82 魔法にはない魔術の特性!
「ねえ、どうしよっ、どうしようアレっ!?」
泣き叫ぶミミアちゃんを筆頭に、わたしたちは巨大ミミズから必死に走って逃げている真っ最中です。
「困りましたね……。ミミズって何か苦手なものはないのでしょうか?」
「博学なセシルちゃん、何かアイディアは!?」
ミミアちゃんの問いかけにセシルさんは、うーんと唸ります。
「あると言えばあるけど、そんな致命的なものはない」
「そうなの!?」
「基本的にミミズは食物連鎖の最底辺、この世で最も弱い者の一つ」
「なにそれ、そんな弱いのにミミアたち大ピンチなの!?」
ミミアちゃんのヒステリックが止まりません。
「落ち着きなさいよ!それは普通のミミズの話でしょ、これはどう考えても異常でしょ!」
シャルが焦るミミアちゃんを見かねたのか、冷静にツッコみます。
「そ、そうだよねっ……でも、考えてみたらミミズを倒す必要はないわけだよね?逃げられるのなら、それでも十分だよね?」
その発言にはリアさんがぴくりと眉をひそめます。
「それはかなりの走力を私達が持ち合わせていることが条件になりますわよ。先程からミミズの速度は落ちていませんが、私達は魔法も使えず慣れない草木の上を走らされ体力は有限。どちらに分があるか、お分かりになりまして?」
「うう……逃げ切るのも難しいのかぁ……」
「それに、この状況を続けるのも正直厳しいですわよ」
リアさんはちらり、と視線を移します。
そこにはハァハァと息をかなり切らしている人が……。
「……キツイ」
セシルさんが、もうダメそうでした。
ちなみに走り出して1分程度しか経っていません。
「セシルちゃん、どうしたの顔真っ青だよ!?頑張らないとミミズに食べられちゃうよ!?」
「……ミミアに食べられる?絶対やだ」
「ああーーっ!!なんか凄いイヤな聞き間違いしてるんだけど!!ていうか、ミミアのことそんなに嫌い!?」
「ミミアなんかに食べられるくらいなら、ミミズに食べられる方がマシ……」
「ねえ逆じゃないの!?逆だよねっ!!逆だって言ってよセシルちゃん!!」
それを聞いていたリアさんが首を傾げ
「さっきからミミアミミアと連呼して何をお伝えになりたいの!?」
「ミミズの話もしてるから!ミミアとミミズでゲシュタルト崩壊しないでよ!!こんな不愉快なゲシュタルト崩壊生まれて初めてなんだけど!!」
息も絶え絶えで真っ青なセシルさんに、涙を浮かべながら真っ赤になっているミミズ……アちゃん。
結構ピンチになっているようです。
「そういうエメちゃんはどうなの!?このまま走れるの!?」
「あ、わたしは正直逃げようと思えば逃げられるんですけど……」
「ええ!?そうなのっ!?」
「はい……」
「どうやって!?」
じゃあ……と、わたしは魔術で脚力を強化し、そのまま屈み込んで大地を蹴り飛ばします。
体はそのまま急浮上し、森を突き抜けるとフェルスの景色が眼下に広がります。
「こんな感じですかねーーーーっ!?」
だいぶ遠くなってしまったので大声を張り上げると、
“それは反則ーーーー!!”とミミアちゃんの声が返ってきました。
ですが、この方法は頑張っても二人を抱えての脱出が精一杯。誰かを見殺しにしてしまうのでダメなのです。
わたしはそのまま重力に従って下降します。
そうしてフェルスを眺めていると……。
「あれ……?」
なにか、森の中に違和感が……。
しかし、そんな疑問は一瞬。
そんなことを気にしていられる余裕はありません。
地面に降り立つと、思考を切り替えます。
打つ手が見つからない、わたし達。
そうなれば、結局……。
「分かりました、やります。わたしがパンチします」
覚悟を決めたのです。
「ありがとう!ありがとう、エメちゃん!」
ぱあ、とミミアちゃんの表情が明るくなります。
他の皆さんもわたしに期待を込めてくれているのが分かります。
「はい、それじゃあ……行きます!」
魔眼で改めて見ても、ミミズに魔力の経路は走っていません。
弱点らしい部位は見当たらないので、ひとまず口先を避けて拳を叩き込むことにします。
アクセラレーションでミミズの横合いに回ってしまえば、無防備なもの。
どこでも殴ってくださいのサンドバック状態です。
わたしは腕に魔力を集中させ……。
「ストレングスアグメント!!」
――ドンッ!
と、ミミズの胴体部に右ストレートを叩き込みます。
じーん、とわたしの腕に反動が伝わってきました。
「エメちゃんやった、倒した!?」
――ぐにゅぐにゅ!
それに応えるように蠢くミミズ。
「ひいっ!?」
悲痛な叫びを上げるミミアちゃん。
「ダメです!このミミズさん、恐ろしいくらいに硬いです!!」
ミミズは更に不規則な動きを速めます。わたしはその体節に巻き込まれそうになるのを跳躍で間一髪逃れます。
あんな巨大で硬い体躯に巻き込まれれば、人間の体なんてひとたまりもありません。
皆の元に戻って、再びランニングが再開されます。
「ど、どうしましょう……。フルパワーを叩き込んだのに弾かれました!!」
「そうなの!?エメちゃんの全力を何発打ち込んでも絶対ダメ!?」
「あ、いえ……そうしたいのは山々だったのですが……」
わたしはミミアちゃんに右腕をかざして手の状態を見せます。
硬さの反動に押し負け、拳は傷だらけでダラダラと血が流れてしまっていました。
「ごめんなさい……そんなになってるのに、何発もやれなんて……」
「あっ、違うんです、そうじゃなくて。これくらいの傷なら痛みを我慢していくらでも打ち込めるんですけど……問題は別でして」
ミミアちゃんは話しつつ、ヒーリングでわたしの手の傷を治してくれます。
傷口は塞がり血はすぐに止まりました。
「傷が出来た瞬間、魔力を木に吸われてしまって……魔術を維持できなくなってしまったんです」
「そんな、どうしてっ!?」
「それは――」
魔術は魔力による身体機能の向上を図るもの。
魔術は魔力を全身に張り巡らし身体組織のあらゆる構造を組み替えます。
特に筋活動を促すためには酸素の循環、つまり血液の循環が必要不可欠です。
異常な筋出力を発揮するためには通常の酸素だけではその力をまかないきれず、血液に混ざった魔力がそれを補填しているのです。
ですが、その血が流れてしまうと魔力も一緒に漏れだしてしまい、フェルスの木が吸い上げてしまうのです……。
「――というわけでして」
「ミミズの硬さを突破しようにも、その前に魔術が解除されちゃうんだ……」
「はい……」
これは本当に打つ手がないのでは?と、脳裏をかすめます。
「お待ちになって、やはりおかしいですわ」
それでも思考を止めないリアさんが口を開きます。
「おかしい、ですか?」
「ええ、エメさんの魔術で破壊できない硬度なんてあまりに不自然。普通の生命体ではありえないと思いますの」
「でも、現状それは起きているですが……」
「ですから、やはりアレは魔獣なのですわ」
確信めいた表情を浮かべているリアさんですが、それはないとわたしは先ほどから言っています。
「ですが、魔力は視えな」
「相手も魔術を使っていたと仮定したら、どうでしょう?」
あ……。
「なるほど、確かにそれなら視えないかもしれません」
「そうでしょう、フェルスの環境に適応するために魔術を習得した魔獣。それならあの異常な硬度も説明がつきますわ」
ですが、それが分かっても状況は好転しません。
「ですがリアさん。わたしの魔術では、あの魔獣の壁を突破できないことには変わりませんよ?」
「あのミミズが本当に突然変異の生命体なら確かに打つ手はなかったでしょう。ですが相手が魔獣で、魔力による身体構造変化による守りなら方法はありますわ」
「え、それは……?」
リアさんは突然、木を指差しました。
「あの木に苦しめられたのですから、同じように仕返せばいいのです」
木で、ですか……?
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