5.連絡が途絶える

「私、病気がやっと落ち着いたの。これからはまた作曲家の夢を目指して頑張るわ」


 そう、絵美に連絡したのは私達が三十四歳になった頃だった。絵美は、一年前に結婚し、地方の都市に居を構えていた。絵美の夫は、地方公務員だった。子供はいない夫婦だったが、私には理想の夫婦に見える仲睦まじい夫婦だった。


「そう。無雲むうんなら出来るわよ。頑張ってね。私は夫の仕事もあるし、もう日本全国を旅して回るわけにもいかないわ。平凡で退屈な日々よ」


 もっと体調が良くなって、働いたお金を貯めたら、絵美を訪ねて行こう。そう思っていた私だったが、その日から、絵美からの連絡が途絶えた──。


***


「最近絵美ちゃんから連絡はある? あなたから絵美ちゃんの名前を聞かないけど」


 そう、母から言われてハッとした。最後の絵美からの電話はいつだろう。携帯電話の履歴を調べると、最後の連絡からもう二年が経過しようとしていた。


 私は、自分から相手に連絡を取るタイプではなかった。いつも受け身だった。だから気付かなかったのだ。絵美から……連絡が無い事に。


「絵美も結婚して忙しいんじゃないの? もしかしたら子供が出来たりしているのかも」


 私はここで、自分から絵美に連絡してみようという気にならなかった。絵美は、結婚して忙しいのだ。そう自分に刷り込んでいたからだ。


「所であなたの結婚の日取りの事だけど────」


 私は、病院の待合室で出会った江田島えだじまという男と結婚する事になっていた。絵美に、結婚の報告をしたかった。しかし、何年か前に絵美に投げかけられた言葉が頭をよぎり、連絡をする決意がつかなかった。


「無雲は、病気闘病中でも何でも、彼氏が途絶えないわよね」


 そんな事はない。と私は反論した。現に、彼氏と彼氏の間はいつも数年くらい空いていた。しかし、絵美には恋多き女だと思われている。そう思われている事が心苦しかった。

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