プロローグなきエピローグ①
いかなる存在も、かの者にかなわず。我が祖国、一夜にして消滅す
我ら、ただその力の前にひれ伏すのみ
あとにはただ、崩壊した大地のみが残された
――カイオス帝国記 放浪の章
§§§§§
どれくらいの時が経ったのか。
どれくらいの時を耐え続けてきたのか。
誰もがわからなくなっていた。
天候という圧倒的なまでの力の前には誰一人としてなす
一瞬にして凍りついてしまいそうなほどの極寒の猛吹雪の中、呼吸すら止まりかけ、もはやこれまでと誰もがあきらめかけた――そのとき。
まるで今までの光景が幻だったかのように風が止まり、雪がやんだ。
今まさに落ちかけようとしている太陽の
すでにバルデスの騎影は遠く消え去り、ラスティアたちの目の前には白い大海原のような雪原が現れ、ザナトスの街を守っていた。
そして、人々は見た。
ひとり雪原に立ち尽くす少年の姿を。
猛吹雪の中にありながら、ただひとり何の影響も受けていないシンの姿を。
自分たちを襲ったこの異常現象が彼のもたらしたものであることは疑いようがなかった。
声すら出せず、誰もが畏怖の目でその背中を眺めるなか、シンががくりと膝をつき、前のめりのまま倒れた。
「シン!」
真っ先に反応したのはラスティアだった。
降り積もった雪に足を取られながら、必死に駆け寄る。
「シン、しっかりしてシン!」
輝きを失った瞳はかすかに開かれているものの、手足が細かく
「いったいどうしてしまったの!?」
「
突然ラスティアの目の前に、雪と同化してしまうほど白いフクロウが――テラが舞い降りてきて、倒れているシンの頭上で静止した。
その言葉と、普通の鳥では考えられないような動き方に全員が声を失う。
「聞こえているか、シン。おまえの創造、そして意志……確かに見届けさせてもらった――ラスティアといったな、こいつの口に何か放り込んでやれ。このままにしとけば確実に死ぬぞ」
「死ぬとはどういうこと!?」
一匹のフクロウがまるでその場の支配者のごとく振る舞う事態にも、ラスティアはまるで意に返さなかった。
「あまりにも負荷をかけすぎた。簡単に言うと極度の空腹状態ということだ。満足に飲み込めないなら糖分を湯に溶かして無理やりにでも流し込んでおけ」
ラスティアは素早くうなずくと、すぐさま行動を起こした。
シンの体の下に自分の体を潜り込ませるようにし、そのまま背中へ担ぎ上げる。
「ミルズ、シンを介抱する準備を整えて!」
「ラスティア様、そのようなことは兵に――誰か、代わって差し上げろ!」
傍らのミルズが周囲の兵に叫ぶ。
「いいの、私に背負わせて。それより搬送できる馬車を――この雪では無理ね」
慌てて駆け寄ってくるベルガーナ兵を制止し、ラスティアは雪に足を取られながらも確実に街への道を急ぐ。
「シン、ありがとう。ありがとう」
背中越しに、そうつぶやいた。
シンからの返答はない。ぐったりとラスティアの背に持たれかかったまま、意識があるかも定かではなかった。
いくらシンが細身とはいえ、同じ程度の背丈しかないラスティアにとってはかなりの重労働であるはずだが、表情一つ変えなかった。
「ラスティア様、シンのことを頼みます!」
レリウスがその背中に声をかける。
「あなたはどうする気なの!」
ラスティアが振り返り、叫ぶ。
「この有様を詳細に報告すべく、調査を!」
「わかったわ、シンのことはまかせて!」
そう言い残し、ラスティアはシンを背負いながら複数の兵とともに街中へと駆けて行った。
「あの程度の状態なら、まあ大丈夫だろう」
テラはさも当然かのごとくレリウスの広い肩に留まり、あろうことか
「いったい、あなたは」
顔を押しのけられるようにしながらも、レリウスは相手が格上かのような態度で聞いた。
「何者か、と?」
テラの言葉にレリウスが無言のままうなずく。
「そう……自分が何者なのか、私も知りたい。
「あの、シンのことをお聞きしても……?」
「ああ」
「私の見間違いでなければ、あの瞳の輝きは――もしかすると彼は、
何か、決して口に出してはいけないことを訊いているかのように、レリウスの声は微かに震えていた。
「ストレイか……確かに、かつてそう呼ぶ者もいたか」
テラは一瞬の間のあと、言った。
「おぉ……おぉ!」
突然レリウスは両手で顔を覆い、その場にひざまずいた。
レリウスの肩にとまっていたテラが驚いたように羽をバタつかせる。
「急になんだというのだ」
言いながら、非難がましい目でレリウスを見る。
「やはり、エルダは御存知だったのだ……!」
レリウスが天に訴えかけるように叫ぶ。
「なぜ、ラスティア様があのように生まれ落ちたのか、ようやくわかった……エルダよ、あなたはあえて与えなかったのだ! その代わりとしてシンを――
レリウスは雪に顔を埋めるようにしながら、泣いているのか笑っているかもわからない大声を上げた。
大雪原に残されたミルズ、フェイル、ダフ、そして二千のベルガーナ騎士たちは、今目にした奇跡のことを思い、いま自分たちが五体満足で生きていられる状況に心から安堵し、それぞれがそれぞれの胸に去来するさまざまな思いに打ちのめされるかのように立ち尽くしていた。
ただ、これから何かが始まる。間違いなく何かが始まろうとしている、と。その場にいた者たちは皆、確信に近い思いを抱いたのだった。
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