隠れ家での作戦会議

 互いに自己紹介を終えた後、ロミーが人数分のお茶を持ってきてくれた。

 温かいマグカップと浮かぶ湯気のおかげで、いくらか気持ちが落ちついた。


「レイランドの市場で売っているハーブを組み合わせたものです。お口に合えばいいのですが」


「ありがとうございます。いい香りがしますね」


「気に入って頂けたのならうれしいです」


 モリウッド氏本人をまだ見てはいないが、娘のロミーは人当たりがいいように見えるので、父親の方もそこまで悪人というわけでないのかもしれない。

 俺は会話が途切れたところでマグカップの取っ手を掴んだ。


 お茶を口に含むと初めて経験するような味わいだった。

 さわやかな風味が口の中に広がり、フルーティーな香りがしている。


 お茶を味わった後、ギュンターが頃合いを見計らったように口を開いた。


「アカネはデックスの手下を一網打尽にできると言ったが、こっちで何を用意すればいい?」


「ふむ、そうだな……。街の地図は必須で、あとはデックスの手下だと確信できる者を教えてくれると助かる。その者を足がかりにすれば、あとはどうにでもなる」


「はっ、大した自信だ」


 ギュンターは皮肉とも賞賛とも取れる言葉をこぼした後、椅子から立ち上がってどこかに向かおうとした。


「地図を探す。少し待ってくれ」


「承知した」


 アカネは短く返事をした後、テーブルの上に手を組んで顔を乗せた。

 表情に大きな変化はないものの、何かを考えているように見える。

 ミズキはそれを察したようにアデルと話している。


「できたら知りたいんですけど、モリウッド氏はどんな人ですか?」

 

 今後の参考のためにロミーにたずねた。

 彼女は壁際に立っていたが、俺の側の椅子に腰を下ろした。


「……父のことですか」


「何も知らないまま、この街の件に関わるのもしっくりこなくて」


 ロミーは何を話すべきかと考えるような間があった後、こちらにまっすぐな瞳を向けた。


「父は他店の買収をしたり、優秀な料理人の引き抜きをしたりしているので、一部の人たちはよく思っていないみたいです。人づてに悪い噂を聞いたこともあります」


「なるほど、普段はどんな感じか教えてもらっても?」


「忙しくしているので会える時間は短いですが、家族といる時は寡黙で普通のおじさんです。あとは強引に見える商売のやり方を変えるように、母と説得したことがありました。父は街のためにと譲らなくて……頑なにさせるだけなので、それ以降はその話をすることはやめました」


 彼女の話を聞いて、モリウッド氏のことを少し知ることができた。

 街のことを考えて突っ走ってしまうというのは起こりえることだと思った。

 本人の意志が強さ故に娘の意見を聞き入れようとはしないのだろう。


 ロミーと話すうちにギュンターが戻ってきた。

 その手には丸めた紙が握られている。


「待たせたな」


「構わん。地図の説明を」


「ったく、人使いが荒い」


 ギュンターはぼやきながらも、大きな地図をテーブルの上に広げた。

 俺とアカネだけでなく、この場にいる全員が地図に目を向けている。


「ここが今いる建物だ。それからここがすぐそこの通りに当たる」


「あの、何軒か印が記してあるんですけど、これには何か意味が?」


「それはデックスとつながりのある連中の目印だ。民家もあれば酒場もある。あいつらも間抜けではないから、外観で区別はつかないよう街に溶けこんでいる」


 彼の答えに頷きつつ、一つずつの印に目を向ける。

 だいたい十個ぐらいだろうか。


「すまぬが、紙と筆を貸してもらえぬか?」


「筆? インクペンでよければあるぞ」


「ふむ、それでよい」


 アカネはギュンターに頼んで、ハンカチぐらいの大きさの紙とペンを借りた。

 デックスの手下が潜むところを書き写すようだ。


「デックスとやらの手下をこの目で見ておきたいが、明るいうちは目立ってしまう。夜になったら案内を頼めみたい」


「手下からデックス、そこからさらに他の手下を潰そうってことか」


「やり方は教えられぬが、目的はその通りだ。姫様の名誉のために成果を上げてみせよう」


 ギュンターはアカネの自信が揺るがないことを悟ったようで、今度は短く頷いて返すだけだった。


「あのさ、あたしたちはデックスって人にマークされてる?」


 アカネの話が済んだところで、ミズキがギュンターにたずねた。


「警戒はしているだろうが、大っぴらに手は出せないはずだ。人目につく場所でよそ者に何かあれば、町長が主導している自警団に捕まるからな」


 これだけ大きな街なら冒険者はいそうなものだが、ここまで話題に出ていない。

 自警団が治安維持を担っているのかもしれない。


「どっちみち夜まで待つしかないんでしょ。だったら、アデルと一緒に街を見てくるから」


「夜には戻るだろうが、暗くなってからは治安が悪くなるところもある。あまり遅くならないように頼む」


「じゃあ、行ってくるね」


 ミズキはアデルの腕を引きながら、建物の外に出て行った。  


「アカネさんはどうします?」


「拙者は作戦をまとめておく」


「……そうですか」


 ここで夜まで待つのは退屈そうなので、何か暇つぶしになることを探した方がよさそうだ。

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