無気力な令嬢は幸せを信じない~七度の人生で悲惨な死を遂げたので、八度目は希望など抱けません~
渡琉兎
第1話:転生と目覚め
――彼女は悲惨な死を経験した。
それも一度ではなく、七度の人生で六度の悲惨な死を経験したのだ。
そんなことがあり得るのかと思わなくもないが、これは彼女が前世の記憶を有したまま、次の人生を歩んできたからに他ならない。
本来であればあり得ないことなのだが、彼女に限って言えばそれが起きてしまっていた。
一度目の人生では商家の末の娘。
二度目は平民、三度目は貴族令嬢。
四度目は男性騎士、五度目は奴隷、六度目は大魔導師。
そして七度目の人生では皇女として生を受けたのだが――今回も彼女は血を吐き、悲惨な死を遂げようとしていた。
(……あぁ……こんなことなら、生きようだなんて思わなければよかった)
彼女の脳裏には、これまでの悲惨な死の一つひとつが浮かんでは消えていき、精いっぱい生きようとしていた自分を呪い始めていた。
常に今世では幸せを手にしてみせると、そうでなくとも平凡な死を遂げてみせると、そう願いながら生にしがみつこうとしていたが、どの人生でも上手くはいかなかった。
(……もしも八度目があるのなら、今度は生きることを諦めよう。最初から、努力する価値なんてないんだから)
毒を盛られたのか、誰もいない薄暗い自室の床に倒れながら、咳き込むたびに純白の絨毯が真っ赤な血で染まっていく。
テーブルには倒れたグラスから水が滴っており、薄れていく視界に水たまりが映ると、自嘲の笑みを浮かべながらズルズルと体を引きずり近づいていった。
(……どうせ助からないのなら、さっさと死んだ方が、マシだわ)
毒が混入されていると知っているが、彼女はあえて水たまりに口をつけ、呼吸もままならない状態で一気にすすり飲み込んだ。
「……がはっ! ぐううううぅぅっ!!」
焼けるような喉の痛みが、そして腹の中から突き刺されるような激痛が彼女を襲い、大量の血を吐き出した。
(…………早く、死んでよ。……私の……から……だ……)
こうして、皇女として生を受けた七度目の人生は、一五年という短い人生で幕を下ろした。
◆◇◆◇
――……んぎゃあ! んぎゃあ!
とある公爵家の一室に、新たな生が誕生した。
仲睦まじい夫婦と男兄弟が二人。そこに生まれた新たな命は公爵家が熱望していた、女の子だった。
(……あぁ。また、苦痛へとつながる人生が始まってしまったのね)
この世に生れ落ちる最初の瞬間だけは自分の理性に逆らえず泣いてしまったが、一度記憶が定着してしまえば、あとは彼女次第となる。
ピタリと泣くことを止め、彼女を取り上げた産婆は何かあったのではないかと慌てふためいていた。
「あなた! 生まれたわ、女の子よ!」
「あぁ、見ているよ! はは、なんてかわいらしいんだ。まるで、天使のようだ」
生まれたばかりの彼女を見つめながら、夫婦は手を取り合って嬉しそうに微笑んでいる。
(……どうせあなたたちも、私を悲惨な死へと追いやるんでしょう? 私には分かっているんだからね)
一方で彼女はというと、微笑んでいる夫婦のことを最初から信用しておらず、冷めた感情のまま産婆の健康診断を受けていた。
「……問題はなさそうなのですが……泣きませんねぇ」
「だ、大丈夫なのですか?」
「健康上の問題は一切ないようです、ウェイン様」
(……これは魔法かしら? ということは、貴族家?)
魔法による健康診断はお抱えの魔導士を所有している王侯貴族だけの特権だと、前世の記憶から考えていた。
「問題がないのであれば、大丈夫ですよ」
「し、しかしだなぁ、レティシア。フォトン家に生まれた初めての女の子なんだぞ? もっと慎重に検査を……」
「生まれた時には泣いていたじゃない。そうでしょう、レイニー」
(……レイニー? それが私の、今世での名前なのね)
八度目の人生をフォトン公爵家の末の長女、レイニー・フォトンとして生きることになった彼女は、内心で小さくため息をつく。
(……偽りの愛なんて、いらない。私に必要なのは安らかな死。もしくは、誰もかかわらない、静かな人生よ)
そんなことを考えながら瞼を閉じたレイニーは、彼女のことを優しく微笑みながら見つめていたウェインとレティシアのことを、一切信用していなかった。
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