第114話 二十二か国会談②

「私はこの会談が、昨年からオルセン女王の提唱している『同盟』とやらの実現について話し合うものだと聞いてここへ来た。その『同盟』だが、大陸西部の周辺国、その中でも特にガレド大帝国に対する相互防衛を目的としたものだと聞いている。違いないか?」


 発言しているのは、ルヴォニア王国の王だった。両横に分けた前髪とはねた襟足が特徴的な壮年の王は、細い目をやや不愉快そうに歪め、ガブリエラを見る。


「貴殿の言う通りで概ね違いない。必ずしもガレド大帝国に対する防衛のみを目的としているわけではないが、この『同盟』の枠組みの価値を考えるにあたり、大陸西部と接する主要国の一つとして帝国の存在は強く意識している」


「……では、その『強く意識している』帝国の姫君を、どうしてわざわざこの場に招き、挨拶をさせたのだ。理解できかねる」


 全くだ、その通りだ、と同意を示す声がいくつか上がる。


「ハーゼンヴェリア王。ローザリンデ皇女をここへ連れてきたのは貴殿ですか?」


 スレインを向きながら次に発言したのは、エラトニアの女王。五十代半ばの細身の女王は、厳格そうな表情の中に鋭い眼光をたたえている。


「……ええ。ローザリンデ皇女より、この会談での挨拶の申し出があり、私がオルセン女王へと話を繋ぎました」


 皆の視線が集まる中で、スレインはしかし動揺することもなく答える。


「何故です? 貴国は帝国と二度も戦ったではありませんか」


「ふっ。帝国と仲直りの握手をして、皇女と友達にでもなったか?」


 エラトニア女王に続いて発言したのは、ヒューブレヒトの王だった。整えた口髭に触れ、ニタニタと笑いながら吐き出すその言葉は、ローザリンデの幼さと、童顔なスレインの容姿を揶揄したものか。

 エラトニア女王、ヒューブレヒト王、ルヴォニア王、そして他にも十人ほどが、疑わしいものを見るような目をスレインに向ける。

 勘弁してくれ。ため息を吐きたい衝動を堪えながら、スレインは内心でそう呟く。

 現状、スレインは帝国の脅威を最も理解している立場。そして同時に、ガレド皇帝家と最も密接に関わる立場にいる。スレイン自身の意思とは無関係に、ハーゼンヴェリア王国の地理的な要因がそうさせる。

 だからこそ、スレインはあまりにも頑なな態度で皇帝家に、皇帝の名代であるローザリンデに接することはできない。帝国のすぐ隣にいるからこそ、帝国と激しく戦ったからこそ、今はある程度柔軟な対応をしなければならない。

 ローザリンデの、すなわち皇帝家の申し出を拒絶した上で、対帝国を見据えた軍事的な枠組みの締結を推し進めることなどできるはずがない。そんなことをすれば帝国を刺激し過ぎる。


「誤解しないでもらいたい。私は帝国になびくつもりはありません。帝国は今もなお、我が国の安寧を脅かす仮想敵国であり、明確な脅威です……だからこそ、ローザリンデ皇女の申し出を受け入れたのです。この場にローザリンデ皇女を招くことで、これが帝国に対して何ら後ろめたいことのない正義と平和のための会談であることを示し、それをもって無用な戦乱の芽を摘むために」


 昨年からの大陸西部諸国の動きについては、ガレド皇帝家にも睨まれていた。

 これはもはや仕方がない。隣り合う地域で、こちらを見据えた軍事的な枠組みが新たに作り出されようとしているのを知って、気にしない方がどうかしている。皇帝と同じ立場にいれば、誰もが同じように警戒心を抱くだろう。

 しかし、皇帝の名代であるローザリンデがこの場で挨拶をすることを許せば、空気は変わる。

 ローザリンデを賓客として堂々と招けば、これが秘密裏に帝国と戦争を始めるための後ろめたい会談などではないと示すことができる。同時に、専守防衛のための枠組み作りを進めていることを堂々と表明することで、今後帝国が大陸西部に対して下手な軍事力行使に走らないよう牽制することも叶う。


「私が『同盟』の実現を支持するのは、あくまでも大陸西部の安寧を守るためです。帝国をはじめとした周辺国との緊張を徒に高めるためではありません。このような会談が開かれていることを堂々と明かしながら、『同盟』の実現を推し進めれば、戦わずして安寧を得られる可能性が高まります。今回ローザリンデ皇女に挨拶をしてもらったのは、そのための布石です……私は帝国と二度戦い、二度勝利しました。ザウアーラント要塞を奪い取りさえしました。だからこそ、避けられる戦いは避けたいのです。帝国から我が国を、より強固に守るためにこそ」


 語る最後の方では、自分の目が据わっているのが、自分でも分かった。


「どうでしょう。この説明で納得してもらえましたか?」


「はっ、くだらん詭弁だ」


「……私はそうは思いません。理のある話かと」


 ヒューブレヒト王は鼻を鳴らしながら吐き捨てたが、エラトニア女王はそれに異論を示した。この下品な男と同じとは見られたくない、とでも言いたげに眉を顰めながら。


「確かに、ハーゼンヴェリア王の説明は理屈が通っている。貴国の地理的要因を考えれば、その立ち回りについても理解できよう。私は単に貴殿の行動に疑問を抱いただけで、妥当な理由が説明されたのであれば文句はない……だが、そうなると別の疑問が浮かぶ。あの第三皇女がこの場に顔を出すことを、どうして事前に言わなかった?」


 怪訝な顔を向けてきたのはルヴォニア王だった。


「帝国の皇女が来ると事前に聞けば、この会談に代表者を送らない国が出てくるのではないかと考えたためです。今後の会談がどうなるかは未知数ですが、その始まりの場にさえ全二十二か国の代表者が揃わないようでは、大陸西部はますます帝国に軽んじられます。そのような事態を防ぎたかった、ただそれだけの話です」


「……そうか、分かった」


 一応は納得したのか、ルヴォニア王はそれで黙った。

 さらに発言しようとする者もいなかった。ローザリンデ皇女の件についてはひとまず話が終わったと、スレインは理解した。

 同じ理解をしたらしく、ガブリエラは各国の代表者を見回す。


「では、今度こそ本題に入ろう……まず最初に、現状把握のためにずばり尋ねる。今の時点で、私の提唱する『同盟』に参加する意思がある者は? 挙手で示してほしい」


 その呼びかけに対して手を挙げたのは、九人だった。

 スレインと、ステファン・エルトシュタイン。そしてジュゼッペ・ルマノとファツィオ・ヴァイセンベルク。さらにアルティア、エーデルランド、アリュー、サロワ、ギュンターの代表者。

 ここにオルセン女王であるガブリエラを加えると、二十二か国のうち十か国が「同盟」への参加を望んでいることになる。

 初期から「同盟」派だったオルセンとアルティアとエーデルランド。昨年の開戦前に中立から「同盟」派へと転じたハーゼンヴェリアとエルトシュタインとサロワ。「連合」派が瓦解したことでなし崩し的に「同盟」派へと吸収されたヴァイセンベルクとルマノとアリュー。情勢を見て「同盟」派につくことが有利と判断したらしいギュンター。各国の立場はこの四つに大別できる。

 このうち八か国までは、こちらにつくだろうとスレインもガブリエラも事前に考えていた。

 ヴァイセンベルクとルマノはともかくアリューまでもが「同盟」を選ぶかは確信がなく、またギュンターがこの早期から「同盟」参加を望むのは予想外だったが、結果的には当初の想定以上の国が「同盟」派になり幸いと言える。


「……意向を示してくれて感謝する。手を下ろしてくれ」


 挙手した者たち一人ひとりと視線を合わせて言ったガブリエラは、九人が手を下ろしたのを確認すると、また口を開く。


「では次に、現状『同盟』への参加を望まない十二か国の代表者たちに、その理由を尋ねたい……まず、イグナトフ王から頼む」


 円卓を時計回りに見て、最初に座っている非「同盟」派。おそらくはそのような理由で指名されたのであろうオスヴァルドは、ガブリエラに鋭い視線を向けた。


「単純だ。このような枠組みがまともに機能するとは思えんからだ。貴国を含むいくつかの国は別としても、この大陸西部の全ての国を、私は信用できない。このような枠組みに縛られるくらいなら、戦時になったそのときに信用のおける何か国かと手を組み、戦う方がましだ」


「ははは、奇遇だな。私も同意見だ」


 下品な笑い声を上げて口を挟んだのは、ヒューブレヒト王だった。彼以外にも、ルヴォニア王と、バルークルスの君主の名代である王太子が同意を示す。


「なるほど、貴殿らの考えは分かった。次に……、南東部地域の諸国の代表者ら。理由を教えてほしい」


 ガブリエラはそう言って、視線を移す。

 いつも概ね同じような意向を示す南東地域の四か国。誰が代表して意見表明するのか、スレインは他の代表者たちと同じように黙って注視する。

 レフトラの女王と、ハーメウの代表である王弟から視線を向けられ、フェアラーの王が仕方なさそうに口を開こうとしたところ――


「私たちの理由も単純ですわ……私たちには『同盟』などという枠組みは必要ありませんもの。あなた方と違って、私たちはガレド大帝国と上手くお付き合いしていますから」


 先んじて、リベレーツ王国の女王、セレスティーヌ・リベレーツが言い放った。

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