74 一人より二人!
「お前、魔法士見習いの学生だろ?あまり冒険者を舐めるなよ」
「貴方の方こそ大仰な鎧など身に纏っていますが、防御魔法の一つも展開できないと自ら証明しているようなもの。それが私の相手になると思っていて?」
ああ、どうしてそんなにバチバチするんですかねぇ……!
リアさんの後ろにいるシャルもやれやれって首を振ってるだけですし……!
わたしは居ても立ってもいられず踏み出そうとします、が。
「お嬢ちゃん何する気だよ!?」
動き出したわたしをオジサンが制止してきます。
「止めるんですよ、人同士で争うために来たんじゃないんですからっ!」
「やめとけって!相手はAランクの強者なんだぞ!?」
だから止めるんですよ!
「どうやら、ガキには躾が必要みたいだな」
「躾られるのは、どちらの方でしょうね?」
遠目からでもリアさんが魔力を爆発的に練り上げているのが伝わってきます。
それに対し、ジークヴァルトさんの魔力は微々たるものしか感じません。
とにかく止めないと、二人は今すぐに衝突します。
――ダンッ!
わたしは地面を踏み抜いて、一気に直進します。
「はい、そこまでですよっ!」
「エメさん!?」
「なんだ、お前……!?」
そのままリアさんとの間に入り、ジークヴァルトさんの腕を掴みます。
リアさんはわたしが挟まることで魔法を使えず、ジークヴァルトさんは申し訳ないですが魔術で強めに握ります。
“その気になればこのまま折ることも出来ます、”そんなメッセージを込めたのですが……。
「お前、このガキの仲間か……?」
「え、ええ……その通りですが」
ジークヴァルトさんは不審そうにわたしのことを眺めます。
それに呼応するように周囲の冒険者さんたちの空気は更に険悪なものに……。
特に隣にいたオジサンは“何その技!?”と言わんばかりに目を白黒させています。
「わたし達は喧嘩をしたいわけじゃないんです。態度は良くなかったかもしれませんが、犯罪行為をしているわけでもありません。このまま立ち去りますから、どうか見逃してください」
納得してくれたのか、ジークヴァルトさんが身を引きます。
「……さっさと消えろ」
「はい、すみません、お邪魔しました。……ほら行きますよリアさん、シャルもっ」
わたしは二人の背中を押して出口に向かいます。
「ちょっと、エメさん、止めないで下さる!?言われっぱなしは性に合いませんわ!」
「ダメです!」
有無を言わさずに退散します。
「――お前は、本当に魔法士か?」
ジークヴァルトさんの声が聞こえてきます。
わたしは出口に向かったまま振り返らないと決めていたので、その言葉に返事をすることはありませんでした。
「……ちょっとエメさん!どうして止めたのですか!?」
ギルドから出るなり、リアさんが物凄い剣幕でわたしに詰め寄ります。
「ダメですよ喧嘩は。しかも、あのジークヴァルトさんって方はAランク冒険者で腕がかなり立つようですからっ」
「関係ありませんわっ。魔法士が冒険者風情に背中を見せる必要がどこにありますのっ!?」
「な、なんでリアさん。そんなに喧嘩腰なんですか……?」
いつも以上にメラメラと燃え上がっているのです。
「それが上下関係ってことだからでしょ」
ずっと口を閉ざしていたシャルがようやく口を開きます。
「……どういうこと?」
「ギルドの運営・管理は魔法士が行っている。そして魔法士の中でも最も権力を有する御三家、リアはその令嬢なんだから、冒険者みたいな末端に舐められるわけにはいかないってことよ」
……それはまた大人なお話しですね。
リアさんも“その通りですわ!”と言わんばかりに鼻を鳴らしています。
「そもそもあの受付嬢が子供相手だと思って対応を間違えたのが駄目だったのよ。アレがなければもうちょっと穏便に済んだんでしょうに。権力を行使するのが当たり前だと思ってるリアにあの態度は悪手よ」
はあ、とシャルはため息を吐きます。
ギルト側とリアさんの気持ちを理解していたようで、いざという時しか手を貸す気はなかったようです。
「別に偉そうな態度をとりたいわけではありませんが、決まりは決まり。お互いの立場をはっきりさせるのは当然のことですわ」
言いたい事は、分からなくはないですが、でもなんか……。
……もうっ!
「わたしはそういう事言ってるんじゃないんです!人とはお互い仲良く歩み寄るべきなんです!喧嘩腰のリアさんなんて嫌いです!」
わたしは難しいことはよく分かりません。
ですが、必要もないところでいがみ合うことの無意味さは分かっているつもりです。
「……きっ、嫌い!?エメさん、今嫌いと仰いました!?」
「はい、嫌です。リアさんいい人だと思ってたのに、急に悪女になっちゃいました。怖いので近づきたくありません」
ふん!とわたしはそっぽを向きます。
「ああああ……わわ、分かりましたわ……!私も言い方を善処する必要があったかもしれません……で、ですから、嫌いと仰らないで……!」
ん?
なぜかリアさんの態度が急変しているのですが……?
「もう喧嘩しないって約束してくれますか?」
「も、勿論ですわ。相手によほど落ち度がない限りは……」
「そうですか、それなら良かったです!」
「ですから嫌いは撤回して下さる……?」
「はい、リアさんはやっぱりいい人です!」
「……よ、良かったですわ」
それを見ていたシャルがぽつり、と。
「ああやって骨抜きにしていくのね、恐ろしい子」
よく分からないことを言っていました。
◇◇◇
セシルさんとミミアちゃんと合流し、今日お世話になる宿の前に到着しました。
「……これは、犬小屋ですの?」
宿を見たリアさんの第一声でした。
素で言っているので、わたしが衝撃を受けます。
「いやいや、リアさん!?どう見ても普通の宿ですよ!?」
確かに綺麗とは言えない外装ですが、少し大きめの作りの家屋は十分に人が住める空間が用意されています。
「この村にはこの宿しかないんだって。ミミアも最初はビックリしたけどね、この広さでお金とるの?って」
「いやいや、十分ですよね!?」
「え?普段ミミアが泊まるホテルだと、この宿全体でようやく一部屋分くらいだよ?」
「その方がおかしいですよ!そんなに莫大な広さ必要あります!?」
「……おお、当たり前すぎて疑問に思った事もなかったね?」
さ、さすがお金持ちのご令嬢さんたち……!
庶民なわたしとは感覚が全然違うのですね……!
「私は何とも思わなかったけど」
「で……、ですよね!これくらいが普通ですよねっ!」
ですが、セシルさんだけは違いました!
御三家令嬢でありながら、通常の感覚も持ち合わせてくれています……!
「うん、エメの家で学んだ」
クールな表情でグッ!と親指を立てるセシルさん。
「……なる、ほど」
うん!悪気はないので言えませんが、若干傷つきましたよわたしは!
兎にも角にも、ここしか宿がないのでは仕方ないとの事で中へお邪魔します。
「二人部屋が三つ。わたしたちは五人だから、一人だけ部屋を独占することになるわね」
受付を済ませたシャルが鍵を持ってきて説明してくれます。
「なるほど、ちなみに一人になりたい人はいますか?」
このメンバーだと、一人くらいは孤独を楽しむ人がいそうな気がします。
「エメさんは?」
「エメちゃんは?」
「エメは?」
「あんたは?」
……え。
なんで皆さん、わたしの疑問をブーメランで返してくるのでしょう。
「わたしは寂しいので出来れば誰かと一緒がいいですね……なので一人は譲ります」
「私もお譲りしますわ」
「ミミアも譲るね」
「私も譲る」
「わたしも譲るわ」
……ん?
「じゃあ、皆さん二人組の方がいいんですか?」
「もちろんですわ」
「その方がいいかな」
「うん」
「まあ、そうね」
え、あの……。
どうして皆さん一同に、真剣な眼差しをわたしに向けているのでしょうか?
今はただ部屋割りの話をしてるだけですよ?
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