17 不吉なモノの正体が現れました!


「り、リアさん……!?一体どこまで行くんですか!?」


 ひたすら走り続けるリアさんに連れられ、息が切れます。


「どこまでって……逃げ切るまでに決まっているでしょう!?」


 いやいや、リアさん相当走ってますけど……大丈夫ですか?


 ――グンッ


 突如、何か違和感のようなモノが発生します。


 何かが邪魔するような、そんな抵抗感ですが……。


「リアさん、何かここ変じゃないですか?」


「当たり前です!魔法士の思念が普通なわけないでしょう!?」


 いえ、そういう意味じゃなくてですね……。


 リアさんはお構いなしでひたすら前進して行きます。


 その内に違和感は消えてしまうのでした。


 「リアさん、落ち着いてください。もう物音も何もしませんっ、大丈夫ですからっ」


「ほ、本当ですか……?」


 リアさんは恐る恐るその速度を緩めていきます。


 周囲に広がるのは木々、聞こえてくるのは風の音くらいです。


「ね?何も怖いモノなんてありませんから」


「そ、そうですわね……」


 気付けば足がパンパンになっていました。


 午後からずっと森の中を歩きっぱなしです。


 体力的にも限界が近づいているようです。


「どうやら向こうも諦めたようですわね」


「いえ、あの……それは違うと思うのですが……」


「どういうことですの?」


「さっきのはきっと動物の足音で、魔法士の魂とかではないと思うのですが……」


 それを聞いてリアさんの眼光に鋭さが増します。


「エメさんは私の話を信用して下さらないのね?」


「いや、そういうワケじゃないんですけど……可能性としては、そっちの方が確立高いかなぁ……なんて……」


「確率論は所詮、数字上の話です。私達の目の前にある現象を否定することにはなりません」


 すごい理性的に語ってくれてますけど……。


 何か違う様な気もします。


「つまりリアさんはオバケが怖いんですよね?」


「お化けじゃありません。魔法士の残留思念が怖いのです」


「それって言い換えるとオバケになりません?」


「なりません」


 ……リアさん、オバケが怖いって言われるのは嫌みたいです。


「リアさん、大丈夫ですよ。そんな得体の知れないモノなんて出ませんから」


「貴女ね……そう言って侮っていると、いざという時に何も出来なくなりますわよ?」


 リアさんには申し訳ないですが、いくら何でもオバケが出るなんてそんな……。


 ――ガサガサッ


「ま、また……!?」


 驚きに身を震わせるリアさん。


「リアさん、落ち着いてください」


 野生の動物か何かでしょう?リスとかウサギとかですよ、きっと。


 とにかく、そんな怖がる必要なんてありません。


 それを証明するために、わたしは音のする茂みへと近づいて行きます。


「え、エメさん……?何をしていらっしゃるの、体を奪われますわよ!」


「そんなことないですから安心して下さい」


 ほらほら、何も怖いモノなんて……。


 茂みに生える草を掻き分けると、その正体が露となりました。


「……ブタさん?」


 黒い毛を纏った、鼻が特徴的な動物さんがそこにはいました。


 でも、なんでしょう……ブタさんってこんなに禍々しかったでしょうか……?


「ブゴッ!!」


 あと、すっごく威嚇されているように見えるのは気のせいでしょうか……?


「エメさんっ!それ魔獣ですわよっ!?」


「このブタさんですかっ!?」


「それは豚ではありませんっ!イノシシ型の魔獣“エヴィルボア”ですわっ!」


「ええっ!?どうしてこんな所にっ!?」


 状況理解が追い付かぬまま、エヴィルボアの鋭い眼光がわたしを捉えています。


 ――ヒュンッ!!


 こちらに突進してきます!


「ええ、ちょっと……!?」


フレイムッ!!」


 ――ボオオオッ


 わたしの目の前から炎が立ち上がります。


「ブガッ!!」


 エヴィルボアは一瞬の身のこなしでそれを避け、側方に跳ねて距離を保ちます。


「エメさん、ご無事っ!?」


「あ、はい。無傷です、ありがとうございますっ!」


 リアさんの魔法でわたしは間一髪、無事で済みました。


「ですが……参りましたわね」


 しかし、リアさんの表情は優れません。


「リアさん、この魔獣ってわたしたちを狙ってますよね?」


「ええ……魔獣は魔力の多い生命体を捕食します。私達のような魔法士を目指す人間はさぞご馳走に見えていることでしょう」


「そうなんですか」


 ならば、ここは倒すしかないようですね。


 わたしは魔力を呼び起こします。


駆動ドライブ……加速アクセラレーション

 

 全身に魔力を張り巡らせ、その速度を上げます。


「ブゴッ!!」


 それを感じ取ったのでしょうか、エヴィルボアは再びわたしへ突撃してきます。


「えっ、はやいっ……!?」


 その速度があまりにも早くて肉眼で追いつきません。


力強化ストレングスアグメント!」


 これではダメだと魔術を変更。


 腕の機能を強化し、腕で体を庇います。


 ――ゴスッ!!


「あぐっ……!!」


 腕に突然の衝撃、そこには全身を捨て身でぶつけてくるエヴィルボア。


 わたしはそのまま倒されます。


「エメさん!?」


「……こほっ、ごほっ。だ、大丈夫です。ガードはしてます」


 打ち付けた衝撃で背中に痛みが走っていますが、何とかなるレベルです。


 それよりも、結構手強いですね。


 肉眼で捉えられないのは、魔術しか使えないわたしには致命的です。


「エメさん、今助けますわ!――フレイ……」


「あっ、ダメですっ!リアさんっ!」


 さっきので分かりました。


 魔獣は魔力に反応します。


 ですから、より強い魔力をリアさんが発してしまうと……!


「ブゴッ!!」


 エヴィルボアが再び跳ねます。


 その速度は、リアさんの魔法の照準からきっと逃げきる……!


 ――ドンッ!!


「きゃあっ……!」


 エメさんの魔法より早く、エヴィルボアは突撃してしまいます。


 ガードすら出来なかったリアさんは遥か遠くへ吹き飛ばされます。


「リアさんっ!!」


「あうっ……」


 受け身も取れず、突っ伏してしまうリアさん。


 ――見覚えがあります。


 魔の名を関するケダモノが、人間を傷付けていく様を。


 そして、その光景こそ、わたしが最も憎むべきモノです。


「このっ……!!」


 魔術で加速し、リアさんの元へ。


「ゴブブ……」


 目の前には醜悪なケダモノ、餌を前にその口元からは唾液が零れ出ています。


 身の毛がよだつほどの生理的嫌悪感。


 わたしはこの正体を知っています。


「え、エメさん……肉眼で追えない貴女では……」


「ごめんなさい、リアさん。わたし後悔しています」


「えっ……?」


「こんな光景を見たくないから魔法士を目指したのに。それを自分を守るために力を出し惜しみしてしまいました。結果、リアさんを傷付けることになるなんて……」


「な、なにを言ってらっしゃるの……?」


「安心して下さい、アレはわたしが倒します」


「で、ですから……眼で見えない貴女では無理だと……!」


 ええ、肉眼なら見えないでしょう。


 ですが、わたしにはもう一つの眼があるんです。


「――駆動ドライブ


 わたしの眼に魔力を流します。


 その瞬間、エヴィルボアの体から光が溢れ出します。


 これはわたしだけが視える世界。


「ブゴッ!!」 


 わたしの魔力に反応してエヴィルボアが跳ねます。


 やはり、その動きは眼で捉えることが出来ません。


 けれど、あの魔獣から発せられていた光はわたしの右側方を通り、後ろを回って背中へと繋がっていました。


「なるほど、背後を狙うなんてやっぱり卑怯ですね」


 ですから、その前に止めてあげましょう。


 わたしは右の足元に向けて腕を振り上げます。

 

「――力強化ストレングスアグメント!!」


 ――ゴンッ!!


 その腕の先に魔獣の姿が現れます。


「ゴビュッ!?」


 わたしに押しつぶされたエヴィルボアは悲痛な鳴き声を上げ、動きを止めます。


 一瞬にして圧壊された体は、程なくして光が放散するようにして消えていきます。


「た、倒しましたの……?」


「はい。わたしの魔術でも何とかいけました」


「で、ですが……エメさん。見えないはずじゃ……」


「動きは見えません。けれど、魔法や魔術には必ず魔力の流れがあります。それを追ったんです」


「なにを言って……」


 お腹を抱えながらリアさんは立ち上がると、エメさんはわたしの顔を見て表情を変えます。


「貴女、その眼……なぜ光って……!?」


 わたしの眼は魔力を通すと青白い光を放ち、同時にある能力を発現させます。


「この眼は、魔力が見えるんです」


 わたしとシャルに魔法を教えてくれたイリーネは、これを“可視の魔眼”と呼んでいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る