勘違い義賊
四人でからし菜の近くに行き、野草採りの感覚で採取を始めた。
からしの製法について詳しくないのだが、どうやら葉の部分ではなく種子を加工することで、ピリ辛なからしができるらしい。
ミズキに教わりながらからし菜を採り始めたところで、近くの小屋からゆらりと人影が出てきた。
「お前ら、からし屋の回し者か」
男は浪人のような風貌で右手に小刀を持っていた。
剣吞(けんのん)な男の様子に緊張が走る。
「この方はゼントク様の御子女ミズキ様である。御前での狼藉は許さぬ」
「……えっ、ウソだろ」
男はアカネの気迫に圧倒されたのか、小刀を地面に落とした。
人間相手に戦いたくはなかったので、あっさりと決着したことに胸をなで下ろす。
「うーん、これで信じる?」
ミズキは鞘に刀が収まったまま、帯からするりと引き抜いた。
すぐには彼女の意図が分からなかったが、そこに家紋のような刻印があることに気づく。
「ひえぇ、大変失礼しましたっ」
男は地面に伏して非礼を詫びている。
憐れに思えるほどに恐縮していた。
「そういうのいいから。ほら、頭を上げて」
「へ、へい、そうおっしゃるなら」
「あなたの名前は? ここで何してるの」
ミズキは寛容な態度で男に接している。
当主の威光を目の当たりにすると、姫という立場の影響力をひしひしと実感する。
あるいは彼女がフランクなだけで、本来はこうなのかもしれない。
「あっしはキイチと申しやす。恵まれない人のために盗んでは配っていたんですが、足がついて投獄されやした。今はからし屋が相場を上下させて不当な利益を得ていると聞きやして……からし菜の採取を邪魔してやす」
キイチは二十代半ばぐらいに見えるのだが、年齢など関係ないようで十代後半のミズキに低姿勢で話している。
雲の上の存在である彼女と話せることがうれしいようで饒舌だった。
「うーんと、サクラギに貧しい暮らしをする人なんていた? というか、からし屋が相場を操作しているなんてホントなの?」
ミズキは困惑した表情でアカネを見た。
そんな主君に反応するように従者は小さくせき払いをした。
「姫様、この男は町で人気の『がんばれゴウエモン!』に悪影響を受けたように見受けられます。あの物語に描かれる義賊は架空のことなのですが……。からし屋の件(くだり)は米問屋の回をサクラギで起きた相場の上下にこじつけているように思います」
アカネは冷静に説明しているが、いつもほど淡々とした様子は見られない。
キイチが義賊気取りになった背景を察していても、理解に苦しんでいることが見て取れる。頭が痛いといった表情だ。
「これは……蚊帳の外ですね」
「サクラギの文化を理解しているつもりだけれど、『がんばれゴウエモン!』なんて絵巻があるのね」
俺はアデルと言葉を交わした。
彼女もこの状況に理解が追いつかないようだ。
仕方なく二人でからし菜を探り始めた。
「マルク殿、この男を牢へ連れていく。素人の種取りは難しい故、採取は職人に任せた方がよかろう」
「それじゃあ、俺たちも戻ります」
「私もそうするわ」
男は観念しているようで、抵抗する様子は見られない。
当主一族の威光も効いているため、ミズキに逆らうこともないだろう。
こうして盗賊の件は解決して、からし菜は採取できるようになった。
城下町に戻った後、ミズキたちに盗賊を任せてハンクを探すことにした。
最後に地震があってから時間が経過しているため、破損した外壁や民家の修繕は進んでいるようだった。
あれから火山活動は落ちついているようで、揺れは起きていないらしい。
街の人にたずねながら通りを歩いていくと、休憩中の大工の人たちを見つけた。
当然ながらサクラギの人は黒髪なのだが、その中にがっしりした体格の緑色の髪をした男がいた。
「ハンク、元気そうですね」
「お……おお、久しぶりだな。旅から戻ってきたのか?」
「はい、ヤルマとフェルトライン王国に行ってきました」
「そっち方面は行ったことがないから、どんなところか興味があるな」
俺が立ったまま話をしていると、大工の人たちが座るところを用意してくれた。
アデルと二人でそれぞれに腰を下ろして話を続けた。
ハンクとの会話に懐かしい感覚を覚えた。
「――そろそろ、休憩が終わりだ。今日は昼までだから、昼飯を食いがてら続きを聞かせてくれ」
「分かりました。近くでお茶でもしてます」
俺とアデルは修繕の現場を離れて歩き出した。
「あまり話せなかったけれど、充実しているみたいでよかったわ」
「力仕事が多そうですね。別れた時よりも身体つきが大きくなってましたから」
Sランク冒険者の仕事にしては派手さがないものの、サクラギの人たちに役立っていて、本人も満足しているのならそれでいいと思った。
ハンクの現場から少し歩いたところに茶店があり、アデルと世間話をしながらすごした。
正午の鐘が鳴った後、先ほどの場所へと戻った。
「お疲れ様です」
「待たせたな。近所に美味いそば屋があるから、そこでもいいか?」
「いいですよ。……ところで、そちらの女性は?」
ハンクの傍らに和服美人が立っている。
単なる知人にしては距離感が近いがもしや……。
「はじめまして、サユキと申します」
「実はな、この子と結婚するんだ」
「「はっ!?」」
俺とアデルの声が重なり、ハンクは愉快そうに笑った。
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