俺っちの居場所①
踏み荒らされた花壇。破壊された家々。そんな悲惨な光景をバックに、フュンフは自らの手元を眺めている。その腕の中には、一人の少女の姿があった。
「あの娘は確か……アイリ!」
リマの町長宅で世話になったとき、フュンフに懐いていた花屋の娘だったハズ。だが、ぐったりと力なく横たわる彼女を見つめるフュンフの表情からは、彼の感情を読み取ることは出来ない。
「おい!フュンフ!聞こえているのか!この低偏差値!」
俺達の心配を他所に、フロイデは水晶玉に浮かび上がる映像越しにフュンフに罵声を浴びせた。
「あぁ?その声は……大将かぁ?」
空を仰ぎ、フュンフは答える。
「そうだ。今しがた、貴様に着けられた魔力の枷のリンクを切った。この僕の策のおかげでね!」
「ふぅん……」
「さあ!そちらに送った僕の部下と共に人間を……」
フロイデの言葉を、フュンフは右手を突きだし遮った。
「なあ大将。その前に幾つか聞きてぇことがある」
「む?」
「俺っちが作った花壇。踏み潰したのはアンタの部下か?」
「はぁ?貴様何を言って……」
「なら、俺っちが直した道具屋の壁をぶっ壊したのは?」
「人間の町など知ったことではない!それより……」
「最後の質問だ」
そう言ってフュンフは、手元の少女をより一層抱きしめた。
「このガキ、ぶん殴ったクソ共はテメーの差し金か!?」
怒り、殺意。そんな感情が水晶玉越しにこちらに伝わってくる。彼はそれほどまでにリマの町やあの少女に愛着があったのだろうか?
その時、町を攻めていた魔族の軍勢の一人がフュンフの前にやってきた。
「何をしてるんですか、フュンフさん。そんな小娘さっさとぶっ殺して、フロイデ様の指示通りに王都へ向かいましょう。なんなら俺がヤッちまいましょうか?」
魔族はアイリに向かって手を伸ばす。だが……。
「汚ねえ手でコイツに触んな。クソヤロウ」
あの細腕のどこにそんな力があるのか?フュンフは一瞬でソイツの頭を掴むと、思い切り地面に叩きつけた。
「なっ!!フュンフ、貴様裏切ったか!」
フロイデが吠える。だが、フュンフはそれを無視し物陰に手招きをした。それに応えるように小さな影が物陰から飛び出した。
「フ、フュンフ!」
それは、アイリとそう変わらない年代の少年だった。
フュンフはその場にしゃがむと、ぐったりとしているアイリを彼に手渡した。
「まだ息はある。この娘を安全な場所まで運ぶんだ。できんだろ?」
「で、でも」
「人命救助が最優先。それがリマ防衛隊の信条だろ?あぁ?」
少年の頭をくしゃくしゃと撫でると、先ほどとはうって変わって優しい声色でフュンフは彼を諭した。
「ケケケ。ソイツの命を守れるのは防衛隊隊長であるオメーだけなんだ。……頼めるか?」
「……うん!」
彼は力強く頷くと、アイリを背負ってよたよたと走り出す。その後ろ姿を見届けると、フュンフはゆっくりと立ち上がった。
「……で、なんだっけぇ?大将」
「貴様!」
フロイデは怒りのあまり、手にした水晶玉に力を込めた。ブルブルと腕は震え、青白い手には血管が浮き出ている。
「この恩知らずめ!僕の推薦があったから貴様は四天王になれたんだ!僕が四天王にしてやったんだぞ!」
「四天王にしてやった、ねぇ。ケケ」
ふう、と深い溜め息をフュンフは吐いた。
「俺っちもさぁ?成り上がってやったなんて、調子に乗ってた時期もあったさ。でもよぉ、本物の四天王と対峙して、おまけに完膚なきまでにぶっ倒されて……。身の程ってヤツを知ったね」
「それがどうした!結果として、ヤツは魔王軍を追放!キミは現四天王!肩書きならばそちらが上じゃないか!」
「肩書き、か。そんな与えられたモン、なんの意味もねえよ」
やれやれとフュンフは首を左右に振った。そして、自らの首にかかっている紙製のペンダントをフロイデに見せつけた。
「なあ、見てくれよ大将。『草むしり頑張ったで賞』。さっきのガキが俺にくれたんだ。おまけに壊れる度に新しいのを作ってきやがるんだぜ?」
「なんだい、そのくだらない賞は」
「くだらない、か。ケケ……違いねえ。でもよ、こいつは俺っちが自分の力で手に入れた勲章なんだ。それに……」
ごそごそと懐を探るフュンフ。そして彼は、小さなバッジを取り出すとそれを自慢気に掲げた。
「コイツはリマ防衛隊の隊員バッジ。さっき物陰に隠れてたガキがくれたんだぁ。いつも町を綺麗にしてくれてる礼に、入隊させてやるってよぉ……ケケケ。ウケるだろ?魔族の俺っちが人間の町の防衛隊だぜぇ?」
フュンフは骨のような体を揺すり、ケタケタと笑った。だがその表情に、以前のような下卑た様子はない。
「だがよ、俺っちの頑張りを認めてくれたような気がして悪い気はしなかった。使いやすい駒を作る為に俺っちを四天王に祭り上げたアンタと違ってなぁ」
「…………」
「それだけじゃねぇ。余所者で魔族の俺っちに飯を食わしてくれて、寝床を与えてくれて、優しくしてくれた。だからそれに応える為に俺っちも必死に働いて……。つまり、なんだ?ここはさぁ。ようやく、ようやく見つけた俺っちの居場所なんだ!裏切り者と呼ばれようが、ここを守るためなら、なんだってするぜぇ!」
「フン!馬鹿が!」
フロイデは丸眼鏡を指で押し上げると、冷たい声でいい放った。
「貴様の固有魔法は便利だったのだが、仕方ない。裏切り者を放置しておくと、今後の組織の士気にも悪影響だ。……総員!その裏切り者をぶち殺せ!」
その呼び掛けに応じ、町の破壊を行っていたフロイデの部下達がぞろぞろと集まってきた。数十人。いや、百人は越えているだろうか?だが、フュンフは顔色一つ変えず肩をゴキゴキと鳴らす。そして、自らに殺意を飛ばす魔族の軍勢に向かって名乗りを上げた。
「オラァ!来いよ、クソ雑魚共!四天王・神出鬼没のフュンフ改め!リマ防衛隊・隊員!一番槍のフュンフが相手になるぜぇ!」
叫ぶと同時に、フュンフは魔族の集団に向かって駆け出した。
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