62 姉妹でケンカなんて良くないですね!
朗報です。
なんとお仕事が見つかりました。
魔法学園の生徒は無理だと言われていましたが、何と雇ってくれるお店があったのです。
……だというのに、わたしは一抹の不安を拭いきれずにいました。
「むぅ……本当にあそこで良かったのでしょうか」
一縷の望みをかけて挑んだ最後のお店。
個人的には一番気が進まないお仕事ではあったのです。
採用してもらったのにこんな事を思うのは失礼なのは承知しています。
ですが実際のところ、雇ってくれないと分かったから、半ばヤケクソで飛び込んだ感もあったのです。
これでダメならすっぱり諦めて別の方法を考えようと、自分の中で割り切るために挑んだのですが、まさか採用されるだなんて……。
幸か不幸か、とにかく不安です。
足取りは重いまま、我が家に帰宅します。
「ただいまぁー」
胸に溜まった重たい空気も一緒に吐き出すように声に出します。
「遅い」
リビングにはテーブルに突っ伏しているシャルがいました。
恨めしそうな視線をだけをこちらに向けてきます。
「うわ、シャル。ずっと待ってたの?」
「何時に帰ってくるか聞いてなかったからね」
だとしてもこんな時間まで……。
「ごめんね。随分待たせちゃったね」
「別にそれはいいけど」
冷たい返事ですが、それと行動が相反している事が多いのがシャルです。
ここまで待ってくれていたのですから、お腹を空かせて苛立ってしまったのでしょう。
申し訳なさを感じつつ、せめて用意くらいは自分でしようとキッチンに足を運びます。
「……で、なにしてたわけ?」
ぴたり、と足が止まります。
どうやらお話しは続いていたようです。
「え、だから欲しい物があって……」
「それが何なのかって話、手に入ったわけ?」
「いや、手には入ってないけど……これから入るというか……」
むむ……シャルが随分問い詰めてきます。
なにか疑われているような気分です。
「あんた、わたしに隠し事なんて通用すると思ってるの?」
「い、いやだなぁ……隠し事なんてしてないよ?」
シャルの空気は張り詰めたまま。
まるでわたしが悪いことをしているかのような態度です。
「そう……じゃあこれなに?」
「あっ」
テーブルの上にぱらぱらと用紙が置かれます。
募集要項が書かれた見覚えのあるものでした。
「これ、あんたのでしょ?」
「ど……し、知らない」
“どうしてそれをシャルが持ってるの?”
と、喉から出かかった言葉を間一髪で止めます。
それを所有しているのを認めてしまうと、わたしがお仕事を始めるのをバラしてしまうようなものです。
「はあ?それで誤魔化せると思ってるわけ?」
「だって知らないもん」
「白状しなさい、あんた仕事してお金を稼ぐ気なんでしょ」
「しません」
シャルは明らかに好意的な態度ではありません。わたしが仕事を始めようものなら即座に辞めさせるオーラをビンビンに醸し出しています。
ですので、白状するわけにはいきません。
「バレバレなのよ。どうせまともな仕事なんて出来ないんだし、恥かく前にやめておきなさい」
「……むぅ」
――カッチーン
確かにわたしはドジですけど。
だからってまともな仕事が出来ないなんて、言い過ぎじゃないですか?
「お仕事はしないけど……でもやろうと思ったら出来るもん、わたしのこと甘く見過ぎ」
「ムリムリ、生活能力ゼロの干物女になにが出来るの?わたしはあんたの為を思って言ってんだから、大人しく言う事を聞きなさい」
……そもそもシャルがお小遣いをちょっと前借りさせてくれたら済んだ話なのに。でもちゃんと我慢してわたしなりに考えて行動したんです。
それを“あんたの為を思って”とか、誰から目線なんですか?
「わたしの為とかシャルが勝手に決めないで欲しいよね。自分のことくらい自分で出来るし、全部シャルの言う通りにすると思わないでよね」
――ブチッ
わたし以上に怒った音が聞こえてきました。
「あっそう!わたしはあんたを心配してあげて言ってるのに、そんなこと言うんだ!」
「頼んでない!シャルはわたしのママにでもなったつもり!?何でもお世話焼くみたいなの止めてよね!」
「あ、あんたねぇ……わたしがいなきゃ何も出来ないクセに……!!」
「はいはい、何でも出来るシャルロッテちゃんは偉いね!ラピスのわたしなんかより優秀で凄い子だね!これで満足!?」
お互いに睨み合います。
シャルは顔を真っ赤にして、憤怒の表情を浮かべています。
「いいのね?わたしにそんなこと言って、本当にいいのね?」
「ふーんだ。自分のことくらい自分で出来るもーんだ」
「あ、そ!じゃあ好きにしたらいいわよ!」
シャルは荒い足音を立てながらリビングを出て行きます。
――バアン!
勢いよく扉を閉める音、シャルの部屋に閉じこもったのでしょう。
「……怒ったシャル……こわい」
もはや自分でも何に怒っているのかよく分からなくなってきました。
シャルに対するもやもやと、明日から始まるお仕事のストレスで頭がおかしなことに。
わたしは現実から逃れるようにベッドに飛び込んで寝てしまうのでした。
◇◇◇
翌朝、グシャグシャになった髪を放置したままベッドから体を起こします。
「……なんで昨日はあんなことに」
眠りから目を覚ますと、昨日の怒りって嘘のようにどうでもよくなりますよね。
……シャルに昨日のこと謝ろうかな。
そんなことを思いながら階段を下ります。
「あ、シャル……おはよう」
リビングに顔を出すと、既に準備が終えたシャルが家を出るところでした。
わたしを視線の端で捉えていますが、ちゃんとは見てくれません。
……ああ、シャルまだ怒ってます。
「おはよう、もう行くから」
「あ、うん……行ってらっしゃい」
でもシャルも大人なので無視とかはしません、最低限の挨拶だけは返してくれます。
態度は氷のように冷たいですけど。
もうちょっと様子見かなぁ、朝ごはん食べて気を取り直し……。
ですがテーブルに座ろうとして、フリーズします。
「しゃ、シャル……?これはなに……?」
「なにって、何よ」
「朝ごはんは……?」
「わたしは済ませたけど」
「わたしの分は……?」
なんと、テーブルの上には何もありません。
いつもシャルが朝食を用意してくれているのに!
「文句あるわけ?」
「だ、だって朝ごはん。いつもパンとか、サラダとかスープとかあったのに……」
「“自分のことくらい自分で出来るもーんだ”……なんでしょ?嫌なら自分で作れば?」
「は、はわわ……」
ま、まさか朝の一発目からこんなにダメージを喰らうなんて……!
どうしよう!すごく謝りたいです!
「しゃ、シャル……?」
「なによ、もう行くんだけど」
「ご、ごめんなさい……謝るから……」
「へえ?何を謝る気になったの?」
「昨日のわたしの振る舞いを……」
ここでようやくシャルが目線を合わせてくれます。
「じゃあ認めるのね?あんたは仕事を始める気だって、なら速攻で辞めなさい」
ぐ、ぐぬぬ……!
それだけは、それだけは譲れないのです。
魔王に近づくため、かつシャルには迷惑をかけないために。
ここは黙ってやるしかないのです。
「……それは本当に知らない」
「……」
重たすぎる数秒の沈黙。
「しばらくご飯抜きね」
「そんなっ!?」
シャルの目はどんどん感情の色を失っていくのでした。
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