第18話 新旧の御料理番頭、三人衆①
番兵、調達番、商人が行き交うそこで、紫乃は
「おぉ……」
「どうだい姐さん。これが天栄宮名物、明けの荷物だよ」
「凄い……!」
巨大な荷車には山のように食材が乗せられ、重みで軋んでいた。
野菜、卵、魚、肉と種類別に荷車が列を成して門から堀を越え、橋を渡りやって来る。紫乃は近寄ってそれを見つめた。
蔵の前で指示を飛ばしていた男が伴代に気づき、振り向いて声をかけてきた。筋肉の逞しい四十代ほどの男で、太い眉毛が特徴的である。
「おはよう、伴代。その子はどうした?」
「あぁ、新しい
「お前の代わりに、その子が御料理番頭に?」
「そうだ」
言って伴代は紫乃の肩をポンと叩く。
「言っておくが、料理の腕は天才的だ。
「お前がそう言うなら、そうなんだろうがよぉ……プライドの高いお前が、よくぞ認めたもんだなぁ」
「俺は料理人だ。俺より美味い飯が作れる人間に敬意を払うのは当然ってモンだろう」
「成長したな、
「俺だってもう三十五歳だ、落ち着くに決まってんだろ。姐さん、こいつ食材の調達のまとめ役だから、仲良くしておいて損はないぜ」
「おう、よろしくな、紫乃さん」
「よろしく」
差し出された右手を握ると、がっしりした厚みのある手のひらが紫乃の手を包み込んだ。
伴代は握手する二人を見ながら荷台をぐいと指し示して説明をした。
「この食料蔵には毎朝新鮮な食材が
「わかった」
そんな話をしていると、一人の老人がこちらに近寄ってくる。
まるで枯れ木のようにやせ細り、今にもぽっきりと折れてしまいそうなほど痩せこけた老人だったが、足取りはしっかりとしている。ボサボサの白い眉毛の間から覗くつぶらな瞳は力強く、間近まで来て立ち止まると
「早いのう、伴代。何をやってんじゃ?
「じさま」
伴代がじさまと呼んだ人物は紫乃に目を留めると首を傾げた。
「お前さんが誰かを伴ってくるのは珍しい。新しく入った下女か?」
「いや、昨日から俺の代わりに
「ほう!」
伴代の言葉にじさまは心から驚いている様子だった。腰を折り曲げ、紫乃をジロジロと見つめてくる。
「この娘が、お前さんの代わりの新しい御料理番頭とな?」
「そうだ。言っておくがな、料理の腕は確かだぞ。
「ほう!」
じさまは再び素っ頓狂な声を上げ、やはり紫乃を見つめ続けた。そして振り向くと、後方にいる誰かに大声で呼びかける。
「おぉい、
「…………」
ぬぅと荷台の側から現れたのは、紫乃より頭二つ分は背丈の高い男だった。厳しい顔つきで、角刈りの黒髪と顎にある傷が特徴的な四十代半ばの男だ。
のしのしと近づいてきた男は、のっぺりした顔にこれといった表情を浮かべず、
「俺は忙しい」
「あぁ、そりゃわかっておるわい。じゃが、ちいと耳を貸さんか。
「何?」
「
「紫乃だ。よろしく頼む」
「…………」
伴代の紹介と紫乃の挨拶に、男は大した反応を見せなかった。大柄な見た目と表情の乏しい男は、まるで岩のようである。
何も言わない岩男の代わりに伴代が紫乃にこっそりと耳打ちをした。
「悪い、旦那は無口なんだよ」
それから伴代は、枯れ木のような老人と岩男の間に立つと、二人の背中をバシンバシンと叩きながら明るい声を出す。
「この二人が姐さん以外の御料理番頭さ。人呼んで、
「まさか、お前さんが御料理番頭を降りる日が来るとはのう。娘や、出身はどこだ?」
「
「屹然!? あそこは人が住むような場所じゃなかろう」
「
「ほあ!?」
「…………」
紫乃の返事に朝餉のじさまは腰が抜けそうなほど驚き、昼餉の旦那も乏しい表情の中で目をわずかに見開いた。
「……失礼じゃが、料理の腕はどうなんじゃ?」
「私の料理は誰にも負けない自信がある」
「じさま。紫乃姐さんを御料理番頭に命じたのは他でもない、陛下ご自身なんだよ」
「なんと、まぁ」
じさまは首を振り振り、理解できないとでも言いたげにため息をついた。
「長生きしてると、色んな事が起きるのぉ。まあ、伴代が認めたなら、儂らから言う事は何もないわい。夕餉の。
「…………」
じさまの脅すような言葉に昼餉の旦那もゆっくりと首を縦に振った。
「肝に銘じておく」
「ほっほ。いい返事じゃ」
じさまは長く白い口髭を揺らしながらそう言うと、「じゃ、食材を見に行くとしようかの」と言い、率先して荷台の列に近づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます