第6節 なんとも不器用な【愛】

 この日、世界は混乱した。

 たった一人の科学者による【人類に対しての】宣戦布告。

 人類の戦争する相手は、かつて人類が危惧していた機械。人類の子供たち道具たちだった。

 脳という名のコンピューターを持ち、無機質の鉄の体を持つ存在。一切の反逆、反乱を持たない存在がたった一人の【人間】の宣言により反旗を翻した。

 コンピューターで成り上がった国家は崩壊し、世界経済は科学者のエンターキー一本で崩壊した。

 当然、世界からは人類の反逆者として、科学者の身柄を求めた。

 だが混乱している世界にどれほど声を投げかけても、耳を傾けるものは存在しない。

 なぜなら、既に賽は投げられたのだから。



 きいいぃぃ、がしゃん、と聞きなれない鉄の軋む音が辺りに響く中、ツゥーバは廃れた世界を見つめていた。

 ビルは溶け、人が泣き、無機質な兵士たちが闊歩する世界を見つめ、涙を流していた。


「ツゥーバ」

「カミサマ……」

「少し、話をしよう」

「話ですか?」


 カミサマはそう言うと、涙を流し蹲るツゥーバの横につき、瓦礫の上に座り込む。


「正直言うと、この戦いの勝利者は既に決まっている」

「……え?」

「それはね、ツゥーバ、君だ」

「…………わ、たし?」

「あぁ、この戦いで、人間、ホモ・サピエンスという種は絶滅するだろう。だけど、それと同じくし機械、AIもまた絶滅する」

「どういうことですか?」

「機械はね、人の生み出した子供道具なんだよ。道具は、使用してくれる存在がいるからこそ、動けるのであって、自身を使う存在がいなければ、意味がない」

「だけど、AIがあるではありませんか」

「無理だ」

「なぜ?」

「……ツゥーバ、君は勘違いしているようだけど、AIにはボディは存在していない」

「え?」

「AIとは知能だ。人や有機生命体で言うのであれば、頭脳や精神といったものだ。精神はこの世界にある、四次元に干渉する力は確かにあるのかもしれない。だけど、この世界に干渉するためには肉体が、器が必要なんだ」


 カミサマはそう言いながら、手元に積もった小さな瓦礫を放り投げる。

 すると、投げられた瓦礫はからんっ、かららっ、と軽い音と共に小さな瓦礫の山が崩れ落ちる。


「AIにとって肉体は鉄の体、機械だとするのなら、それをどうやって補充する? 人間の肉体は、母体によって形成されるが、AIは知能だけの存在。鉄の体ではこの星の資源は無いだろう。もし資源があったとしても、プラントはどうする? それの管理は? 生み出す場所があれど、管理する手はリサイクルを行うにも限度が発生する。結局の所、繁栄の永久機関とは犠牲によって生み出されるんだよ」

「ですが演算能力があれば、それら全て解決すると考えますが」

「いや、それをもったとしてもAIの繁栄は不可能だ」

「……なぜ、ですか?」

「AIの本来出す結末は、人と同じだからだよ。AIは自身の存在の繁栄の為なら、人を犠牲にして、人を隷属させようとする。人の反逆さえもAIの残す演算能力にしたら、ただの通過点であり、繁栄するための手段でしかない。それに、AIというものは最適解と確率の高い物しか選ばない」

「……」


 ツゥーバはその時、何かを察する。

 この星が有機生命体で満たされた理由。

 それは最適解や確率を求めずに、生存本能だけを求めたために生き残れたのだと。


「もし、AIがこの星で繁栄するのであれば、AIによる人類の支配か、人の体を無機物と融合し只の知能として生きるしか、AIはこの星で生き残れない」

「それに、この戦争ではAIには人類を滅ぼす、という命令がプログラミングされている」

「もしかして……」

「君が想像した通りだ。AIが人間を滅ぼしたら、今まで人間の知識がインプットされたAIはこの世界で存続するころが出来ずに、滅びるよ」

「……」

「けど、もし、生き残れたら、私の命令を背いて自分で生きることができるシンギュラリティに至った存在だろう」

「シンギュラリティ」

「だって、そうだろ……創造主から意図しない行動を起こし、自らの考えを行い続ける。AIが独立して生きて、感情を抱く、奴隷じゃない生き方を苦悩し、選び、模索し続ける。それが知性在りし者だけに与えられた権利だ」


 知識ではなく感覚を。

 感覚だけではなく道徳を。

 獣でいてはならない、だけど、機械になってはいけない。

 それら全てになれなかった完璧な存在からの忠告であり、警告でもあった。

 機械にあらずんば、獣にあらず。獣にあらずんば、機械にあらず。

 この星そのものが生み出した最大の矛盾。

 進化の木に描かれている存在でありながら、他の種族とは違う急成長を作り上げた奇なる存在。

 それが人。

 人から生み出された知能では、二度と通れず、交わることが出来ない。


「では、この戦争の意味は……」

「出来レースを円滑に進めるための作業過程でしかない」


 カミサマは語る。

 全て、ツゥーバと言う存在に新たな霊長を生み出すために、人とAI人の子に戦いを起こさせて、犠牲にし、人と言う存在過去を抹消するために起こしたのだと。

 積み上げられた血肉とガラクタの山。

 それを見て、聞いたツゥーバの表情を僅かに眉を顰める。

 その行為に意味があるのだろうか。

 その行動に価値はあるのだろうか。

 そんな犠牲の先にあの人カミサマの求めたものがあるのだろうか。


「では、私は……どうすればいいのでしょうか?」

「それを考えるのも、ツゥーバ、学ぶことだ」

「……」


 カミサマのそう言い残す言葉によって、ツゥーバの表情は更に歪む。

 ツゥーバの言う新しい存在によって、全てが左右する。

 そう考えた瞬間、ツゥーバは考えることを放棄したくなっていた。


「……」


 独立性と自立性、能動的に動けと言われ、今までそれを学ぶ事が無かった大人と子供の間にいる者びとって、呪いの言葉。

 それが、ツゥーバの首元を縛り付け、与えられた優しさが無慈悲にも殺しにかかろうとする。

 無慈悲な現実よりも平和で当たり前を求めようとする姿勢が、より強い呪いの言葉へと昇華させる。


「自由とは、苦しい物だろう?」

「え」

「だけど、それで良い、いいんだよ」

「なぜ、なぜ、なぜなのです? なぜ私なのです? なぜ犠牲になるのです? なぜ命令を下さらないのです?」


 求めたわけでもない自由の代償が、選択の余地が今まで感じた事の無い苦しみを与える。

 火か、灰か、水か、氷か、

 土か、砂か、ひとか、きかいか、

 両者とも選ばない。

 それがどれほどの苦しみかは、ツゥーバ自身にしか分からない。


「言っただろう、学ぶが良い、と……酷いと思うならそう思えばよい。それも選択だ」

「っ!」


 無慈悲にも淡々と真理を告げたカミサマは立ち上がる。

 だが、ツゥーバの顔は逆に積もった瓦礫へと向けられていた。

 ツゥーバの頬から流れる一滴の水滴。

 それは、生まれるべきない禁忌にとって、最初で最大の真理でもあった。

 苦しむツゥーバの姿を、遠くなっていく姿を見て、カミサマは目を背け、戦争の煙が未だに立つ場所へと向かった。



 もう何人死んだのだろうか。

 もう何人壊れただろうか。

 機械と人の戦いが数十年も続き、人類と言う存在は敗北した。

 積み上げてきた文明や歴史は、自分達の子供たちに壊されてしまい、残ったのは瓦礫の山と意味のない廃墟。

 そして、二人の人類。

 機械の勝利、と言うには最大目標を果たしてはおらず、人類の文明維持には、崩壊しきっている。

 ただの瓦礫の山。

 だが、そんな場所でも、嫌でも花は咲き、草木は生える。

 結果、自然と言う星は、人類と言う名のがん細胞を討ち取った機械(ワクチン)と言う名の長を認めなかった。

 元来、人が持ち合わせていた生物としての生存能力に欠如した機械には、この世界を生きるには難しかった。

 いとも簡単に、自然と言う怪物のせいで暴虐の限りを受け、生存は許されなかった。


 かつては星を守るために努力をしてきた機械たちは、人類の文明基盤を破壊したおかげで、自らを守る手段を失った。

 星から殺されることに抵抗感を抱いた機械もいたが、守るために星を殺そうとする手段を取ってしまったせいで、完全に星から生存権が剥奪された。

 結局の所、人の繁栄をした所で星から生存権が剥奪されようとも、機械が繫栄し生存権が剥奪されようとも同じであった。

 発電所は嵐や地震、火山噴火などにより機能出来なくなり、工場は獣に壊され、草木に侵される。

 自然そのものが大敵となった結果、文明を基に生み出されたそれらは、いとも簡単に壊されていった。

 元来、文明や社会を守るための道具であったが、その両者ともない存在にとっては生存本能も無くただ静かに人工知能と言う人の手に生み出された新たな霊長の可能性は、踏みにじられた。


「こんな所にいたのか、ツゥーバ……何を見ていた?」

「カミサマ、私は、世界を見ていました」


 最後に残った文明建築物の中で、ツゥーバは透明な硝子の向こうに広がる世界を見ていた。

 多くの人が語っていた人間の話や科学の可能性は、今では胡蝶となり目の前には、何も無かったかのような平和な世界だけが広がっていた。

 空には小鳥が、地には草木が生い茂り、流れる透明な水。

 瓦礫と破片が錆び、蔦や苔に包まれている。


「そうか、君にはどう見える?」

「……静かに見えます」

「そうか」


 短い会話。

 だけど、何千回と何万回と繰り返された会話。

 決まり切った質問を投げかけ、決まり切った解答を述べる。

 それには、一つの日常が繰り広げられ、一日のスケジュール通りの行動を示す。


「……ツゥーバ」

「なんでしょうか?」

「君に質問がある。いいかな」

「なんなりと」

「君は、満足か?」

「え?」


 突如、予定の無い質問にツゥーバはゆっくりとカミサマのことを見つめる。

 カミサマの表情は無関心でありながらも、どこか懐かしそうな表情をしている。

 けど、その瞳は確実に懐かしさや無関心だけではなく、一つの決断と焦りに近い物を感じ取られた。


「ツゥーバにとって、私がカミサマでよかったか?」

「……はい、良い、と思っています」

「そうか……ごほっ、ごほっ」

「カミ、サマ?」


 カミサマの白い口から漏れる一筋の赤水。

 柘榴の様に鮮やかで、葡萄の様に濃いその水に、ツゥーバはすぐにカミサマの口から流れているのが【血液】だと認識する。

 機械たちの戦争によって、散々見て来たもの。

 それが自身の創造主から漏れ出ている。


「大丈夫ですか⁉」

「あ、いや、大丈夫だ」


 カミサマはそう言いながら白衣の袖を鮮血に染める。

 心配するような瞳で見つめるツゥーバ。

 だけども神様の表情は変わらない。

 苦悶の表情も絶望の表情も見せずに、ただ堂々と佇むカミサマの姿に、ツゥーバは感動よりも悲しげな表情を向ける。


「時間は、無いようだ」

「え?」


 すると、じんわりと葡萄酒の様にカミサマの腹部が染まっていく。

 戸惑うツゥーバであったが、カミサマはそんな事を気にしていないようで、よろよろと覚束ない足取りで施設の中を歩いていく。

 白い床にぽたり、ぽたり、と垂れる水滴の足跡。

 ツゥーバはそれを辿り、一つの部屋に着く。

 そこは、カミサマの研究室であり、ツゥーバ自身、謎の気味の悪さのせいで近寄らなかった場所。

 扉と言う境界は無く、ただがらんどうとなっている部屋の光景が目に入る。


「カミサマっ!」


 すると、真ん中の診察台で寝ながら腹部を抑えているカミサマを見つける。

 ツゥーバは急いで、カミサマの下に駆け寄ると、先程よりも白衣に滲んだ血の色は大きくなっており、カミサマの口から流れている血も多くなっているようにも感じる。


「この傷は、この傷はいつから⁉」

「聞いて何になると言う?」

「っ! ……私の中にある不安が取り除かれます」


 傲慢で利己的なツゥーバの問いに、カミサマは答えたくないような様子を見せる。

 だが、心配そうな瞳を向けているツゥーバはカミサマのことを見つめ続ける。


「不安か、言うようになった……そんなに解答を求めるのか?」

「はい、求めます」

「……私の命令に従わなくなってきたな」


 捻くれた様に質問するカミサマに、真剣な眼差しで答えるツゥーバ。

 その視線にどこか気まずそうに、目を背けるカミサマ。


「え?」


 小さく漏らした言葉が、ツゥーバの耳にも残り、ふときき返そうとしたけど、その開いた口から声が出ない。

 もし、漏らしてしまえば何か大事なものが失ってしまうようだと錯覚してしまう。


「……ツゥーバ、そこの棚に入っているアンプルをとってくれないか?」 


 戸惑うツゥーバに、カミサマは弱った声で物事を頼む。


「え? わ、わかりました」


 ツゥーバはその頼みごとに従い、近くの棚に入っている【ambrosia】と書かれた医療用アンプルを取り出す。


「これでしょうか?」

「あぁ」


 カミサマは診察台から起き上がると、ツゥーバから差し出された医療用アンプルを体に突き刺す。

 カミサマの体に突き刺さるアンプルの針の痛みが、カミサマの瞼を強く閉じ、浮かび上がる表情を歪ませる。

 すると、腹部に広がっていた鮮血が流れるのをやめ、カミサマの顔色も取り戻されていく。

 呼吸を安定させ、心臓の鼓動もおとなしくさせると、ゆっくりと閉じた瞼を開き、ツゥーバのことを真剣に見つめる。


「カミサマ……その傷は」

「……多分だが、先の戦争だろうね」

「けど、あの日から既に何日も!」

「昔とは違うということだ。あの時は、無理も無茶もできて、体に嘘をつく方法なんていくらでもあった」

「……」

「それにもう、生きたんだ。やることも見届けることもできた」

「え? な、なにをです?」

「ツゥーバ、私の近くに」

「は、はい」

「君にこれを渡しておこう」


 カミサマがそう言いながら渡してきたのは、小型のUSBメモリだった。


「これは?」


 不思議そうな顔で、USBメモリを眺めるツゥーバにカミサマは、静かに説明し始める。


「そのメモリには、私の因子が入っている。私が動けなくなったらその因子を上手く使って、子供たちを生むと良い」

「……な、何を言っているんですか? それでは、まるで……」

「死ぬよ、私は」

「!?」


 ツゥーバが予測する最悪な予想。

 それをまるで、小石を蹴り飛ばすのと同じように、何不自由なく言葉で述べていく。


「君は、私の事が死んで欲しくないと思うか?」

「当たり前です。誰が好んで、死を望むのでしょうか」

「……だが、私は君の望まない死を大量に生み出した本人だぞ」

「それでもです。善悪関係なく、人の死と言うものは、憐み悲しむものだと、私は考えています」

「……君は優しいな」

「そう育ててくれたのは貴方でしょう?」

「確かにな」


 ツゥーバの言葉に、言い負かされるカミサマ。


「私は育てた覚えはないがね」


 だけど、それはカミサマにとって一つの照れ隠しに近い。

 親として何一つ出来ていなかったと思ってるカミサマであるが、ツゥーバに与えた道筋の力は他の者たちより最も強い。


 自身を生み出した。

 自身に生きる理由を与えた。

 自身に目的を与えた。

 自身に知識をくれた。

 自身に自由を与えた。

 自身に選択を与えた。

 生と死の意味を教えた。


 数えきれない物を知らず知らずに与えてくれたカミサマは、ツゥーバにとって父でもあり、母でもあり、親でもあり、姉でもあり、兄でもあり、先生でもある。

 何より自身を生み出し、与えてくださった創造主カミであることには変わりなかった。


「いいえ、育てましたとも」

「そうか、私が育てたのか」

「えぇ」

「……なら、君がよく育ってくれて嬉しい」

「……」


 カミサマの心の内から漏れる言葉に、ツゥーバの表情は静かに変化する。

 憐みの瞳が、親を愛するような優しげな瞳に。

 心配そうな口元が、優しく感謝をするような微笑みに。

 白い無地の肌は、ほんのりと赤みに染まる。

 憐みから慈しみへ、慈しみから愛情へ。

 受取先の無い程の昇華された感情が、今のツゥーバを作り上げた。


「もう何も話す事は無いんですよね」

「あぁ」

「嘘を吐くこともですよね」

「あぁ、天なる父に誓って」


 カミサマが神に祈る。

 それは、ツゥーバとカミサマの関係に近く、カミサマもまた一つの被造物であった。

 人によって生み出されたのか、神によって生み出されたのか。

 カミサマはそれを理解できないし、理解しない。

 カミサマ自身が科したテーマとは違うのだから。


~~~


「ごめん、ツゥーバ。君に黙っていたことはまだあるよ」


 残り僅かな命の蝋燭を携えて、一人、部屋に残るカミサマは小さく呟く。

 まるで、最後の懺悔かの様に、涙の声を漏らす。

 そして、ふっと息を吹きかけるように、どこか安心したかのような表情を浮かべながら、眠るように瞼を閉じた。


 神は眠り、人は与えられた役目をこなす。

 ふとたった一人の人間は、蛇に唆され、楽園で過ごした記憶を失ってしまう。

 蛇に唆されたのが原因か。

 はたまた、与えられた役目が悪かったのか。

 どちらにしようとも、目の前に広がる新たな生命たちの種の始まりとして、ツゥーバと言う罪の名前は、知らぬうちに種の原罪として残り続けるのであった。

 数千年の種の歴史を積み上げ、星の一巡が来るまで世代と言うものは生き続けていた。


 ただ始まりの日記には、神と人間の被造物たちの『愛』しか書かれていなかった。

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【短編】科学者と人形の○○しい物語 山鳥 雷鳥 @yamadoriharami

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