第63話 草原を奔る
『勝てる』か?
つまり━━
『おそらく神官戦士団の目的だと思われるリリティアを奪われないようにしつつ、こちらからの攻撃行動なし、相手に被害もなしで、追いつかれないようにカリバーン王国の入国窓口である関所まで辿り着けるか?』
これは……
(まあ、それは大前提として)
可能。
それも、余裕で可能だという見込みだ。
言うまでもなくここには『生徒・教職員から脱落者を出さずに』というのもふくまれる。自分まで入れて、一人の脱落者もケガ人もなく……という意味だ。
ここまで条件を厳しくしてもなお『可能』の目算が高い。
『絶対か?』と問われればナギはそこまで断言はしないが、それは『少しでも失敗の可能性があるし、世の中は何が起こるかわからないから断言を避ける』という程度の意味合いだ。
そもそも、状況打破に使うのが他人のスキルであるというのも、断言を避ける理由だろうか。
スキルというのは複写した瞬間に、『できること・できないこと』がある程度わかる。
ただし習熟を進めていくと上限が上がったり、コントロールが繊細になったり、あるいは新しく技能が明らかになったりという、『スキルの解像度が上がる』現象は起こるっぽい。
そしてナギは【
それゆえに『スキル認識に対するゆらぎ』みたいなものはどこまでいってもなくならない。だからスキルを使って起こる結果について、断定は避けたいという考えがあった。
まあ、生徒の前では『断定』はせずとも、安心させるために『断言』をしたりはするのだけれど。
ガタガタガタガタと速度を上げた車輪が不整地を踏み荒らしていく。
いかに【中級騎士】を起動して騎乗補正を得ていても、さすがにこの状況で後ろを振り返る余裕はない。
だが、深く、そして車輪の幅より広いわだちが通り過ぎたところに刻まれているのはスキル起動時に得る感覚でわかる。
それが表すのは、
(……車軸がちょっとゆがんでるな)
整備不良ではないだろう。走っているうちにどこかでゆがんだ。
心当たりは無数にある。
そもそもこの馬車は移動用でしかないので、ここまでの速度で走らせる想定をしていない。
先ほどまで運転していたのはエリカだが、【燃焼】【魔法剣士】には騎乗にまつわる補正がないので、さほど繊細な運転はできないのだ。
(さすがに学園長も、緩衝地帯で神官とダービーするとは思ってなかっただろうし……)
学園都市の馬車は『転生者ならやっておくべきでしょうね』というわかるようなわからないような理由でサスペンション付きの構造になっているのだが、このサスペンション機構が高速走行に耐える強度を持っていないのだ。
(さて、ジョルジュ先生、そっちの会話思いっきり聞こえてますよ……わかってプレッシャーをかけてきたんだろうな……まあ最悪、僕らは自分たちの身の安全のためにリリティアさんを差し出すっていう選択肢がある━━と疑われるのは、しかたないか)
ナギにそんなつもりはなくとも、ナギとリリティア一家との付き合いは長くない。
『魔王』とかいう特大の時限爆弾なのだから、『自分の命』と『魔王の身柄』とを天秤の両皿に載せられれば、教職員の職業意識があったとして、『見捨てる』がわりと現実的な……『付き合いの短い他人』がとりうる選択肢と思われるのは無理もなかった。
まして今回の神官戦士の襲撃は、規模も『堂々さ』もきっと全員の想定外だ。学園長はおろか、他の、この件について知ることのできる立場で、もっと冷静に思考できる人……
たとえばハイドラなどにプラニングをするスケジュール的余裕があったとして、予測不可能だっただろう。
『神殿がまさかここまでやるとは思っていなかった』
そう言われるぐらいの事態が起こっている。
ナギも『せいぜい暗殺者スキル持ちを差し向けての誘拐ぐらいかな』という程度の想定だった。
その暗殺者に対応してくれるはずの【死聖】ノイは、外せない別件であとからの合流となるらしいが……
この状況ならむしろ、いないでくれてよかったという感じだ。
『相手側に【死聖】がいた』というのは、あらゆる人間に『死を避けるための全力闘争』を許す言い訳になる。
まあ、純粋な戦闘能力で言えば【剣聖】や【魔神】の方が高いだろうけれど、イメージというのはそういうものだ。
(もちろんリリティアさんを見捨てたりはしないけれど、この状況で言葉で訴えるのは逆効果だよな。行動で示すしかない……だから)
だから、問題は。
車軸がゆがみ、そうでなくとも相手側と自分たちとの距離はどんどん縮まってきている。
このまま高速走行を続ければナギの操る馬車は車輪が外れて走行不能になる可能性もあるし、そうでなくとも追いついた神官戦士に飛び移られれば『相手を傷つけずに逃げ切る』ことができなくなる。
つまり、ナギにはこの状況から確実に逃走を成功させる手段はあれども、その手段をとるまでには時間制限があり━━
(━━最上よりさらに上の勝利をするためには、僕は何もしてはいけないんだけど)
本当に神殿と事を構えるならば、警戒されたくない。
ナギは自分の能力が一見すれば『万能』に見えることを自覚していた。
実態は器用貧乏どころかどんどん貯め込んだスキルを放出していき弱体化を続けていく自転車操業なわけだが、状況解決のたびにスキルによるものとしか思えない行動をし続けていれば、そのうち神殿に存在を警戒されるだろう。
警戒されると、ナギは何もできない。
分析されると人海戦術と遅滞戦術でスキルを全部吐き出させられて無力になるからだ。
学園長の『神殿を潰す』という方針には、基本的に賛成なのだ。
なぜならリリティアの未来を守ることと、学園の生徒を守ることを、ナギはしたいと思っている。最初に選び取った道が『教師』だったから、ナギはそのように行動してみようと思っている。
だから、神殿を『敵』と考えた場合。
いざという時に学園の戦力として役立つつもりなら、『いろいろできる』とバレない方がいい。
だから、この状況をどうにかするならば……
「カリーナさん」
「はい!?」
たぶん今回の修学旅行で一番『何がなんだかわからない』立場の彼女は、裏返った声で応じた。
「ちょっとマナーの悪い問いかけになるんだけど、この状況、どうにかできない?」
「へ?」
車輪が地面を踏み鳴らす音も、馬のひづめの音も、後ろから迫り来る集団が立てる声も、何より高速走行によって耳元を通り過ぎていく風の音が、会話に不向きなシチュエーションを作り上げていく。
だが、それでも、ナギは大声を張り上げすぎないように気をつけつつ、問いかけた。
恫喝して強要するようなことはしたくなかったのだ。
カリーナにはこの状況をどうにでもできる先天スキルがある。
だが、先天スキルを他者に明かしたり、明かすようなことをしたりというのは、かなりセンシティブであり……他者からそれを強要することはできない。
だから、この問いかけで断られれば、ナギは自分側でそのスキルを使うつもりでいる。
だが……
「いっ、いえ、わたくしにそのような力はありませんけれど!?」
「あれ?」
ごまかしているという言い方ではなかった。
本当に『そんな力はない』と信じ込んでいる様子だ。
だからちょっと困惑して……
カリーナが『自分にそんな力はない』と思い込んでいる理由を理解して、つい、笑ってしまった。
「この状況でどういう笑いですの!?」
「いや、ごめんなさい。そうか━━ここは剣と魔法のファンタジー世界だった」
ようするにこれは、ナギが悪いのだ。
カリーナのスキルを認識してみれば、確かに、ナギが想定するような用法など思いつけないだろう。少なくとも、この世界で生きている、この世界の人ならば。
「……わかった。僕がやろう。あっちの馬車とぶつかるぐらいまで合流するから、みんなは衝撃に備えて。それから……」
自分の発言をかえりみて、優先順位を改めて思い知らされる。
神殿と敵対するなら━━とさんざん考えてなお、やっぱりナギには『それ』を最優先事項にするつもりがなかった。
もしかしたらスキルに引きずられて思考の方向性がねじれてしまっているのかもしれないが……
ナギが優先することとは。
「……ちょっとびっくりすることが起こるから、後学のためによく見ておくといいかもね」
教育。
もしくは、サプライズ。
(いやあ、学園長のこと悪く言えなくなっちゃうな……)
似たもの同士かもしれない、異世界転生者二人。
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