第24話「塔の上の戦い」

「テラか!」

 そうシンが叫ぶのとラスティアが動くのはほぼ同時だった。


 ラスティアがヘルミッドの懐へ入り込み、斜め下方から素早く切り上げる。ヘルミッドは一歩下がることでそれをかわし、ラスティアの隣から振り下ろされたレリウスの剣も瞬時に半身となって避けてみせた。

 

「どうした、ラスティア王女。それではアルゴード侯の剣技となんら変わらないではないか。早く貴方のわざとやらをみせてくれ」


 返答代わりに突き出されなラスティアの剣がヘルミッドの頬をかすめていく。


「それとも、今はなにか使でもあるのかな」


 今度はレリウスがヘルミッドの足をごうとするが、その巨体からは考えられない足さばきでかわされてしまう。


 ラスティアとレリウスが次々と剣技を振るっていくが、ヘルミッドは自身の剣すら抜かず、余裕じみた笑みさえ浮かべながら二人の攻撃をかわし続ける。


⦅ちょうどいい時と状況がやってきたではないか⦆

「おまえどこにいる!?」

⦅そんなことはどうでもいい。約束どおり、おまえに力の扱い方を教えてやる⦆

「そんな――いきなりかよ!」


「……あんた、誰と話してんだよ」

 振り向くと、ダフが唖然とした表情を浮かべていた。リリとフェイルも突然独りで話し始めたシンを驚きの目で眺めている。


⦅あまり声に出さない方がいい。共鳴している者以外私の声は聞こえないからな⦆

(くそっ、おまえいつも突然すぎだぞ!)

 シンは頭の中で悪態をついた。


 烈火のごとく剣を振るい続けるラスティアとレリウスに周りを気にする余裕はない。

 ヘルミッドの部下たちも突然始まった戦闘に戸惑っているのか、互いの面を見合わせるようにしながら事の成り行きを見守っている。

 

 ヘルミッドが二人の相手をしながらも常に自分を視界に入れていることに、シンは気づいた。

 額を冷たい汗が伝う。


⦅いい例だ、あのヘルミッドとかいうやつの動きを見てみろ。まるで次の攻撃がわかっているかのように二人の攻撃をかわしているだろう⦆


 まさにその通りのことが起こっていた。シンは一も二もなくうなずいた。


⦅あれは自身の根源エーテルを瞳に集約し、極限まで高めた眼力によって相手の動きを先読みしているからだ⦆

(……なんだって?)

⦅最初の修練だ、シン。まずは周囲のエーテルをその瞳で捉えろ。すべてはそれからだ⦆

(いきなりそんなこと言われてできるか!)


 ラスティアとレリウスの攻撃を躱し続けるヘルミッドが、まるで「おまえはいつ参加してくるんだ」と言わんばかりの視線を送ってくる。


 それでも、テラの存在を感じられるようになってから、先ほどまでの震えはなくなっていた。


 いつの間にかシンは、この声を――この声の主である白いフクロウのことを頼りにしている自分に気づいた。


⦅何も難しいことは言っていない。元よりおまえの頭にはエーテルの存在が刻まれている⦆


(刻まれてる?)シンは一瞬考え込んだが、すぐに思い至った(前に読んだ本に同じようなことが書いてあっただけだ! てか人の頭ん中を勝手に覗くなよ!)


⦅なら、そこにはいったい何と書かれていた。エーテルという存在を、おまえはどう理解している⦆


(そんなことより早く力の扱い方ってやつを教えてくれよ!)

 ほんの少しでもいい、ラスティアたちの力になりたい。なによりあのヘルミッドの視線から早く逃れたい。そんな思いがシンの焦燥をより激しくしていた。


⦅エーテルを感知すること抜きには何一つできんぞ。あいつを何とかしたいなら早いところ思い出すんだな⦆


 はっきりそう告げられ、シンは必死に以前読んだ本エルダストリーの記憶を辿った。


(たしか――世界を構成する源、みたいなものだった、はず!)

⦅それで⦆

(その、世界のあらゆるものや場所に存在していて……視える人には淡い緑色の光みたいに――)

 

 その瞬間。


 シンの目に映る景色が、そのすべてが、別世界へと変貌へんぼうを遂げた。


 淡い緑色の光が、シンの目にしている景色の、そのあらゆる場所や空間に漂っている。


 遠くや、光の密度が薄い箇所は霧のようにしか見えないが、その逆に密度が高く、幾重いくえにも重なっているような場所はオーロラのように強い輝きを放っているのがわかった。


 よく視るとその幻想的な光は徐々にではあるが確実にシンの周囲へ――体を包み込むように集まってきており、シンが恐るおそる手を伸ばすとまるで生き物のように揺らめいてみせるのだった。


⦅これがだ、シン⦆


(お、おれだけに許された?)

⦅そうだ。おまえはこの世界エルダストリーを成す存在――今は<視る>ことしかできていないがな――おまえ以外の人間には、せいぜい生命力の強い生物が宿すようなエーテルくらいしか視ることができない。まあ、中には敏感に感じ取ってしまう器用なやつもいるが。器保持者エーテライザーと呼ばれる者たちが互いの存在や力量、攻撃を推し量る方法がそれだ。もうおまえにも十分視えているだろう⦆


 目をこらすまでもなかった。とりわけ強い輝きを放っているのが俊敏な動きを見せているヘルミッドで、それを眺めているベイルもヘルミッド程ではないがやはり輝いて見えた。


 この二人以外に光を溢れさせている者はいない。テラが言うように、器を保持する者――エーテライザーと呼ばれる者のみが輝いて見えるようだった。


「――どうやら期待はずれだったようだな。なにもないのであれば、そろそろ終わりにしよう」

 はっとしてヘルミッドへと視線を戻すと、ゆるりと差しだされた手の先に光が――ヘルミッドの体から一点に集約されていくエーテルの光が見て取れた。


⦅気をつけろ、光波だ⦆

「え」


 そのとき、ラスティアが片方の手で隣のレリウスを突き飛ばすのが見えた。

 次の瞬間にはヘルミッドが放ったエーテルの波動がラスティアへと襲いかかり、その身体ごとシンのいる後方まで吹き飛んでくる。


 それでもシンは一切反応することができず、ラスティアの背中が目前に迫ってなお立ち尽くしたままだった。


⦅世話がやける⦆

 ため息をつくかのようなテラの声が聞こえたそのとき――


「はじけろ」

 明らかに自分の意志ではない声がシンの口から洩れた。その言葉と同時にラスティアを吹き飛ばしたエーテルが一気に霧散し、シンは凄まじい勢いで吹き飛んできたはずのラスティアを軽々と受け止めた。


 うめくようにしていたラスティアだったが、横抱きにされる形でシンの腕の中にいる自分にに気づき慌てて足を下ろす。


「あ、ありがとうシン」

(おまえまた俺の意識を――)


「黙って見ていろ」

 テラのその言葉はシンに向けてのものだったが、ラスティアは自分に言われたと思ったのか緊張した面持ちでうなずいた。


「先ほどまでとまるで顔つきが違う。ようやくやる気になったか」

 ヘルミッドがさも面白そうに言った。


「ああ……ヘルミッドとか言ったな」

「いかにも」

「最初に言っておくぞ」

「なにを、かな」


「頼むから、簡単に死んでくれるな」

 シンの中のテラが、表情ひとつ動かさないまま言った。

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