モリウッド側の言い分
アカネは御者台から飛び下りて着地すると、素早い足運びでならず者たちに接近した。
目にも止まらぬ速度で向かってくる忍びに、男たちは反応できなかった。
瞬く間に一人、また一人とのされていく。
「おおっ、相変わらずすごい」
彼女の実力をすでに知っているわけだが、それでも感嘆の声が漏れる。
いわゆる峰打ちをしているようで、目立つ出血もなく男たちは気絶したように倒れている状況だ。
カールはそこまでの手練れだったとは思いもしなかったようで、口が半開きになった状態で唖然とした表情になっている。
「残るは一人だ。この男はどうする?」
アカネにしては珍しく大きめの声を出していた。
普通の声では聞こえない距離なので、おかしいことではないのだが。
「じゃあ、そっちに行きます」
牛車の傍らを離れて向かおうとするとミズキが下りてきた。
彼女は楽しそうな様子で満面の笑みを浮かべた。
「いやー、アカネは見事だね。主君のあたしが見ても惚れ惚れしちゃう」
「冒険者なら確実にAランク以上の強さですよ。どう鍛えたらあそこまでなるのか」
俺はミズキと言葉を交わしつつ、アカネと先ほどのリーダー格の男へと近づいた。
「……ちっ、お前らは金で雇われたのか」
男はならず者めいたいかつい感じは薄れており、怯んだ様子を見せている。
アカネの強さを目の当たりにすれば当然のことだろう。
「いや、そういうわけじゃないんですけど……。そっちとカールさんで言い分が食い違うので、モリウッド氏のところへ同行してもらえますか?」
そう提案すると、男は気を失った仲間たちに視線を向けた。
「心配ない。しばらくすれば目を覚ます」
アカネは男の心境を察したように、吐き捨てるように言った。
ミズキの家臣だけあって、正義感の強さからならず者には厳しいようだ。
「カールの野郎と同じ客車に乗るってのは気が進まないが……」
まだ話していない事情があるのだろう。
男はカールさんに対する不信感を隠そうとしない。
「とりあえず、途中までは俺と歩いて移動すればいいんじゃないですか? どっちみちレイランド方面に戻る予定だったでしょうし」
「……お前らの言うことを聞かないといけないのか」
ならず者の矜持を示さんとばかりに男は反抗的な態度になりかけた。
しかし、アカネがちらりと視線を向けただけで震え上がり、しぼみ上がるようにおとなしくなった。
「まあまあ、そっちの言い分も聞くので、ここは折れてほしいかなと」
「……分かった。モリウッドさんのところへ案内する」
「ふぅ、よかった。交渉成立ということで」
俺は男と二人で気絶した男たちを道脇に運んだ。
全員を運び終える頃には、何人かが意識を取り戻していた。
「アカネさんは引き続き、牛車をお願いします」
「承知した。マルク殿は遅れずについてくるように」
「言うまでもないですけど、あんまり加速させないでください」
こちらの言葉にアカネは無言で頷き、牛車へと歩いていった。
彼女が牛車を動かすのを待って、その後ろに続くかたちで歩き始めた。
「ええと、名前を聞いても?」
「……ギュンターだ。お前は?」
「名前はマルク。旅の途中でフェルトライン王国へ来ました」
俺が名乗り終えると、ギュンターはこちらを一瞥してから正面に視線を戻した。
「ただの旅人じゃないな。冒険者上がりか」
「そんなところです」
ギュンターは威圧感があるものの、悪人というわけではないのかもしれない。
カールに対する怒りのような感情は冷めていないようだが、俺たちに危害を加えようとはしないのだ。
「カールの件、信じられないかもしれないが、お前には話しておこうと思う。少しは聞く耳を持ちそうだからな」
「できれば、聞いておきたいですね」
ギュンターはふっと息を吐いた後、遠くを見るような目で話し始めた。
「元々、カールはモリウッドさんの系列店で働く料理人だった」
「えっ、そうなんですか!」
「まあ落ちつけ。先はまだある」
俺はギュンターに頷いて見せて、話の続きを促した。
「カールは誰もが腕を認める料理人で、モリウッドさんも信頼を寄せていた。あいつが任されていたレイランドの店は大繫盛だった。このまま、街で料理人を続けると誰もが思っていたが、妻を連れて田舎町で店を始めると言い出した」
カールさんとギュンター、どちらの言い分が真実なのかは半信半疑だが、ギュンターの話は信憑性があると思えるように筋道がある。
「モリウッドさんは引き止めようとしたが、あいつの意志は固く、レイランドから田舎町へ引っ越すことになった。事件が発覚したのは数年経った後だった」
「……事件ですか?」
「モリウッドさんは莫大な資産を保有していて、ごく一部の側近しかその場所は知らない。ある時、あの方は保管した金が減っていることに気づいた」
ギュンターは表情をさらに険しくして、牛車の方に鋭い眼光を向けた。
「当初、モリウッドさんはカールをかばおうとした。しかし、関係者が調べた結果、あいつ以外に考えられないとなった」
「まさかそんな……。カールさんが盗むなんて」
「オレも事実に行きついた時、信じられなかった。だがな、カールが密かに隠し場所を調べていたことは判明している」
ギュンターの言葉からは誇張が感じられなかった。
ことがことだけに、十分な調査をもって導き出されたことなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます