庶民に扮する姫と忍者
俺たちは縁側で紅茶を味わった後、チグサの案内で本丸の入り口で待機した。
少しして朝食を終えたミズキとアカネが出てきた。
「お待たせー。何か用事だった?」
「はい。からし菜の件ってご存じです?」
こちらが投げかけるとミズキは首を傾げた。
すると、アカネがフォローするように割って入る。
「からしの原料が不足がちだったところへ、採取地付近に脱獄した盗賊が逃げたとのこと。からし菜とはからしの原料になります」
「脱獄のことは小耳にはさんだけど、そんなことになってたの」
ミズキは俺たちと同行していたので、サクラギの近況はそこまで伝わっていなかったのだろう。
アカネは律儀なところがあるため、不在の間の情報収集をしたことが想像できる。
「それで二人に協力してもらって、盗賊の捕縛をできないかと思いつきました。あとは屋台の主人もおでんにからしがないのは残念だと」
「相場が上がっていることは承知している。拙者は助力しよう。姫様はいかがされますか?」
「脱獄はちょっと気になってたし、からしが高騰するのは気の毒だから手伝っちゃおう!」
「よかった。助かります」
俺が感謝を伝えると、ミズキとアカネは互いの衣服を見合った。
そして、ミズキは小さいため息を吐いた。
「これだと目立っちゃうなー。アカネは動きにくそうだし」
ミズキは姫という立場もあってか、旅の時の西洋風のものではなく、和の意匠の着物に近い衣服を身につけている。
アカネも主君に合わせるように控えめな色の和装だった。
当然ながら城内では主従関係が明白な必要があるようで、アカネの方が質素な服装をしている。
「着替えは城にあるから、ちょっと待ってて」
「分かりました。この辺りで待ってます」
ミズキとアカネは小走りで城内に戻っていった。
「二人以上に俺たちは目立ちますね」
「開き直りが肝心よ」
「なるほど、説得力があります」
アデルは赤髪のエルフである以上、美食家という肩書きも相まって、衆目に晒されやすいのだろう。
他人の目など気にしないという豪胆さも、彼女を高みへと押し上げる要素なのかもしれない。
見習わなければならないことがたくさんあると思った。
ミズキを待ちながら城内を眺めていると、ずいぶんと落ちつく感じがした。
こういうことがあると転生前の記憶が妄想の類ではなく、たしかに存在したのだと実感できて安心する。
振り返れば、アルダンの武器屋で日本刀を作る人に出会った辺りから、確信めいたものを感じるようになった気がする。
着物を脱いで着替えるのは時間がかかるようで、予想よりも経過した後にミズキとアカネが現れた。
馬子にも衣裳という言葉があった気がするが、質素な服を着ていてもミズキの華やかさはそこはかとなく感じることができる。
ちなみにアカネも町娘っぽい服装ではあるが、細く長い手足や端正な顔立ちであることで、結局は目を引きそうな気がした。
「アカネとどの服が自然に見えるか話していたら、時間がかかっちゃった」
ミズキは反省しているようだが、どういうわけかアカネから鋭い気配を感じる。
なるべく目を合わせないようにしたところで、彼女が話しかけてきた。
「マルク殿、もしや姫様に劣情を抱いたか」
「いや、そんなことは」
「ちょっと言いがかりはよしなさいよ。あなたたちが着替えても目を引きそうだから、マルクは戸惑っているだけだと思うけれど」
「……はい、その通りです」
俺とアデルの反応を知って、ミズキとアカネは愕然とした表情を浮かべた。
「あんなに時間をかけたのに……」
「姫様、どうかお気を落とさず」
美しい主従関係だが、こうなっては二人には今の服装で行ってもらうしかない。
脱獄した盗賊が一人ならば何となる気がする……あるいは楽観的すぎるか。
気まずい空気になりそうだったので、話題を変えることにした。
「これ以上大所帯になると目立ちますし、ハンクは呼ばなくてもよさそうですね」
「ハンク殿なら修繕に精を出されていると耳にした。城下町の大工から好評のようで、こちらに来てもらうまでもない」
「アカネさんがいれば何とかなりますよね。レイランドの人たちが手を焼いていたデックスを捕まえたぐらいだし」
こちらが褒めるとアカネは少し恥ずかしそうにした。
気づいているのは俺だけだったが、あまり言及すると関節技をされそうで見ないふりをする。
話がまとまったところで、俺たちは城門から外へと出た。
今回はレイランドの時と異なり、地理に詳しいミズキとアカネが案内する。
からし菜の採取地は郊外の土手だった。
近くには中規模の川があり、釣り人が使うという小屋が散見される。
脱獄した盗賊はそのうちのどれかに潜んでいるらしい。
「今日はいい天気ですね。朝晩は冷えこむので、今は冬でしたっけ?」
思わず緊張感のない言葉が出てしまった。
うららかな陽気にほっこりしてしまう。
「サクラギには夏季と冬季があるけど、今は冬季だね。それ以外の時期は温暖だよ」
こちらの疑問にミズキが答えてくれた。
そのまま周囲を窺っているとアカネが口を開いた。
「拙者の集めた情報によれば、からし菜を採ろうとすると妨害する男が現れるとのこと。あるいは例の盗賊と同一人物かもしれませぬ」
「ほらあそこ、からし菜が生えてる」
情報が錯綜しているのか、ミズキが指したところには菜の花のような植物がいくらか生えている。
盗賊の件さえ片づけば、からし菜自体は手に入りそうだ。
それからミズキの提案で試しに採取してみることになった。
情報通りなら盗賊が出てくるはずだ。
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