東京大空襲<承> 7

 翌払暁。

早朝の澄んだ大気を胸いっぱいに吸い込みながら、僕は状況を開始した。

まずはルーチンワークとなっている虫狩りに出掛ける振りをした。

夏休みに入ってから、雨の日以外は一日も欠かさずに出かけている。

たから家人に怪しまれることはないだろう。

もちろん、愛用の自称野戦バッグには、昨夜用意した対外人少女攻略キットを詰め込んだ。

虫取りに使う、いつものマイナスドライバーや腐葉土入りの空き缶は机の引き出しに隠した。

狩猟の道具を家に残して森へ行くなんて、初めてのことだった。

 昨日と同じルートをたどり、僕は難なくトンネルの入り口に辿り着いた。

やはり恐怖心など微塵も無く、僕はいそいそと防空壕に潜り込んだ。

懐中電灯と巻紐を用意して行ったのだが、はやる気持ちのせいか僕は道具を使う事を忘れた。

昨日と同様微かな風を頼りに真っ暗トンネルの壁に手を当て先を急ぐ。

進むにつれ今日もまた、体全体に何か大きな圧力みたいなものを感じ始め、やがて意識がぼんやりとして来た。

『これは昨日みたいに気絶のパターンかよ参ったな』

そうぼやいたところで、出口の白い光に相対した。

僕は今日もあっけなく気を失った。

 頬に覚えのあるぬらぬらとした感触がしたので目を開くと、スケベの面倒臭そうな顔があった。

その横には心配そうな表情を浮かべた外人の女の子がいた。

昨日と同様僕は河原に横たわっている。

もう一度会えることに何の疑いも無く出掛けた僕は論外としても、外人の少女も大概にしたらよい。

人気のない場所に怪しい少年の消息を確かめに来るなんて沙汰の限りだ。

僕が彼女のお父さんならこっぴどく叱りつけてやるところだ。

今の僕なら掛け値なしでそう言えてしまう。

だけどその時の僕は、彼女に逢えたことが無性に嬉しかった。

思わず少女の目を見つめてニコニコしてしまった。

少女の目は青い。

その青は絵の具や色鉛筆の青とはまるで違っている。

かと言って空や海の青とも似ていないのが不思議だった。

 外人の少女はいきなり目を開いた僕を見て少し身を引いたが、逃げはしなかった。

にこやかに笑う僕を見て安心したのだろう。

彼女は何やら話しかけて来た。

僕はゆっくりと半身を起こすと野戦バッグからスケッチブックを取り出し、一頁目を開いて彼女に見せた。

そこには英語で『そなたの名はなんと申す?』と書かれているはずだ。

少し行間を取って『拙者の名は加納円でござる』と書かれているだろう。

昨夜寝る前に母に頼んで書いてもらったファーストコンタクト用の文言だった。

 僕は普段から、少し変わったところのある悪餓鬼と言う世間の評判を賜っていた。

両親もそれにはおおむね同意だった。

そのおかげもあったろう。

さしたる疑いも持たれずに同文を母に書いてもらえた。

またぞろ何やら悪巧みの種かと、最初は難しい目で見られたのはお約束だ。

そんな母の視線に、僕は曇りのない真っ直ぐなまなこで立ち向かった。

「外人の友達ができた」と正直に告白すると「ハイハイ」と苦笑しながら書いてくれた。

 悪ガキは品行方正なお坊ちゃんと違って存外、行動の自由度が高い。

悪ガキは真っ白けの真実を口にしても、大抵は『どうせほら話だ』と大人が勝手に忖度してくれる。

悪ガキの自由度か高いのは、そんな点にあると思うのだがどうだろう。

悪ガキとしては正々堂々聞かれたことに真っ正直に答えた後で奇行や悪行に走るのだ。

当然、悪ガキには何一つ後ろめたいことなど無い。

後でとがめ立てを受けた時には、ちゃんと事前に話を通していると強弁もできるのだ。

コンプライアンス的に向かうところ敵なしだ。

いかんせん「また屁理屈をこねて!」と怒り出す大人は多いのだけれどもね。




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