第12話 魔術師と陰陽師と精霊師


 チャイムが鳴る。

 いつもより、少し大きくその音は響いた様な気がした。


 それはきっと、彼女が隣に居るからだ。


「誰かしらね?」


 分からない。

 まだ、分からないよ。

 開けてみるまでは、例えばそこに居るのが輝夜ちゃんかどうかなんて、分かる訳も無い。


「ご機嫌よう修……君?

 ……行き成り押しかけてごめんなさい。

 少し、貴方に聞いて欲しい話があったのだけれど、その前に一つ聞いてもいいかしら」


 俺は、魔力循環を実行中の瑠美を連れ添って玄関を出た。

 宅配程度なら、少し驚かれるかもしれないがその程度で済んだだろう。


 でも、相手は嫌な予感が的中したというか、輝夜ちゃんだった。


 扉の前で暗い笑みを浮かべる輝夜ちゃん。

 俺の隣で、握った手の握力が徐々に強くなっていく瑠美。


 2人は同時に俺に視線を合わせて、口を開いた。


「「なんで貴方あんたが居るの?」」


 俺が知りたいな!


 なんで2人とも、俺に向けて話しかけて来るんだよ。

 お互いで聞いてくれよ。


 心の中で溜息を吐いて、俺は取り合えず輝夜ちゃんを家に上げる事にした。



 ◆



 俺の部屋に3人は流石に手狭だから、リビングに3人並んで座っている。


 右を見る。


「別にどうでもいいけど……」


 そっぽを向いた瑠美が、そう呟いている。


 左を見る。


「修君、お昼は食べた?

 まだだと思って食材を買ってきたのだけれど、料理をしてもいいかしら?」


 にこやかに輝夜ちゃんはそう微笑みかけて来る。


 昼食はまだ食べてないな。

 俺が今日やった事と言えば、3時間程寝ころんでいただけ。

 テレビの前に置かれた電子時計を見ると、時刻は11時42分。


 確かにお昼を作り始めるには良い時間だ。


「あんた、学校だと猫被ってるんだ」


「できる人とできない人で、できない人の方が勝ってる場合なんて存在しないと私は思ってるわ」


「それってもしかして、私の話してる?」


「さぁ、誰かを特定したて話たつもりはないわよ。

 けれどそう聞こえたなら、自覚があるという事なのではないかしら」


「ウッザ」


 なんで、俺を挟んで喧嘩してんのこの人たち。

 怖いし居心地の悪さが凄いんだけど。


「私は勉強教えて貰う約束してるの。

 邪魔だから帰っていいわよ」


「そうなの、でもどうして修君より成績の良い私が邪魔なのかしら?」


 確かに、輝夜ちゃんって俺より成績良いじゃん。

 って事は、瑠美に勉強教えるのに適任じゃん。


 俺はお茶汲みでもするから、この2人で仲良く勉強会でもして貰えば解決……


「私が教えてあげるわよ、算数って言葉は聞いた事はあるかしら?」


「あんたに教わるなんて死んでも御免よ」


 解決しませんでした。


「兄さん、浮気とかは勝手にすればいいと思うけど、ちょっと五月蠅い」


 疲れた顔をして、春渡がリビングに現れる。


「「ご、ごめんなさい」」


 2人が同時にそう言った。

 息合うじゃん。


「浮気とかしてないです」


「はぁ……ちょっと話聴こえてたけど、兄さんとえぇっと……」


 そう言って、春渡は輝夜ちゃんの方へ視線を向ける。


「南沢輝夜です」


「輝夜さんはお昼ご飯作って来てよ。

 俺もまだ食べてないし」


「なるほど?」


「その間に、えっと」


「土御門瑠美よ」


「瑠美さんの勉強は俺が見てるよ」


「勉強? 中学生でしょ?」


「理科と数学は兄さんより俺の方ができるから」


 確かに。

 というか、春渡の学力って多分そこら辺の大学生より上じゃないのか?


「天才じゃない!」


「違うよ。それじゃあ兄さんと輝夜さん、昼食よろしく」


 春渡がそう言うと同時に、瑠美の手が俺の手から離れる。

 小声で「一旦は終わったわ。また悪くなったら言って」そう声をかけてくれた。


「助かるよ」


 春渡と瑠美へ向けてそう言う。

 そのまま輝夜ちゃんをダイニングに案内した。


 俺の家の間取りは、テレビやソファのあるリビングとダイニングテーブルのある場所が隣接し、ダイニングテーブルの場所を通って直角に曲がる事でダイニングに行ける構造になっている。


 つまり、ダイニングからリビングは見えないのだ。

 逆も然りである。


「まずはお礼を言うわ」


「なんの?」


「凄く楽になった。

 ありがとう」


「何もしてないけど、どういたしまして」


「嘘吐き。

 修君、私は演技は得意な方なの」


「へぇ、そうなんだ」


 素麺を作りながら、輝夜ちゃんは俺にそう声をかける。

 何故か輝夜ちゃんは俺の家族構成を知っていて、5人分の食材を持ってきていた。

 今家に居るのは4人なので、足りる数字だ。


「例えば、寝た振りとか」


 俺は、ネギを切る手を止める。


「魔法使いなんて、実在するのね」


 ショウガをすりながら、彼女は言う。


「昨日とは逆になるかもね」


「どういう意味?」


「俺が、君の喉笛に刃物を突き付けるって意味だよ」


 言いながら、俺は彼女の首へ包丁を当てる。


「馬鹿ね。土御門さんも、弟さんも居るのよ?

 そんな脅しが成立すると思ってるの?」


 本当に、その通りだ。

 今、俺が防音等の結界を貼れば瑠美は確実に感知する。

 瑠美がこの家に居る限り、俺は術式を使えない。


「記憶を消すさ」


 輝夜ちゃんを睨んでいると、彼女はクスリと笑った。


「嘘よ。寝たふりなんてしてない」


「え?」


「確信が欲しかったから、嘘を吐いたの。

 だって、中身を読んでいない本を批判するような人間には成りたくなかったから。

 ――出て来ていいわよ」


 彼女の言葉に従って、小さな黒い影が彼女の胸辺りから出現する。


 その影は、まるで怯える様に輝夜ちゃんの肩に隠れた。


「俺が倒した闇精霊テネブレか」


「それって種名?

 これは、私にフルルって名乗ったわよ。

 そして貴方の事を聞いたの」


「た、頼む!

 もう悪さはしないから、消さないでくれ!」


「それを私の口からも貴方にお願いして欲しいんですって」


 考えてみれば当然だ。

 多くの人間の嫉妬を彼女は集める。

 それは、一度闇精霊を消したとしても同じ事。

 嫉妬を集める限り、闇精霊は常に生成され続ける。

 倒しても一時凌ぎにしかならない。


 とはいえ、それは織り込み済みだ。

 定期的に闇精霊が育たない様に治療すれば解決する話。

 丁度、瑠美が俺にそうしたように。


 問題は、たった半日で会話が成立するレベルにまで育って居る事だね。

 原因は一つしかない。


「輝夜ちゃんには精霊使いの才能があったって訳だ」


 そもそも変な話だ。

 あの闇精霊の強さは規格外だった。

 俺が奥義を使わなければならない程の強さ。


 アイドルでも政治家でも無い彼女に、その量の嫉妬が集まるのは不自然だとは思っていた。


 最初は、南沢輝夜という人間の生き様の問題だと思った。

 だが、それに加えて精霊使いとしての才能が彼女の中の精霊を強く育てていたのだろう。


「その通りだ天羽修、南沢家は数世代前までは精霊使いの家系だった。

 我も元はその守り神として祀られていた物だ」


 精霊使い、異世界では精霊術師、精霊師とも呼ばれる。

 精霊を精神に飼い、それを使役する術式を得意とする者。


 信仰魔法を使う教徒と並んで、俺が模倣不可能な存在だ。


 と言っても、今の輝夜ちゃんはそれを使いこなせていないみたいだ。

 数世代前までって事は、今はもう術は受け継がれていないのだろう。


 ってか、祀られてたって本物の神格じゃないか。

 Sランクの神格精霊

 精霊との親和性の高いSランクの宿主。

 そしてSランクの餌である土御門さんか。


 そりゃ、無限に成長もするだろうよ。


「でもそれが、なんであんなしょうもない悪戯を?」


「この3ヵ月で我は急速に成長した。

 自我を失い、魔力を求め強さを磨くだけの怪物と成り果てた。

 闇という属性が確定されたのも最近じゃ」


「高校に入学してからって事?」


「あぁ、そうじゃ。

 そしてそれはこの娘に掛かる憎悪のみではなく、呪いを吸い取ったからじゃ」


「呪いって……そんなのに俺が気が付かない訳ないでしょ?」


「それが違うみたいなのよ」


 輝夜ちゃんが呪いの影響を受けて、俺や土御門さんは気が付かない。

 つまり、行動範囲の違いだ。

 あぁ、何となく分かったよ。


「生徒会室よ」


「なるほどね」


「あの部屋には相当に強力な呪いがあるぞ!」


 闇の精霊は、震えながらそう言った。

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