俺っちの居場所②

「フロイデ様の命令だ!四天王だろうがビビるこたぁねえ!ぶっ殺せ!」


 リーダー格と思われる男が声を張り上げる。それに呼応するように、周囲の魔王軍達も口々に声をあげた。


「そうだそうだ!アイツ、結局前の四天王に負けたんだろ?あの、噛ませ犬っぽい……」

「ああ!あの私服がダサい人だろ?」

「なら大丈夫だな!あんな陰キャに負けるなら大したことねえぜ!」


 魔族の軍勢はゲラゲラと笑うと、俺に負けたフュンフをなじる。そのついでに、俺の心の傷口もグリグリと突いてきた。


「……おい、こっちにも流れ弾がきたんだが?それもかなり鋭利なヤツが」

「そんな事よりツヴァイ様!フュンフさんがピンチですよ!?」

「そんな事?」


 カタリナの言葉に少しばかり傷付いた俺は、上を向いた。涙が溢れないように。そして、上を向いた俺の視線の先では今まさに、フュンフと魔王軍が交戦を開始するところだった。


「ピンチ?フュンフアイツが?……問題無いだろう」

「だって……」


 カタリナが何か反論しようと口を開く。その瞬間、フュンフの姿は煙のようにかき消えた。


「!!……どこだ!?」


 辺りをキョロキョロと見回すリーダー格の男。だが、フュンフは彼の予想だにしない場所に姿を現した。


「ギャッ!!」


 部隊の最後方から悲鳴が上がる。それは、フュンフの華麗な延髄蹴りを受けた魔王軍の声だった。


「そこか!」


 声の方向に慌てて振り向く魔王軍達。だが、そこにフュンフの姿は無い。


「クソ!今度はどこに……ぐわぁ!」

「どうした?……うわぁ!」

「ひっ!……ぎぇ!」


 上空から現れては、相手を地面に叩き付ける。背後から強烈な突きを繰り出す。側方から多彩な蹴りを浴びせる……。フュンフの縦横無尽な攻撃に、魔王軍のあちらこちらから絶え間無く悲鳴が上がった。


「う、上か?後ろか?……それとも」

「あえてド正面ってのもあんぜ。ケケケ!」

「げぇ!」


 背後を気にするあまり、目の前への警戒がおざなりになったリーダー格の男の喉元に、フュンフの貫手が突き刺さる。そして、彼の嗚咽の混じった叫びが、軍のさらなる混乱を招いた。


「何よ。一方的じゃない」


 魔道具に映る戦いの様子を見ながら、イツキは呟いた。


「だから言ったろう」

「しかしツヴァイ殿。古来より戦いというのは数が多い方が圧倒的に有利なハズじゃが?」

「普通はな。だが、アイツの魔法の前じゃそうはいかない」

「はて?」


 俺の言葉にラウロンは首を傾げる。


「アイツの瞬間移動を攻略するには、『いつ』『誰の』『どこ』を狙ってくるかを見極める必要がある。俺やイツキみたいな力業を除けばな。だが、人数が増えるに従い『誰の』の選択肢は無限に増え続けることになる。その結果、フロイデの部下達はフュンフの攻撃を予測することが困難になったのだ」

「へ~。なんだか、その。すごいですね」

「うん!ボクも……すごいと思う」


 にこにこと笑うカタリナとミア。……多分コイツらわかってないな。


「じゃがツヴァイ殿。それでもピンチには変わりないのでは?」


 百戦錬磨の戦士、ラウロンはやはり気付いていたらしい。フュンフの戦法の弱点を。


「アイツの戦い方で最も恐れるべきもの。それは『偶然』。言ってしまえばまぐれ当たりだ」

「まぐれって……そんな運の絡むこと心配したってしょうがないじゃない」

「確かにな。だが、大人数と何度も対峙を繰り返せば偶然を引く確率も上がる」

「更に敵を倒せば倒すほど、人数が減り選択肢も絞られていく、と?」

「そうだ」


 俺がそんな話をしていると、カタリナが小さく悲鳴をあげた。


「危ない!」

「!!」


 画面の向こうでフュンフが吹き飛ぶ。恐れていた事態が発生したようだ。魔王軍の一人が滅茶苦茶に振り回したハンマー。その一撃に、フュンフは偶然にも当たってしまったのだ。


「ちょ、流石にヤバイんじゃない?」


 膝をつくフュンフ。そんな彼に止めを刺そうと、ハンマーを持った魔族がジリジリと歩み寄る。


「アイツは言った。自分の居場所はあそこだと。そこを守る為に戦うのだと。……なら大丈夫だ」

「何を根拠に……」


 だが次の瞬間。一人の青年が雄叫びをあげながらハンマーを持った魔族に体当たりをかました。


「うおぉぉーー!!」


 予想外の攻撃と得物の重さで、その魔族は後方へと倒れ込む。


「はぁ、はぁ。大丈夫ですか?フュンフさん!」

「テメー、八百屋の息子の……どうして」


 フュンフは心底驚いたといった様子で彼の顔を見た。


「フュンフさんが命懸けで戦っているのに、俺達だけ逃げてはいられませんよ!……なあ、皆!」


 彼の呼び掛けに、フュンフは振り向く。そこにはリマの町民と思しき人々が農具やフライパン等を手にズラリと並んでいたのだ。


「そうだ!俺達の町は俺達で守るんだ!」

「町を守れ!フュンフさんを守れ!」

「一気に魔族を押し返すんだ!行くぞ!」

「「「おおー!!」」」


 青年の鼓舞を皮切りに、町民達は奮起し魔族達に向かって行く。それを見たフュンフは、少しだけ嬉しそうに笑うと、いつもの下卑た表情を浮かべた。


「ケケケ!テメーら!無茶だけはすんなよぉ!命を粗末にしやがったら、俺っちがぶっ殺すかんな!」


 フュンフのその掛け声で、フロイデの部下達は瞬く間に後退を余儀なくされるのだった。

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