ハンクの結婚

 いきなりのことに驚いたが、ハンクから経緯を聞いて納得した。

 彼にしては珍しいことで、少し恥ずかしそうに話すのが印象的だった。


 ――ハンクが修繕を行った家の一つにサユキの家があった。


 何度か顔を合わせる中で彼女の両親はハンクの人柄を気に入り、娘の婿になってほしいとプッシュしたらしい。

 ここまで見た限り、来る者は拒まず去る者は追わずな性格なので、きっと快諾したのだと思った。


「ハンク、おめでとう。こんな美人がお嫁さんだなんて……でも、この子の方がけっこう年下よね」


「あれ、今って何歳でした?」


 俺とアデルはハンクの年齢について問いかけた。

 伸びたひげと貫禄ある面構えを考慮して、四十歳前後と捉えているが、詳しいことを聞いたことはない気がする。


「年齢は関係ありません。ハンクさんはお優しい方なので」


 サユキが答えようとしたハンクの声に重なるように言葉を発した。

 見た目は若い町娘といった雰囲気だが、彼女なりの意志の強さみたいなものが垣間見えた気がした。


「そういえば、そば屋に案内するんだったな。この近くだから行こうぜ」


 ハンクが思い出したように口を開いた。


「いいですね。サクラギのそばはお気に入りなんですよ」


 俺たちはその場を離れて、ハンクの案内で近所のそば屋に移動した。

 軒先から店を眺めると江戸時代の民家という感想を抱いた。

 前にミズキに案内されたのとは別の店だった。


「ここだ。昼時で客が多そうだが、どこか空いてるだろ」


 ハンクは率先して中に入り、席を確認してくれるようだ。

 少しすると彼が戻ってきて、店の中に入るように促された。 

 

「いらっしゃい!」


 給仕は女将さんという呼び名が合いそうな人で、忙しそうに料理を運んでいる。

 

「さあ、あそこに座ろう」


 店の奥のテーブル席が空いており、ちょうど四人掛けだった。

 順番に席に着いたところで、先ほどの人が湯吞みを持ってやってきた。

 周りから女将さんと呼ばれており、抱いた印象は合っていたようだ。


「ハンクちゃん、毎度どうもね」


「おう、今日は仲間を連れてきたぜ」


 ハンクが仲間と呼んでくれたことに感慨を覚える。

 自分のことを認めてくれていることは知っているが、実際に誰かに言っているのを見るのは気持ちのいいものだ。


「ここはざるそばが美味いからおすすめだぜ」


「じゃあ、俺はそれを一つ」


「私もそれにするわ」


 俺とアデルが注文した後、ハンクとサユキもざるそばを注文した。

 女将さんが離れてから、湯吞みに入ったお茶をすすった。

 ホッとするような温もりのある緑茶だった。


「そういえば、ハンクはこの町に残るんです?」


「バラムに長期滞在するまで、諸国漫遊を続けたからな。当面はサクラギに落ちつこうと思ってる。ここは飯が美味いし人もいい。それにサユキもいる」


「早速、惚気かしら」


 アデルがからかうように笑い、サユキは柔らかな表情で微笑んだ。

 仲間たちとの和やかな雰囲気に心が安らぐ。


「はい、お待ちどおさま」


 女将さんが続々とざるそばを置いていく。

 あっという間に人数分の料理が並ぶ。


「そうそう、新鮮なからし菜をお裾分けしてもらったから、天ぷらにしたのよ。よかったら食べて」


 テーブルの上に揚げたての天ぷらが盛りつけられた皿が置かれた。

 衣がきれいに膨らみ、美味しそうな見た目をしている。

 女将さんは料理を出し終えると、ごゆっくりと言って離れた。



「さっき、ミズキさんたちと自称盗賊を捕まえたところで、その辺りにからし菜が生えてたんですよ」


「ほうー、そいつは面白い話だな」


「さあ、食べるわよ」


「そうですね」


 俺たちはざるそばと天ぷらを食べながら、からしの一件や盗賊の件について話した。


「よその国の盗賊に比べたらかわいいもんだ。徒党を組むのは当たり前で、他人に容赦はないのが当たり前だからな」


「ハンクさん、他国ではそんな危ない方たちがいるのですか?」


「サクラギは平和だから想像つかないよな」


「盗賊について義賊気取りの変な人がいると噂になりましたが、サクラギでは盗人自体も稀なものですから」


 サユキは箸を止めて、興味深そうに話している。

 ミズキや従者のアカネなどの例外を除いて、サクラギで諸国を巡る例はそう多くはないのだろう。

 それに加えて地元の人から直接聞くと、治安のよさが実感できると思った。

 

「ねえ、ハンクがサユキを新婚旅行に連れていってあげれば?」


「うーん、何だその新婚旅行ってのは?」


 当然ながらここは異世界で、地球におけるハネムーンの概念はないはずで。

 アデルは博識であるため、どこかの国の文献か何かで知ったのだろう。


「新婚の夫婦が互いの仲を深め合うのに旅をするのよ」


「アデルさん、それは素敵ですね」


 サユキはアデルの話を目を輝かせて聞いている。

 同性同士ということもあってか、でしょうでしょうと意気投合した。


「アデルは旅慣れすぎていて参考にならねえが、マルクはどう思う? モルネアは治安が悪くてサユキと行くのに不向きだが、どこかいいところはあるか?」


「そうですね。ランス王国は平和ですけど、ここから遠い上にモルネアを迂回するのは遠回りですから、ヤルマがいいと思いますよ。南国で観光客向けなところもありますし、何より穏やかな土地なので」


「おお、そうか。ヤルマがいいか」


 ハンクはこちらの提案をうれしそうに聞いていた。

 彼はヤルマに行ったことがないので、興味が湧いたのかもしれない。


「町の修繕に区切りがついたら、二人でヤルマに行ってみようと思う。サユキはどうだ?」


「はい。ハンクさんと一緒ならどこへでも」


 そう言ったサユキの顔は穏やかで、とても幸せそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る