拠点への移動

 それから、俺たちはギュンターの提案で厩舎の近くに戻った。

 デックスが離れた直後に街へ入るのは危険ということらしい。


「モリウッド氏に会いに行くのは仕切り直しですね」


「そいつは仕方がない。とにかく、全員無事でよかった」


 ギュンターは疲れのにじむ声で言った。

  

「乗り気じゃないままついてきたけれど、厄介な相手みたいね」


 ずっと遠巻きだったアデルだが、おもむろに輪の中に加わってきた。

 とはいっても、どこか他人ごとのようにも見える。

 

「デックスの手下でも、大通りで大っぴらに手を出してくることはない。安全な道を通ってモリウッドさんのところへ案内する」


「作戦はそこに行ってからということね」


「その通りだ。エルフ殿」


 ギュンターが敬意を表したような言い方をしたことで、アデルが驚いたような表情を見せた。

 彼はそのことについて言及しないまま、どこかへと歩き出した。


「こっちから向かう。ついてきてくれ」


 俺たちはギュンターに続いて移動を開始した。

 最初に行こうとした道とは別方向のようだ。


「アデルにだけ、態度が違うように見えるんですけど」


 先導するギュンターの横に並んで声をかけた。


「赤い髪でアデルと言えば、美食家ということで有名だ。まさか、本人に会うきっかけがこんな時とは……皮肉なもんだ」


「彼女の存在はフェルトライン王国まで知れ渡っているんですか?」


 俺は戸惑いながらたずねた。

 ギュンターはさして特別なことではないという様子で会話を続ける。


「エルフ殿と美食談義をした物書きが何冊か書物にしている。この街で向上心のある料理人なら必ず目を通す一冊だ。各地を食べ歩いた経験から紡ぎ出される至言の数々……この件が落ちついたら、オレの一皿も食べてもらいたいもんだ」


 ギュンターはいかつい顔を緩めて、夢想するように遠くを見ている。

 アデルの知名度はともかく、彼がどんな料理を作るのか興味が湧いてきた。 


「実は俺、地元で料理店を営んでるんですよ。それでアデルが常連になって、旅の仲間になったという経緯があります」


「そいつは本当か? なかなかやるじゃないか」


「あまり見かけない料理なので、印象がよくなったのかもしれません」


「詳しく聞きたいところだが、デックスのおかげでそんな気分じゃない。騒動が解決したら、ゆっくり話すとするか」


 ギュンターは寂しげな表情を見せた。

 少しずつではあるものの、彼のことを理解できた気がする。


 厩舎付近を離れて少し経ち、今度は市街地の一角に入った。

 地面の石畳はこまやかに整備されていて歩きやすい。

 徐々に人通りが増えて、活気が感じられるようになった。

 

 周囲に不穏な気配はなく、デックスの手下がいるようには見えなかった。

 ただ、そうだとしも注意を向けることは怠らない。


「このまま市民の多いところを通る。そうすれば、デックスも易々とは手が出せない」


「分かりました」


 ギュンターは周りの様子に目を光らせている。

 警戒を怠っていないようなので、彼に任せておけば安心だと思った。


 道行く人たちの装いはバラムとは異なる雰囲気を感じた。

 バラムでは金髪の人が多いのに対して、こちらではオレンジ色の髪の人が多い。

 とはいえ、街が発展していることを除けば大きな違いはないようにも見える。


「せっかくなので散策したいところですけど、デックスを成敗するまでは難しいですね」


「今回の件が解決したら、美味い店につれてってやる。それぐらいの礼はさせてもらうつもりだ」


「それはいいですね。楽しみにしています」


 ギュンターは取っつきにくい印象があったが、アカネがデックスを何とかすると申し出たこともあり、態度を軟化させつつある。

 

 街の様子に注意を向けながら歩いていると、ギュンターが一軒の建物の前で立ち止まった。

 

「ここで作戦会議だ。中に入ってくれ」


 俺たちはギュンターに促されて、順番に中へと入っていった。


 外観と内装を見た感じでは、二階建ての宿屋のような雰囲気だった。

 人の出入りがあるようで清潔感はあるものの、営業しているようには見えない。


 俺と仲間たちが入ったところで、ギュンターも入ってきた。

 彼は追手がいないかを確かめた後、慎重な手つきで扉を閉じた。


「途中まで監視されたかもしれないが、近くには手下らしき人影はなかった」


 ギュンターは部屋の奥に足を進めて、大きなテーブルに沿うように置かれた椅子に座るように促した。

 俺たちが着席して、彼もその中の一つに腰を下ろした。


 椅子に座った状態で室内を見渡す。

 ここは無人かと思ったが、いくつかある扉の一つが開いた。

 そこから二十歳ぐらいの若い女性がやってきた。


「彼女はモリウッドさんの娘のロミーだ」


「はじめまして。あなたたちは旅の人かしら?」


「はい、そんなところです」


 ロミーは俺やアデル、ミズキやアカネのことを珍しそうに眺めた。

 レイランドの出身ならば、ランスやサクラギの人間を見る機会はほとんどないのだろう。


 モリウッド氏は悪徳商会の親玉のようなイメージがあったが、娘であるロミーは気品と素朴さを合わせ持つような雰囲気だった。

 オレンジ色の髪は背中の途中まで伸びており、頭の上には愛らしいリボンをつけている。

 服装に目立つ点はなく、ブラウスにスカートという出で立ちである。


「ロミー、ヤバいことにデックスを見かけた」


「そんな……みんなで協力して追い出したのに」


「心配は無用だ。この人たちが力を貸してくれる」


 ギュンターはロミーを安心させるように、優しげな声で言った。

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