勇者にはなれない
「出来たわよ〜」
そう言って料理が私とミュレの前に並べられる。正直二人で食べる量じゃないね。
「ふふふ、久しぶりだから張り切っちゃったわ」
「すごい美味しそうだけど、よくこれだけの食材があったね」
ミュレのお母さんは、どれぐらいの時間かは知らないけど、動けない状態だったんだよね。じゃあ、お金とかもミュレが頑張ったとしても、そこまで稼げるとは思えないし。
「リブおじさんが、毎日作ってくれてたんだよ」
「リブおじさん?」
「あ、あの門番の人だよ」
なるほど。だからちゃんと怒ってくれたってことかな。
「ふふ、リブの分の料理も入ってるのよ。いつものお礼としてね」
「なるほど。だからこんなに……それにしても多いと思うけど」
「張り切りすぎちゃったわ」
恥ずかしそうに微笑むミュレのお母さん。子持ちとは思えないね。
「あ、名前教えてくれたりしない?」
「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私の名前はミナよ。よろしくね」
ミナ。呼び捨てにするのは流石にまずいかな。でも、ティアとしてのプライドがっ! ……よし、名前はさん付けで、言葉遣いは普通にしよう。最低限の妥協だ。
リブは……呼び捨てでいいや。
「こっちこそよろしく、ミナさん」
名前をさん付けで呼ぶだけで、全然違う……気がする!
「ティアちゃんとミュレは先に食べちゃってね。私はリブが来てから食べるわ」
それじゃあ遠慮なく――
「私も待つよ! お母さんと一緒に食べたい!」
……あれぇ? この状況で私だけ食べるのは気まずくない?
「お腹すいてるでしょ? 無理はしなくていいのよ」
「大丈夫!」
「ふふ、それじゃあ、ミュレも一緒にリブのことを待とうね」
「うん」
流石に最強のティアでも、この状況で食べるのは……ちょっと、いや、かなりきつい。こんな美味しそうな料理を目の前に置かれてるのに! くっ、もしやミナさん、最初から私を精神的に追い詰めるのが狙いだったのか! なんというやり手。この私を追い詰めるなんて。
そんなわけないけどさ。私の捨てきれない厨二病心が、こうやってたまに出てきちゃうんだよね。
「なんか、このまま食べるのはすごい気まずいから私も待つね」
「ティアちゃんは食べてても大丈夫よ?」
「いや、私は、そんな勇者にはなれないから」
「ティアお姉ちゃんも一緒に待つの?」
「うん。待つよ。ミュレも一緒に食べようね」
「うん!」
「随分仲がいいのねぇ」
あ〜、いい匂いだなぁ。はやく来ないかなぁ……多分ミナさんは何となくリブが来る時間帯が分かってるから、今ご飯を作ったはず。だったらもうすぐ来るはずなんだ。もうすぐ……もうすぐ……お腹すいたぁ。
それから5分ぐらい経った。突然扉が開き、リブが顔を覗かせる。
「ミ、ミナ! 起き上がって大丈夫なのか!?」
リブは私を視界に入れるより先にミナさんを視界に入れ、直ぐに驚いた様子で、そう聞く。
そしてどうやったのかは分からないけど私に直してもらった的な説明をミナさんがしている。そこでリブはやっと私の存在に気がついた。一応手を振っておく。
「やっほ〜」
「ティアちゃん……ミュレだけじゃなく、ミナまで……この――」
「じゃあ早く席に座って? お腹すいたから」
リブがこのお礼は――的な事を言おうとしていることを察知した私は、席に着くことを急かす。リブを待っててお腹すいてるのは事実だし、早く食べたい。人参ぶら下げられた馬の気持ちなんか知りたくなかったよ。
「あ、いや……」
「まだティアちゃんの事をあまり知っている訳ではないけど、ティアちゃんは少し変わってるから、ね?」
なんかミナさんが私にウィンクしてきた。そしてリブに早く席に座るよう促す。……なんか馬鹿にされた気がする。別に私は普通だよ普通。変わってなんて……無いとは言えないけど……うん。やめとこ。考えたらダメなやつだ。
「いただきます」
私は手を合わせ、食べ始める。控えめに言って美味しい。私以外の日本人が食べたらどう思うかは知らないけど、少なくとも毎日カップ系かコンビニ弁当を食べてた私からすれば、めちゃくちゃ美味しい。これで材料が限られてる? ミナさん天才じゃん。
「凄い美味しい!」
「美味しい!」
私は正直にそう口にし、ミュレもそれに続く。
「久しぶりだったけど、口にあったようで良かったわ」
「お、俺も食べるぞ! 久しぶりのミナの手料理だ!」
リブが凄い勢いで食べてる。確かにこれはちょうどいい量なのかもしれない。むしろ私の分まで食べられそうな勢いなんだけど!? 私も早く食べちゃお。
てかずっとベッドの生活だったんなら筋肉とか衰えてないのかな? あ、よくよく見ればあそこに置いてあるの何かの魔道具じゃん。どういう効果があるのかは分からないけど、それを使ったのか。ふふ、私レベルになれば見ただけで魔道具だって分かっちゃうんだよね。効果までは分からないけど。特にあの魔道具はゲームの世界になかったやつだし。
「ふふ、二人ともそんなに急いで食べなくても大丈夫よ?」
「……リブの勢いがすごくて、私の分まで食べられるかと思ったから、つい」
「た、確かにミナが元気になったのが嬉しくて、一気に食欲が湧いてきたのを否定する気は無いが、流石に人の分までは取らないぞ」
私は人じゃなくて吸血種だから取られる可能性があったってことだよね。うん。違うね。
てか、今の私の馬鹿な考えのお陰で、隠蔽魔法を掛けた方がいいかもしれないって思えてきたんだけど。だってよく考えなくても私人間じゃないし。この世界の吸血種が人間たちにとってどんな存在か分からないしね。んー、レベル差で鑑定のスキルを使われたとしてもレジストされるかな? でも私と同じぐらいのレベルの人が確定で居ない訳じゃないし……一応掛けとくか、隠蔽魔法。もし、私と同レベルの人に鑑定されたら意味をなさないけど、何かアイテムとかでの鑑定の場合は効果を発揮するはず。こんなことなら隠蔽スキルをちゃんと取っとくべきだったかな。
よし、難しいことは、また今度考えよう! 今は目の前の料理に集中だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます