ、立派だよ。毎日ガキの相手をして、協会の老害達が定めた化石みたいな授業を延々と重ねる惰性のような生活は私には耐えられないからね。素晴らしい忍耐力だ」


 ……落ち着け、落ち着くんだクラウス・ヘルマン。

 

 こいつの言葉の端々から伝わる教員へのリスペクトのなさを突っ込んでいたらキリがない。


 大人しく彼女の言いたい事を聞いて、さっさと出て行ってもらおう。


「……それで?稀代の大天才はこの未熟な教員に、何を教授してくれるんだい」


「ああ、あの魔眼はね。そんな素晴らしいモノなんかじゃないってこと、アレはい言うなれば“呪い”だよ」


「は?呪い?なにか体に悪影響でもあるのかい?」


「……まあ、君が考えているような直接的な害悪はないけどさ。ただ、アレを持つことで人としての在り方が変容することを捉えるのなら、悪影響はあるさ」


「なにが言いたいんだ?」


「そうだな……。君にとってエメはどういう子に映っている?」


 また、よく分からない質問を……。


「そうだね、端的に表現するなら“明るくて真っすぐな努力家”、かな。ラピスで魔法を使えない立ち位置から、よく腐らずに努力し続けたと思っているよ」


「なるほどね。確かに“真っすぐな努力家”という表現は私も賛成かな。彼女は10年前と寸分違わぬ目的意識を持って、努力を重ねていたよ」


「なんだよ、僕と一緒の評価じゃ――」


「でもね。“明るい”は違うよクラウス。アレは彼女の闇だ」


「闇……?」


 それはむしろ彼女から最も程遠い感情のように思えるのだが……。


「そう、闇だよ。コンプレックスと言い換えてもいい」


「そんなのエメ君から感じたことなかったけど……」


「そもそもおかしいと思わないか?魔法士になりたい人間が底辺ラピスと呼ばれ、しかも魔法すら使えない。それなのに明るく振る舞える感情をお前は理解できるか?」


「だから、それが彼女の生来の素直さと明るさなんじゃ……」


「違うね、全然違う。理解できない言動を一個人の個性としてだけ捉えるのは思考の停止だ。あの子はね、そもそも私達とは前提が異なるんだよ」


 いよいよイリーネが何を言いたいのかが、分からなくなってくる。


「いいかいクラウス。魔眼なんてものはね、本来は人の身に宿るモノじゃないんだ。それを持ってしまった時の彼女の過程を想像したことがあるか?」


「……戸惑いはあっただろうね」


「ああ。そしてすぐに疑うことになる。“自分は人間なのか?”ってね」


「……飛躍しすぎじゃないか?」


 いくら眼に異能が加わったとは言え、それでもほぼ人間の体をそこまで疑うだろうか。


「それはお前が五体満足で健康そのものだから理解できないんだ。幸せなんだよお前は」


 すると、イリーネは髪をかき上げ隠していた右目をさらけ出す。


 空洞になってしまった、その傷跡を。


「君も知っての通り、魔王にやられた時の傷だ。これだけじゃない、動きはするが右半身の感覚はほとんどない。つまり私は視覚情報の半分と、右半身の感覚情報を失ったんだ」


 痛々しい傷跡を彼女はつまらなそうに話す。


「おかげさまで平衡感覚は狂ったままだし、魔導書も片目じゃすぐに疲れて以前ほど多くは読めなくなった。右側に段差があれば気付かず躓くことだってある。魔力の生成は鈍り、速度も威力も落ちた。私はまだ30代だというのに、魔法士としてのピークはとっくに過ぎてしまった。……いいかい?たったこれだけを失うだけで、人は人としての機能を維持できなくなる脆弱な生き物なんだよ」


「……それは不幸だとは思う。でも、エメ君はそれらを全てまだ手にしているんだ。ならそれを闇と言うのはおかしいんじゃないか?」


「いいや、それでも私は私を“人間”であると疑わない。だって私は人としての感覚を少しばかりだけだからね。でもね、エメは違う。彼女はんだよ。視覚という人間にとって最も重要な感覚をね」


 確かに、人間の脳は感覚のおよそ90%を視覚情報の処理に当てていると言われている。


「本来人が見えないはずの世界が視える、そのストレスが想像できるか?魔族しか持ちえない世界を彼女だけが共有しているんだ。その孤独を想像できるか?」


「……それは」


 確かに、それは想像すら出来ない。


「感覚のほとんどが人の身ではないものに置き換わり、そして身につけた魔法は魔族のそれ。なら、彼女は何を持って自分を“人間”と定義すると思う?」


「……それが彼女が努力を続ける理由だとでも?」


「そうだよ。エメは、自分が人間であると証明するために徹底的に人間の味方・魔法士であろうとする。だからね、彼女にとって“ラピス”という称号は“人間として認めてくれている証拠”ということと同意なんだ。自己の証明だよ、だからエメはラピスであることに負の感情を覚えない。彼女の前提は“優れた魔法士”ではなく“人間として魔法士でありたい”と望んでいるのだからね」


「……だから、彼女は落ちこぼれと言われても挫けないのか」


「そう、それは人間の証明とは無関係な部分だからね。恐ろしい話だろ?あの子は、自分を人間として認めたくて魔法士であろうとし、その歪んだ自己認識を真っすぐに見据えたまま努力を続けてきたんだ。私がエメを“化け物”と言っているのはね、そんな人には理解できない苦悩をバカ正直に向き合い続けている、心の在り方も言ってるんだ」


 そうしてイリーネは満足したのか、僕のデスクから足を下ろすと消え入る様に半透明になり始めた。


 また、どこかへ行くのだろう。


「……イリーネ、君の言いたいことは分かった。それでも、少なくとも君はエメ君のことを人間だと認めてあげているんだろ?」


 その質問にイリーネは呆れたように眉をひそませる。


「おいおい、さっきからずっと言ってるだろ。エメは“化け物”だって。魔眼なんて持ち合わせたヤツが人間なわけないだろ」


 僕はその返事に少なからずショックを受けた。


「それは……あんまりじゃないか?」


 少なくとも幼少のエメ君を救い、魔法を教え、こうして教員である僕を正そうとしている人の発言とは思えない血も涙もない言葉。


 これがイリーネ・アナスタシアの価値観なのだろうか。


「僕は少なくとも誰かを救うために力を使うエメ君は人間だと思うよ?それなのに君はあの子を化け物と呼ぶのかい?色々思う事はあったけど、その考え方には正直がっかりさせられたよ」


「あーーはっははは!!」


 その落胆を惜しげもなく告げると、イリーネはこれまた愉快そうに笑うのだ。


 ……信じられん。


「ぷぷっ……。おい、クラウス。私はお前がエメを人間であるかどうかを問われたから、ただ答えただけだぞ?」


「いや、だからそれを化け物呼ばわりするから薄情だと言って――」


「だからさ、それは化け物をと捉えているお前の勝手な価値観だろ?」


「……は?」


「いや、エメもお前もそうなんだけどさ。別に人間がどうとか、魔族がどうとか。どうだって良くないか?」


 ……いや、この人。


 本格的に何が言いたいのか分からなくなってきた。


「私は人間だろうが嫌いなヤツはいるし、殺したいヤツだっている。反対に魔族だろうが好きなヤツはいるし、生かしてやったヤツもいる」


「え……あの……」


「ぶっちゃけて言うなら、魔族だって好きになれば私はそいつの子を産めるよ?」


 ……忘れていた。こいつは魔女と呼ばれた女。


 普通の人間の感覚とは、かけ離れた存在なのだ。


「だからね私はエメを愛しているし、クラウスお前のことだって好きだ。それは人間だからじゃない、私は君たちを一個人として識別し好意的に思っているんだ。ほら、これ以上ない博愛主義者だろ?こんな私のどこが薄情なのか、教えてもらおうじゃないか?」


「……ああ、ごめん。君と普通の会話を期待していた僕が間違っていたんだと、ようやく気付いたよ」


 そしてイリーネはとうとう消えて、最後に告げるのだ。


 “ほらね、やっぱりお前は誰の本質も見えていないだろ?”


 と、言葉を残して。

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魔法適性ゼロと無能認定済みのわたしですが、『可視の魔眼』で最強の魔法少女を目指します!~友達ゼロのぼっちなのでソロで魔王討伐を決意したら、妹と御三家令嬢たちがわたしを放そうとしない件について~ 白藍まこと @oyamoya

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