最終話 魔法士になりたくて!
「いやぁ……結局我が家が一番ですよねぇ」
わたしは紅茶を一口飲み、思わずつぶやきます。
窓から差し込む柔らかな日差し、外の景色はのどかなものです。
「……なにオバサンくさいこと言ってんのよ」
目の前には一緒に紅茶を口につけるシャル。
相変わらずシャルは甲斐甲斐しくお世話をしてくれます。
ほんとに、いつもありがとうございます。
「いや、最近シリアス度高めでちょっと疲れたと言うか……」
ゲヘナの一件から間もなく一ヶ月が経とうとしていました。
『えっ、ここ反魔法組織なの?しかも、こいつは魔王の子供?……まじぃ?』
『マジだよ……。分かってて来たんじゃないの?』
『全然。私、最近クラヴィス村に潜伏しててさ、そこの冒険者の飲み仲間に“妙な魔法士がフェルスに向かった”って聞いてね。特徴を聞いたら、あーなんかエメっぽいなあと思ったわけよ』
どうやらイリーネとジークヴァルトさんとには面識があったみたいです。世間は狭いです。
『でも、それだけでよく来たね?』
『こんな辺境の地に愛弟子が来てると聞いたら多少の心配はするさ。魔女なんて呼ばれ方はしているが、これでも人の子だからね』
『……? イリーネは、昔から優しいよ?』
イリーネは毒気を抜かれたようにきょとんとした表情を見せると。
『なるほどなるほど、ほんとに真っすぐに育ったねえ。もっと屈折しなよ。眩しくて見てらんないよ』
『え、うえっ、うええ?』
そう言って、彼女はぐりぐりとわたしの頭を撫でるのです。
ニコニコと嬉しそうに。
悪い気はしなかったので、そのままひとしきり撫でられると……。
『はあ。さすがの私も、反魔法組織と魔王の子供を放置したなんて噂になったら、魔法士の資格を剥奪されかねん。こんなもんにこだわりはないが、職を失うのも面倒だしなぁ……』
とほほ、と溜め息をついてイリーネはシャルを治癒させると、一緒に洋館の外に出るように誘導するのです。
『じゃあ、私はこいつらと洋館ごと魔法士協会に突き出してくるから。ここでお別れだ』
『……どういう意味?』
『ああ、おっけおっけ。今消えるから』
するとイリーネは建物ごと徐々に半透明になっていくのです。
『また会おうな!』
快活に笑って、そのまま建物と一緒に姿を消したのでした。
「……で、あの人、魔法士協会の真上に洋館を転送して協会本部の一部を倒壊させたんでしょ?」
シャルは遠い目をしながら紅茶をまた一口すすります。
「うん……。幸い怪我人は一人もいなかったみたいだけど……」
ですが、協会の建物を魔法士が壊すなど前代未聞。
その犯人がイリーネと分かるや否や、せめて損害賠償くらいは払え!と協会から要求されたそうです。
ですがイリーネはこれを完全拒否。
“反魔法組織の解体、魔人の捕獲・解明に貢献してやってんのに損害賠償だぁ?むしろこの仕事で私にお釣りが来るレベルだろうがっ!それでも足りないとかぬかすなら役員の一人でも解雇しろ!てめぇらのムダ金の出処を晒してやったら協会何個分の設営費が浮くんだろうなぁ!?”
とか逆ギレして黙らせたんだとか。
もちろん非公式の情報で一般には知られていませんが、情報通のリアさんが後で教えてくれました。
それと結局、ギルバード君は魔王の子供ではあるものの直接会ったことはなかったそうです。
定期的に送られる指示だけをこなしていて、魔王の居場所を知る者はゲヘナのメンバーにはいなかったそうです。
なので、わたしの魔王討伐の目標はもう少し先のお話しになりそうです。
「それにしても悔しいったらないわ……あんな簡単に負かされるなんて……」
そんな話をしている内にゲヘナとの戦いを思い出してきたのか、シャルは憎々しそうに表情を歪めていくのです。
「まあまあ、でもシャルのおかげでギルバード君の動きが分かってわたしも対処できたんだし……」
「そう言う事じゃないの!!わたしがあんたを助けなきゃ意味ないでしょ!?」
ガタン、と急に立ち上がり身を乗り出すシャル。
その真剣な剣幕にちょっと押されちゃうわけですが……。
「ありがとうねシャル。心配してくれて嬉しいよ」
「いや、ちがっ……。別にそういう意味で言ったんじゃ……」
目を逸らしながら大人しくなるシャル。
ほんと、素直じゃない子ですが……。
「こんなに素晴らしい妹をもって、わたしは幸せ者だなぁ……」
「はっ、はあ!?」
わたしのお世話をこんなに甲斐甲斐しくしてくれて、しかも前のめりで戦いも助けてくれるのです。
こんな素敵な妹が他にいるでしょうか?
「もうわたしシャルがいないと生活できないよね。いっそお嫁さんにしてもらおうかな?」
「えっ、ええ!?ちょっ、ちょっとそれ本気……!?」
そしてこんな軽口にも本気で驚いてくれるのです。
わたしの、かわいい妹です。
◇◇◇
そうして、冬休みは開けて学園が始まります。
「おーっほほほっ!ご機嫌ようですわエメさん、今日も素敵な一日が始まりますわね!」
「お、おはようございますリアさん」
なんだかリアさんがすごいハイテンションです……。
「さっそく今日から進級試験のようですが、準備は出来ていまして?」
「ええ、まあ……」
実はそれでちょっと緊張気味ではあるんですが……。
「リア、朝からうるさい……」
隣のセシルさんが露骨に嫌そうな顔をしています。
「あら、セシルさん。貴女こそ、次の試験の結果で次の順位が決まると言いますのに、そんな消極的な態度でよろしいんですの?」
「別に……こだわりない」
「そうですかそうですか!でしたら大人しく私の後塵を拝することですわねっ!ええ、私に勝てる者などいないのですから、当然のことなのですがっ!」
そうしてリアさんはまた高笑いをして席へと戻って行くのです。
……なにがそんなに嬉しいのでしょう。
「ほら、ギルバード君が退学処分になったでしょ?それで主席の座が空いたから……ね?」
ミミアちゃんがこっそり耳打ちしてくれました。
「なるほど、これで主席になれると喜んでいるんですね?」
「多分……。よっぽど一番になりたかったんだね」
でも、リアさんらしいと言えばらしいです。
「……見栄っ張り」
そしてセシルさんはため息を吐くのです。
迎えた試験当日。
わたしは第三演習室を訪れます。
成績順で行われるので、わたしは最後。
試験を終えたシャルや御三家の皆さんは余裕の表情でしたが、他のクラスメイトは苦い表情や悔しそうな態度も見ていたりしていたので、わたしは緊張が高まって仕方ありません。
「やあ、エメくん。君で最後だね」
ヘルマン先生が成績シートのような物を挟んだボードを片手にチェックをつけています。
試験感が半端ではありません。当たり前ですけど。
「は、はい……!」
「まあまあ、そんな緊張しないで。イリーネから話は聞いてるよ、大活躍だったみたいだね?」
「え、先生。イリーネと知り合いなんですか……?」
「うん、同期だからね。公式には出せない情報だから表立って表彰は出来ないけど学園長も喜んでいらっしゃったよ。逸材が現れたってね」
知らなかったです……。
「そんな君が僕の防御魔法を打ち破る事は容易いだろう。肩の力を抜いてやってくれ」
そう言って先生は防御魔法を展開します。
初級魔法でも破壊できる程度の薄い障壁。
たしかに、これを魔法で破壊するくらいなら今のわたしにも出来ると思います。
手をかざして、唱えます。
「
「――え?」
先生の小さな声が聞こえた気がしましたが、障壁を破壊する音で掻き消えてしまいました。
ぱらぱらと崩れ落ち、魔力に戻っていく障壁。
こ、これで試験も合――
「エメ君、今のは?」
「え、魔法です」
「えっと……ごめん。聞いたことない初級魔法なんだけど、普通の攻撃魔法それ?」
「あ、いえ。闇魔法らしいです」
「……」
絶句するヘルマン先生。
「えっと、合格……ですよね?」
「ダメだよね」
「へっ!?」
「“へっ?!”はこっちだよ!闇魔法は魔族の魔法でしょ!?君の事情は理解しているよ!?学園長もそこは不問にしているから文句はないけどさ!!」
「な、なら……!」
「でも魔法士は国家資格だから!共通のカリキュラム【初級魔法】に分類されてる魔法じゃないと合格できないからっ!!」
「じゃ、じゃあわたしどうなるんですか……!?」
「そりゃ、進級試験を合格できない子は留年……って、エメ君!?目がイッてるよ!?意識をしっかり!!」
あああああああああああああ……。
りゅ、留年……。
ラピスが留年……。
下級生と一緒……。絶対ぼっちだ。
今度こそ、絶対にぼっちだ……。
◇◇◇
教室に戻ると御三家令嬢のみなさんと、シャルが集まって来てくれます。
「あらエメさん、試験いかがでした?」
いつも通りに優雅なリアさん。
「エメなら大丈夫に決まってる」
安心しきった調子のセシルさん。
「だよねぇ、だってエメちゃん戦ったら一番強いんだし」
ニコニコ微笑むミミアちゃん。
「ちょっと、こいつをあまりおだてないでよ。すぐ調子に乗るんだから」
ちょっと厳しいけど、わたしを心配してくれるシャル。
「……不合格でした」
「「「「…………え??」」」」
そんな全員の空気が凍り付きました。
「ふ、不合格です……留年です。みなさん、一年間ありがとうございました……わたしは来年から、かっ、下級生として、がんばりまぁあああん……!!」
む、ムリですぅ。
か、悲しすぎますぅ……!!
「ああっ!!エメさんが、あのエメさんが泣いてらっしゃいますわよ!?」
「シャルロッテ、ふ、
「バカなの!?そんなことしたら痛みでおかしくなるでしょ!?そんなことよりヘルマンをブッ飛ばにしに行くのが先でしょうが!!」
「いやいや!シャルちゃんも言ってることおかしいからっ!!みんな落ち着いて!!大丈夫、わたしたち全員進級断ればエメちゃんと一緒にいられるから!!」
ああ、皆さんを動揺させてしまっています……!!
「お待ちなさい!!さすがに進級しないという手段はおかしいのではなくて!?」
「じゃあ、リアは一人で進級するといい。さようなら」
リアさんをばっさり捨て去るセシルさん。
「あ、待って。わたしが髪を切って、今すぐやり直してくればいいんじゃない!?双子なんだからエメだと思ってバレないんじゃない!?」
「そ、それだよシャルちゃん!後はエメちゃんの真似できるの!?」
ああ、話しが変な方向に……。
でも私は大洪水で、それどころでは……。
「え、えっと……『すとれんぐすあぐめんとーっ』……こんな感じ?」
「全然似ていませんわ。エメさんのキレのある動き、凛々しい表情とそれでいながら可愛らしい口調を全く再現できていません。というか照れが見受けられます。やり直しです」
「そもそもなんで魔術やったの!?魔法の試験だよっ!?やる気あるのシャルちゃん!?」
「ぐっ……言わせておけば、好き勝手に……!!」
シャル相手にあーでもないこーでもないとリアさんとミミアちゃんが言い合いしていました。
「エメ、大丈夫。魔法士になれなくても、私が養ってあげるからね」
そしてわたしの背中を擦って、ダメ人間を製造しそうな発言をするセシルさん……。
「うぐっ……ひぐっ……ぢがうんでず。わたぢは自分のぢがらで魔法士になりだいんでずぅ……」
その後、事情を理解してくれた学園長はゲヘナの一件も鑑みて、一週間後の再試験を特例で認めてくれたのです。
それからは連日連夜、妹と御三家令嬢による死に物狂いの魔法のレッスンを受けて何とか合格するわけですが……。
どうやら根本的に普通の魔法を扱う才能がないようで、3年生まで無事に進級できるのか。国家資格を合格できるのか。
魔王討伐の夢は、まだまだ先になりそうです。
ですが、負けません!負けませんよわたしはっ!
必ず魔法士になってみせますからね!!
【あとがき】
区切りも良かったので、これで完結にさせて頂きます。
読んで下さった皆様、評価や感想をして頂いた方には本当に感謝しております。
とても励みになりました。
それでは、機会がありましたらまたどこかで。
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